ぐぇ
合図とほぼ同じタイミングでお互いに地面を強く蹴りだした。
「ほぅ」
「あっ」
俺とジャビーガは同じように驚きの声を上げていた。
それは二人とも同じ技を使ったからである。カルナダ式MP操作術その三である『鼓血動・速』を全身に巡らせ、足裏でMPを暴発させることで爆発的な速度を生み出す技だ。
MPの流れや動き方を見て、それが同じ技であることを瞬時に察した。
このまま行けば超速度のまま衝突することになる。
(まあ、普通はって話だけど)
ジャビーガは聞こえないほどにぶつぶつと何かを唱え、何もなかった空間から一本の刀を取り出した。
まるで生き血を吸って育ったような真っ赤な刀。
その刀身が鞘から解き放たれた。
「『操血・飛散斬』ッ」
衝突の瞬間、ジャビーガは技を解き放った。
赤い刀の刀身が一層光り輝き、刀身から真っ赤な刃が飛び出てくる。
俺はその攻撃をスキル『幻影回避』で速度をさらに加速させ、回避を試みる。
「これは!?」
すかん、とジャビーガが超速度で振りぬいた刀の風切り音だけが鳴った。
その時すでに、俺はジャビーガの真横で片足を振りかぶっていた。
「ただの……蹴りっ!」
「ぐはッ!?」
俺の横蹴りは吸い込まれるようにジャビーガの鳩尾へと当たり、その瞬間にさらにMPを足元で暴発させて、ジャビーガを遠くへと吹き飛ばす。
ジャビーガは思わず口から体液を吐き出しながら、空中できりもみし、舞台端の石壁へと激突していく。
ドゴンッ、と轟音を響かせ、石壁に巨大なクレーターを作り出した。
衝撃に合わせて土煙が辺りを舞い、たった一合の攻撃がどれほどの威力を持っているのか再認識させられた。
俺とジャビーガが戦えば、これが当たり前の光景になるのだろう。
俺はふぅと息を吐き、思考を巡らせていく。
(……カルナダ姉さんの技が使えるのは想定外だな。それにアイテムボックスらしきスキルが厄介だ。何を持っているか分からないというのがここまで怖いとは)
これは何が起きてもおかしくないと考え、俺は最初から妖刀・枯れ葉を腰に装着しておくことにした。本来ならば腰に長物があると邪魔で機動力がほんの少し落ちるのだが、一つのミスが生死を分ける場合は刀の付属スキルが役に立つ。
だから、装着しておくことにしたのだ。
慣れた手つきで操作画面を見もせずに、アイテムボックスを操作し手元に刀を出現させた。
それを腰に携えると、土煙の中からゆらりゆらりと人影が現れた。
土煙の中からゆっくりとした足取りで前方へと進み、姿がはっきりと見えると、それは埃をかぶったジャビーガであった。
傷一つない姿から、今の攻撃程度では碌なダメージを与えられていないことがわかった。
言っても、ジャビーガは魔王だ。
あれだけ耐久力が高かったメインダよりも強いならば、自然と頷ける耐久力だろう。
他にも優れた能力はありそうだが、それはゆっくりと炙り出していくしかない。
と、そんな時であった。
ジャビーガが徐に口を開いた。
「そういえば貴様もカルナダの弟子だと言っていたな。それもただの弟子ではなさそうだ……私も最初から本気を出さなければならないようだな」
そう言うと、ジャビーガの体から陽炎のように赤いオーラのようなものが噴出した。
それはゆっくりとジャビーガの体に纏わりついて行き、彼女の姿をほんの少し変えた。
元々人間にしか見えなかった口に長い犬歯が生え、指先の爪がほんの少し伸びて黒く染まった。
長かった髪は無重力状態の中にいるかのようにゆらゆらと湯気のように立ち上がり、その姿は悪魔ともとれるし、吸血鬼ともとれるような容姿へと変わった。
一目見て、吸血鬼という言葉が思い浮かんだ。
「まぁ、そうだよね」
「貴様も全てをさらけ出せ。そして、私を拒んで見せろ」
俺も同じことを考えていた。
目の前の敵には、本気でぶつからないと傷一つ付けられない気がしていたのだ。
「もちろん。『精霊解放・冷狐』…………『超級魔法・稲荷の神』ッ」
「クゥ!」
