糸口の見えない敵
お互いがお互いに空間固定能力を使用し、身動き一つとれない膠着状態へとなっていた。
普通ならばこのままどちらかが解除するかMP残量がなくなるまで、この状態が続くことになる。
鳴無くんに昔使ったように、基本この空間固定能力に掴まったらそれが最後だと思うべきなのだ。
それにジャビーガはカルナダ式MP操作術を扱えることから、MP量は計り知れないであろうことはわかっている。もちろん俺もそこらの冒険者とは一線を画すMP量を持っている。
しかし、運がいいことに俺にはこれを解除する方法が一つあった。
事前に準備していて良かったと思いつつ、俺は腰に携えていた妖刀のスキルを発動する。
瞬間、俺の姿が枯れ葉のように崩れ落ちた。
そして――。
俺は完全にジャビーガの背後を取っていた。
妖刀・枯れ葉の付属スキル『身代わり』。
七十二時間にたった二回しか使えないデメリットが多いスキルではあるが、任意で数秒前に起こった出来事をなかったことにできるチートじみた能力なのだ。
元々はカルナダ姉さんの武器だったのだが、今は俺が所有している。
「ちっ、逃げられたか」
ジャビーガもすぐに空間固定能力から逃げられたことに気が付き、静かに悪態をついた。
これは命のやり取りだ。
どちらか一方が死ぬまで続く、一つのミスが人生に幕を閉じる戦い。
だから、俺は一切の躊躇なんかしない。
有無を言わさずに、妖刀・枯れ葉を振り上げた。
「これで終わ……」
そう言いかけたときであった。
「ちっ……『操血・大蛇ノ脱皮』ッ」
ぬるん、とジャビーガの体の中から新しいジャビーガが生まれ落ちたように、空間固定の能力から寸前で逃げ出したのだ。
そのせいで、俺の刀はジャビーガの抜け殻を斬るだけとなってしまう。
俺は人であった抜け殻と、地面へと逃げた新しいジャビーガを見比べて言った。
「うわっ、きも」
思わず本音が漏れてしまった。
さすがに人の中から同じ人が生まれて、脱皮した皮膚が残るなんて思ってもみなかったのだ。
蛇……とはちょっと違うかもしれないが、人の脱皮なんて見たくなかった。
ただ、ジャビーガとしては使わされたという認識なのだろう。
舌打ちをしてあからさまに嫌がったことから、今の技は回数制限か長時間のクールタイムを必要とする能力の一つだろうと推測できた。
まあ、演技でもなければという話だけど。
「なぁ、お互いにハニカムシールドは止めないか? こう何度も空間固定をやり合ってたら、長引くでしょ」
「ふん、勝手に言ってろ」
ジャビーガは有無を言わせないというように、再び動き出した。
ガルティアの武術なのだろうか。
洗練されたステップで自在に地面を踏みこみ、舞台上を縦横無尽に駆け回る。
MPで加速された移動速度に、洗練された武術の移動は、傍から見れば目で追えない速度に見えるはずだ。実際に速すぎて、観客席で見ている賢人や他の人たちの様子は完全に目で終えていない様子だ。
ジャビーガの目的としては、俺の視界から外れて攻撃を仕掛けたいのだろう。
しかし、あいにく動体視力にだけは自信があるから俺には普通の動きにしか見えない。
「ちょこちょこと……虫かよ。『電速・八連』ッ」
びりり、と体中に目まぐるしく電撃が流れ、神速の電撃をもってジャビーガに切迫していく。
「速いな」
さすがのジャビーガでもこの速さには驚いたのか、思わず声を出した。
俺はその勢いのまま、ジャビーガの首目掛けて妖刀・枯れ葉を振り抜いていく。
しかし――。
「うわっ、さすが」
容易に躱されたことで、俺も思わず賞賛の声を漏らした。
当たり前のように俺の速度を目視で確認し、柔軟に姿勢を低くし、刀を寸前で回避したのだ。
ジャビーガはそのままバク宙の要領で、俺の顔面目掛けて足を振りぬいてくる。
さらに、ついでと言わんばかりに足先から赤い血でできたナイフが襲ってきた。
