ほんの一瞬。されど一瞬。
一度の戦闘で三体すべての精霊を解放する。
こんな事態は今までなかったことを思い出し、嬉しかったのかもしれない。
俺は口角を上げて笑っていた。
自分のすべてを引き出してくれる敵が目の前にいて、攻略の糸口が見えないことが楽しかったのかもしれない。
自分では戦闘狂ではないと思っていたが、案外そうではないと言われているようだ。
なぜかワクワクしている自分を客観視している間に、俺の姿が超級魔法の副作用で変化していた。
後ろから半透明な竜田姫様の姿が現れ、俺と重なり合う。
髪色が紅葉の赤へと染め上がり、橙色と赤を基調とした和装の装備が全身を覆っていく。
紅葉柄の羽衣がふわりと浮かび上がり、俺の両隣にはタツとヒメの姿が現れたのであった。
タツとヒメは多くを言わずとも今が戦闘中だと状況を汲み取ってくれたようで、俺の両隣で静かに赤き炎を瞳の中に燃やし始めた。
赤い瞳が見つめる先には、呆れと驚きが混じった表情をしているジャビーガの姿がある。
「貴様……何体の精霊と契約しているんだ、ふざけるな」
なぜかジャビーガの言葉の端々に呆れた感情が籠っているような気がした。
顔は今まで通り怖いままだけど、大きなため息を吐かれている感覚だ。
「さあ? どうだかね」
「二十五体いるうちの三体を、たった一人の人間が保有している状況がバランスを崩しているとは思わないのか?」
「そんなこと言われても……俺は運良いんだよ」
そういえばカカト神にもそんなこと言われたことあったなと思い出していると、ジャビーガが明らかに溜息を吐き出すような仕草をしてきた。
今度は明確に呆れられてしまったのだとわかってしまった。
目の前の敵に呆れられたという状況が、不思議とおかしく思えてきた。
「本当にふざけたやつだ」
「じゃ、そろそろ始めようか」
これで敵の防御を破れるといいけど、と心の中で付け加えておいた。
そして、再び激しい攻防が始まった。
最初に動き出したのはタツとヒメだ。
二人は半弧を描くように超速度で空中を駆け抜けながら、ジャビーガへと肉薄していく。
その様子を見て、ジャビーガが焦ったように叫んだ。
「なんだその精霊は! 『操血・繭針鼠』ッ」
MPの流れから俺が操るタイプの人形ではなく、タツとヒメが自らの意志で行動する人形だと気が付いたのだろう。
ありえない、そんな表情を浮かべながらすかさず防御の姿勢へと変わった。
しかし――。
「『色無き風』ッ」
「『色無き風』ッ」
タツとヒメが小さな拳を振りかぶると同時に、秋風魔法を発動した。
八番目の秋風魔法『色無き風』。
全ての物から色を奪う魔法。色を奪われた物は、著しく能力を低下させられるか、能力を失う。
極論、物であれば強力なデバフを与える風を発生させるのだ。
この場合は、ジャビーガを覆う赤い血でできた繭の何らかの能力を著しく低下させる効果がある。
その結果――今回は防御を崩壊させた。
「なっ!?」
ジャビーガを覆っていた繭の表面がボロボロと砂化していき、ろくな防御もできないようなただの壁に変わってしまったのだ。
そんなジャビーガを双子の二人は両側から挟み込み、同時に無慈悲な拳を振るった。
タツとヒメの普通の攻撃には、風が伴うため、自然と突風が発生する。
「タツパンチ!」
「ヒメパンチ!」
ジャビーガはすかさず拳に対して、腕で防御を取ろうとする。
しかし、双子はその防御行動を読んでいたかのように、狙う場所を瞬時に変えた。
タツの拳がジャビーガの顔面を捉え、ヒメの拳が鳩尾を的確に捉える。