時同じく、俺も本気を出すための準備を終えたのであった。
精霊を解放し、全身の装備を白く染め上げ、髪がクウと同じ純白の毛色へと変わる。
そこに超級魔法を加え、ミタマ様の姿がふと重なる。
羽衣のような装備が加わり、瞳が狐のように輝き、ケモ耳と尻尾が生えてくる。
見た目はあれだが、氷雪魔法が超強化されるうえに、自在に冷気を操ることができる。さらに副次的な効果として、周囲の敵だけの動きを鈍化させることができるのだ。
これでどれだけジャビーガを押せるかは分からないが、やってみる価値はある。
そして――。
「『操血・薔薇の森』ッ!」
「『瞬間凍結・氷雪世界』ッ!」
激しい攻防が再開された。
ジャビーガの足元から赤い血で構成された刺々しい巨大な薔薇の数々が現れ、鞭のようにしなやかな縦横無尽で複雑な動きを見せながら、俺へと切迫してきた。
しかし、俺が慌てることはなかった。
すぐに周囲の空気を丸ごと瞬間的に凍結させ、赤い血でできた薔薇の攻撃を粉々に砕いていくのであった。
ジャビーガはほんの少し驚いたように目を見開いていた。
俺は立て続けに魔法を発動し、ジャビーガへと攻勢に出る。
「『アイスチェーン・クリスタル』ッ」
ジャビーガの何もなかった周囲の空間から突如、氷の鎖が四本出現した。
じゃらじゃらと擦れ合う音を鳴らしながら、敵の体を一瞬で拘束する。
しかし――。
「甘いぞっ! 『操血・繭針鼠』ッ」
ジャビーガはすぐに対応を見せた。
黒くなった爪先で自らの体へと突き刺したのだ。
ぷつん、と赤い血が白い肌の奥から現れ、太ももを伝って降りていく。
瞬間、その小さな血が膨れ上がるようにジャビーガの全身を覆い、血の繭が形成された。
そして、ジャビーガはさらにそこから攻撃に転じてくる。
繭の周りで突起したニードルのような赤い塊が暴れ狂い、爆発したと勘違いしてしまうほどの勢いを持って、無数の遠距離攻撃を仕掛けてきたのだ。
俺は咄嗟に、避けられる攻撃を『幻影回避』ですべて躱し、無理な攻撃はハニカムシールドで防いでいく。
そんな回避行動中にもジャビーガの一挙手一投足を視界に捉え、俺は次の手を行使する。
「『アイスプラネット・グラビティ』ッ」
詠唱一つで舞台の半分を影で覆ってしまうほどの巨大な氷の球塊が上空に出現し、ゴゴゴゴッ、と音を響かせながら敵の赤い繭の防御を押しつぶそうとしていく。
この魔法は副次的な効果で、発動中はその一帯の重力を約十五倍に変えるため、容易に躱すことはできない。
重量であの防御を押し崩せるならば、これ以上の攻略方法ない。
――はずだった。
「『操血・血剣山』ッ」
赤い繭がぐにゃりと驚くほどの速さで動き出し、十メートル以上にも及ぶ赤い剣へと姿を変えた。
巨大な剣が地面からなん十本も出現し、いとも簡単に俺の氷塊を粉々に砕き割り、さらには全ての欠片を吸収して肥大化したのであった。
それでもまだ、ジャビーガの赤い剣山は止まらなかった。
俺へと向かって地面から剣山が迫ってきたのだ。その剣山は加速度的に範囲を広げていき、舞台全ての地面を飲み込もうとする勢いであった。
俺はすかさず指輪に納まっていた赤い精霊へと指示を出す。
「アイッ!」
「――ッ!」
地面がダメならば、空へ。
瞬時にアイの防具を身に纏い、翼を自分の背中に生やした。バサリと翼を一度扇ぎ、戦場を地面から空へと移すことにした。
空へ飛び立つと一気に視界も開け、攻撃に転じていたジャビーガの姿が丸裸になった。
「『アイスソード・ダース』ッ」
再び、俺は攻撃へと転じる。
氷でできた十二本の刃が瞬間的に、俺の周りに出現する。
その十二本の剣を意のままに操り、四方八方からジャビーガ本体を狙い撃つ。
十二の意志を持つ氷剣が襲い掛かってきたことで、ジャビーガはすぐに赤い剣山を引っ込め、再び赤い繭の中へと引き籠っていった。
赤い繭の防御はかなり硬いようで、俺の氷攻撃はことごとく防がれてしまう。
(変え時か?)