「おっと、危ない」
慌てて電撃魔法の『電速・八連』とスキル『幻影回避』を重複発動して、ダウンを狙ったであろう顎への蹴りを回避した。
そして、面白いほどにお互いの行動がマッチした。
ほぼ同じタイミングで大きくバックステップを踏み距離をとったのだ。
すると、ジャビーガが再び口を開いた。
「貴様、本当に人間か?」
「……むしろ人間以外に見える?」
「見えんな。これほどの人間が未来に現れようとは……思ってもみなかった。アマダ……いや、カルナダよりも貴様、強いんじゃないか?」
「いや、だから知らないって。戦ったことない人と比べられても分からないから」
実際に本体であるカルナダ姉さんは十倍近く強いらしいし、本当にエルフで例えられても分からない。
分体と戦った経験ならあるけど、あれは参考にならないんだろうな。
「なるほどな。貴様はなぜアマダに与する。なぜ私を殺そうとする」
「えっ? 別に与した覚えはないけど」
「嘘を言え、現に私と戦っているではないか」
ジャビーガは心の底からそう思っている様子だった。
しかし、こいつは俺のことを勘違いしている。
「俺はただぐーたら生きて、ゲームして、平和に死ねればそれで良かったんだけどさ……残念ながら無理だった可哀そうな男だよ? 主に先輩という悪魔のせいで。ジャビーガさんと戦ってるのは、戦えって言われたし、人類殲滅を目論んでるんでしょ? それはちょっと……ね、困るってわけでありまして」
特にゲーム会社の社員さんを殺されたら一番困る。
それに好きな作家さんや漫画家、声優も殺されたら一生恨む自信がある。
「そうか。貴様も我らの存在を迷惑に思うか」
「いや、迷惑っていうか……別にお互い殺し合わなきゃ平和だとは思ってるだけで、そりゃあ殺されないなら戦わないよ」
そう言うと、ジャビーガは少し怒ったような表情を見せた。
何で怒らせてしまったのかは分からないけど、そもそも何で怒られなきゃならないんだろうか。
誠心誠意、戦っているというのに。
「貴様からは信念が感じられんな。無駄な会話だった」
「信念って言われてもねぇ……強いていうなら、超眠い。これが今の俺の信念かな」
「ふざけた男だ。それにその狐面もふざけている」
「あぁ、これにはちょっと訳がありましてですねぇ……」
俺がそう言うと、不機嫌そうにジャビーガが肩を落とした。
ゆっくりと洗練された動作で一本の刀を構える。そして、ギロリと鋭い眼光で俺の顔を見た。
「その面、割ってやる」
「まじでそれは止めて」
突然、俺の素顔をばらす宣言をされて黙っているわけにはいかない。
結構真面目なトーンで返事をして、俺も重心を落とした。
(さて、最強魔王さんをどう攻略していくかが問題だな。今までの攻撃はことごとく防がれ、対抗されているし、能力の豊富さも身体能力もジャビーガとはシンパシーを感じるんだよな)
お互い静かににらみ合う時間が続く。
視線で、重心で、足先の向きで、指の動きで、全身の筋肉の動きで。
全ての動作を使って、お互いがお互いの手の内を探ろうと観察し合う。
(電撃魔法は基本貫通攻撃だ。ジャビーガの防御は突破できるとわかったけど、またハニカムシールドを使われると厄介なんだよな。そろそろ変え時か……)
貫通系統の攻撃が扱いづらいならば、数と範囲攻撃で押し切るのはどうだろうか。
都合のいいことに、観客席には攻撃の影響は出ないようだ。さっきから観察していたが、舞台の周りには透明な結界のようなものが張られており、攻撃がぶつかると全てを吸収するように掻き消えていたのだ。
周りを気にすることなく戦えるのならば、これほど最高の舞台もないだろう。
「ぽん、超級魔法解除だ」
「ポンッ」
そして――。
間を置かずに次の精霊を解放する。
「『精霊解放・紅葉烏』…………『超級魔法・竜田姫』ッ」