ジャビーガは思わぬ状況に咄嗟の回避ができずに、遥か後方へと吹き飛ばされることとなった。
能力を低下させる効果のある魔法は意外だったのだろう。
確かにそうだ、サリエス師匠曰く能力を下げるデバフ能力なんてこの世にほとんど無いのだから。
驚きのあまり、ほんの一瞬だが俺から視線を外したのを俺は見逃さなかった。
ジャビーガは空中で姿勢を整える時間もなく、空中をきりもみし、ドカンッと石壁へと衝突した。
その音、衝撃波、クレーターの大きさから、最初に俺が加えた一撃なんかよりも強烈な一撃が入ったことが分かった。
そこに――。
俺は容赦なく追い打ちをかけていく。
「これでも食らっとけ……『台風・Ⅹ』ッ!」
掌に可視化されるほどに密集した白い風が集まり、俺はそれをジャビーガ目掛けて投げつけた。
その風の塊がジャビーガへとぶつかった瞬間、耳と目を塞ぎたくなるほどの轟音と突風が巻き起こり、突発的で巨大な台風を出現させた。
その台風の中にはいくつもの風の刃が縦横無尽に荒れ狂っており、台風に巻き込まれたジャビーガの体を無残にも切り刻んでいく。
しかし、それでもジャビーガの体に傷をつけるだけであり、致命傷を負っている様子はなかった。
(よっぽど耐久力が高いのか……何かのスキルか?)
半分意識を失っているようにも見えるジャビーガは、俺とタツ、ヒメのコンボ攻撃で初めての傷を負った。
それがジャビーガの何かに火を点けたのかもしれない。
「ふざけるな……人間ごときがッ!!」
台風に巻き込まれている中、ジャビーガは突如怒り狂った様子で叫んだ。
その瞬間、台風が掻き消えた。
全身から可視化されるほど濃密に圧縮された禍々しいMPの塊が周囲の空気ごと、何もかもを吹き飛ばしたのだ。
(……あっ)
それと同時に、俺の体にも猛烈なMPの衝撃波がズンと圧し掛かり、被っていた狐面に大きなひびが入った。思わず声を上げそうになったが、さすがにそうはいかない。
狐面を直さずに静かに潜む。
そして――。
そこには先ほどとはまるで違う姿をしたジャビーガの姿があった。
肌の色を黒く染め上げ、瞳は赤く輝きを放っている異様な魔王らしい姿。
髪色も赤く輝きだし、黒かった爪が異様なほどに長く伸びていた。
背中には黒い翼が生え、その姿は天から堕ちた堕天使を彷彿とさせるものに変わったのだ。
「これで貴様も……」
ジャビーガが怒りの形相で俺の幻影に語り掛けた。
その時を狙って、俺は背後から急接近していく。
「『舞乱れろ、妖刀・枯れ葉』ッ」
「――は?」
ジャビーガが魔王のような堂々とした物言いで俺へと語り掛けた。
そう思っていたのだろう、気が付いたその時にはジャビーガの胸から妖刀・枯れ葉が突き出していた。
俺はようやく決まったと思い、小さく笑った。
「一瞬でも俺を見失った、魔王の負けだよ。……『アイスチェーン』」
俺は幻影回避で作り出した幻影を長時間出現させ、さも本体であるかのようにタツへとMPの誤認をさせるように指示を出していたのだ。
その間に、俺は背後へと潜み契機を待った。
防御が無ければ以外にもすんなりと体の中に入っていくことに驚きつつも、俺はさらに奥へと突き刺していく。
さらに、ジャビーガの心臓に氷の鎖を直接巻き付けた。
ちょうどその時。
妖刀・枯れ葉のスキルを使用した反動で、大きなひびが入っていた狐の面が真っ二つに割れ、コトリと落ちてしまったのだ。
(……しまった、これじゃあ素顔が)
と思いつつも、ここで次の手を止めるわけにもいかない。
「これでチェックメイトだ」
俺は完全にジャビーガの裏を取った。