正直、クウの持つ氷雪魔法は攻撃力の乏しい魔法だ。
拘束や搦め手、敵の攻撃を阻害する方に能力が尖っている節がある。
その点、俺が契約している精霊の中には最も攻撃に特化した魔法を持つ雷狸のぽんがいる。
あの防御を突破するには、攻撃力を上げる他ない。
「仕方ない……クウ、超級魔法解除だ」
「クゥ」
クウは申し訳なさそうに鳴いた。
しかし、クウの能力が生きるのはあくまで近距離戦闘や敵を妨害する方向だ。超級魔法解放時に副次的に派生する周囲の速度を遅くする効果は、このような防御が堅い相手には使いづらいのも運が悪かった。
俺は首に包まったクウの毛並みを優しく撫で、もう一体の精霊を解放する。
「『精霊解放・雷狸』…………『超級魔法・建御雷神』ッ」
「ポンッ!」
そして再び、俺の姿が変化していく。
超級魔法の作用でバチバチと電撃が全身を駆け巡り、運動能力を極限まで活性化させる。
ただ青黒く光るだけの精霊解放から、超級魔法の効果で建御雷神様の姿が俺へと重なる。
上半身の服がはだけてゆき、ズボンが黒のサルエルパンツへと変わっていく。髪が黄金に輝く色へと変化し、背後には八色の小和太鼓が括りつけられた金環が出現する。
その姿を見て、ジャビーガの目が驚いたように見開いた。
俺は全ての氷雪魔法を解除し、貫通に特化した電撃魔法を発動する。
「『雷化・真槍』ッ」
背後にある赤い小和太鼓から赤い雷が発生し、俺の全身へと落ちた。
その影響で、俺の体自体が赤い雷へと変化し、巨大な槍の形へと変えていく。
そして――。
雷の速度でジャビーガが籠っている赤い繭へと突き進む。
「くそッ……貫通持ちかよ。『操血・血重防壁』ッ」
どうやったのかは知らないが、ジャビーガは赤い繭で視界が遮られている中でも俺の動きを的確にとらえていた。
貫通攻撃に変えた瞬間、防御の形も変化させたのだ。
今までは籠る形で守っていたのに、今は俺の攻撃に対し何枚もの赤い血で構成された壁を作り上げ、数で守ろうとしてきた。
(ただ……それじゃあ、足りない)
遠慮なく、俺はジャビーガへと降り注いでいく。
赤い血の壁をガラスでも割るかのようにぱりんぱりんと割っていき、すぐにジャビーガ本体の目の前までたどり着いた。
(よし、行ける!)
そう思った……その瞬間だった。
「ぐぇ」
俺の攻撃は見えない透明な壁に遮られることになったのだ。
しかも、この場から全く動けないときた。
(こ、これはまさか……ハニカムシールド!?)
自分でも持っている防御能力の一つハニカムシールド。
その中でも強力な能力の一つ、空間固定能力が使用されたことに驚き、俺はジャビーガの姿を一瞬見失っていた。
「背後……貰った」
すぐ後ろからジャビーガの声が聞こえた。
しかし、俺は空間に固定されたため振り向くことすらできない。声、存在感、MPの流れからそう推測したに過ぎない。
しかし、俺も持っているんだ。
「ぐぇ」
「ごめん、俺もハニカムシールド持ってるんだわ」
俺と全く同じ、戦闘中とは思えない気の抜ける驚いたジャビーガの声が後ろから聞こえた。
 