ジャビーガがタツとヒメに気を取られ、台風の攻撃に捕われた瞬間、やつはほんの一瞬だけ俺から視線を逸らし、『守りの流水』のコントロールが僅かに狂ったのだ。
その一瞬が俺との戦いにとっては致命傷だった。
せめて『守りの流水』だけでも制御を間違わなければ、消えた俺に気が付くこともできただろう。
俺がやったことは単純だ。
姿を水魔法『オプティカル・カモフラージュ』でくらまし、MPの感知能力で悟られないようにカルナダ姉さんから奥義の一つだと教わっていた『隠無』という技を使用した。
『守りの流水』は空間の中を薄いMPで満たし、ほんの少しの揺らぎを感知する技だ。その揺らぎを発生させないための技がこれである。
ただ、俺にはほんの一瞬だけでも集中の時間がないと使えなかった。
だから、一瞬目を離したあの時に三つの能力を行使して姿をくらませた。
「……ゴホッ!? いつの間に……」
ジャビーガは静かに聞いてくるのと同時に、我慢できなかったのか口から血の塊を勢いよく吐き出した。
落ちていく血液を操ることは一切せずに、じっと胸から突き出た刀を見つめている。
「一瞬、『守りの流水』が乱れた。その時だよ」
もうすでに俺はジャビーガの命をいつでも握りつぶせる状態だった。
そのことを知ってなのか、ジャビーガは死を悟ったような何とも言えない表情をして、俺へと問いかけてきた。
「その技、もしや……カルナダの奥義か」
「『陰無』、カルナダ姉さんの技だよ。まぁ、習得するのに結構苦労したけど」
「そうか、貴様がカルナダの技を受け継いだのだな。ゴホッ……ゴホッ……。いいだろう、貴様の勝ちだ。もう体の感覚がほとんどない、その刀のスキルか」
「その通り」
ジャビーガの目はすでに虚ろになりつつあり、焦点が合っていない様子だった。
本当に死が近づいてきているのだろう。
妖刀・枯れ葉、第三のスキル『枯れ葉』。
刀で傷をつけた敵を体内から枯れさせていく。つまり、急速に生命力を吸収して無力化をするのだ。
だけど、まだ死んでもらっては困る。
止めを刺す手前まで来ないと、ジャビーガは俺の話を聞いてくれないと思ったから。
だから、こうなる時をずっと待っていた。
「……ディエント!」
俺はできるだけ刀を動かさないように、空中で浮いているディエントに大きな声で叫んだ。
ディエントの表情はフルフェイスで分からないが、こちらを見ているのは分かる。
「何だ?」
「もう良くないか?」
「ダメだ、この領域ではどちらか一方が死ぬまで決着はつかない」
「あー、そうかよ」
俺はそう言うと、ディエントから目を離し、ジャビーガへと語り掛けた。
「最後に一つ聞かせてくれ。ジャビーガ、お前はただ魔獣や魔人たちが死なない世界があればいいんだよな?」
「…………あぁ。早く殺せ、その鎖で私の心臓を潰すんだ」
「俺の問いに答えろよ。どっちなんだ?」
「……貴様は何を考えている。まあいい、私は私の排除されない世界が欲しい」
「あっそ。じゃあ、死ぬ意味ないね」
俺はそう言って、刀を抜いた。
そして、心臓に巻き付けていた氷の鎖すらも解除する。
「……貴様、情けのつもりか」
「戦う意味のない人間と戦う必要はないだけだよ。『ウォーターヒーリング・ダブル』……つーか、最強の魔王なのに回復魔法もないのかよ」
「――は?」
俺はジャビーガへと回復魔法を使用し、傷口を塞いでいく。
その様子を見て、自らの体に感覚が戻ってくる状況に気が付いて、ジャビーガは魔王らしからぬ素っ頓狂な声を上げたのだった。
ここからはエルフたちの一辺倒な意見ではなく、一人の人間としての意見を聞いてもらうとしようか。




