太陽の力を宿す、騎士王ディエント
エルフ以外の人たちが一通り紹介を終えた。
そこで俺はふと気が付いてしまった。シングル冒険者には、ランキング一桁である1位から9位までがいたはずだ。
俺がウルグアイに向かうまでにそのうちの誰かが死んだ噂や報道なんかは聞いたことがなかった。
(……6位と9位がいないってことは、そういうことだよな)
この戦いで死んでしまったと考えるのが妥当な気がする。
あとは謎に包まれていた5位と8位の人たちだ。
8位のブラジル人は意外と清潔な見た目をしており、今までダンジョンに籠っていた『籠り人』なのかそうでないのかが一目では判別できない。
しかし、5位の日本人だけは一目でダンジョンにいたんだろうということがわかった。
服の袖や端はちりちりに切れたりよれたりしており、汚れも結構目立っている。体だけは何かでしっかりと洗っていたのか、匂ったりはしないがそれなりに頑張っていたのだろうとわかる具合だ。髪もナイフか何かで大雑把に斬ったのだろうボサボサ感が漂っており、戦闘の邪魔にならないためなのかショートカット気味に揃えられている。
俺が籠り人だった当時の姿に似ていて、思わずシンパシーを感じていた。
そんな感想を抱いていると、アマダが全員の顔色を確認し終え、ゆっくりと話を再開した。
「じゃあ、こっち側の紹介をする。ざっくりと言うから聞き逃すんじゃねぇぞ。俺たちは神と人間のハーフとしてこの世界に生まれ落ちたエルフという生命体だ。俺の名前がアマダ、こっちがカルナダ。このイケメンがサリエスで、こっちが元エルフで今は人間として生きているシロアだ」
アマダがさっさと伝えてしまうと、それに合わせてカルナダ姉さんは「よう」と小さく呟きながら片手をあげ、サリエス師匠はイケメンスマイルで答えた。
先輩は特に反応をすることなく、ここにいる人たちの顔を見定めるような瞳で見つめるだけであった。
他のシングル冒険者たちは一先ず話を聞くのが吉と考えたのだろう。
静かに、それでいて聞き耳をしっかりと立てる形でアマダの声に耳を傾けていた。
さすがはシングル冒険者と言うべきなのだろうか。
環境適応能力の高さが普通の人間とは違う。というか、ダンジョンという異物に慣れ過ぎて驚きという感情が薄くなっているのかもしれない。
「結論から言おう。俺は半分神であるがゆえに、この世界の行く末を知っている。この世界もいずれは魔獣たちに大陸を占領され、絶滅することが決まっている」
アマダの言葉にここにいる全員が息を飲んだ。
普段ならば笑って投げ飛ばしてしまうような話だろう。
しかし、真剣に話すアマダの姿にエルフという未知の生物が話をしていることで真実味が増しているのかもしれない。
地球に突然現れた宇宙人が「この世界は私たちが支配する」なんて言ってきたら、さすがに多くの人が信じてしまうのではないだろうか。少なくとも信じる人は出てくるはずだ。
今、ここにいるアマダはそういう状況を作り出している。
「そこで、俺たちはその未来を回避する方法を持ってきたってわけだ。と言っても言葉の説得力なんてたかが知れてるってもんだ。ここからは俺の記憶をお前ぇらに見せることにする。しっかりとその眼で見て、自分たちでゆく道を判断しろ。俺たちはあくまでその手助けしかできないからな」
そう言うと、アマダはどこからともなく大きな杖を取り出した。白樺の杖というよりも何かの骨で形作られた杖は、どことなく神聖なオーラを醸し出していた。
アマダがそれをゆらりゆらりと左右に大きく振り回すと、ザザンと波のような音が辺りに響き渡り、神聖なMPがこの空間を満たしていく。
「これは俺が体験してきたこの世界の元となった世界の話だ。これをどう思い、どう判断するかはお前ぇら次第だ。己の未来は己で考えろ…………『星ノ思イ出』」
そうして俺たちの視界が絵の具で塗り替えられていくように変わっていき、アマダの記憶の世界へと誘われていくのであった。
俺は一度先輩に体験させられていたため驚きは少なかったが、他のみんなは思い思いに驚きの声を上げるのであった。
「おぉ……こんなスキルもあるのか」
「ほえっ!? すごい!」
「これは……すごいな、風や匂いまで感じるぞ」
「おぉ!? ド、ドラゴンが飛んでる!?」
最初に見えたアマダの記憶の中の景色は、地球の元となったガルティアのどこかの森の中であった。
自然の匂いが不思議と香り、マイナスイオン豊富な空気が澄み切った心にさせ、空を見上げると平然とドラゴンが飛び回る景色が見えていた。
そうして景色がゆっくりと動き始めた。
どうやらこの記憶の映像では、アマダを中心とした世界が見られるようで、アマダが動くのと同時に景色もゆっくりと動いていく。
そこから俺が先輩に見せられたように、ガルティアの記憶がゆっくりと流れ始めるのであった。
時間としては凄く長い時を眺めているようで、実際に見ていた時間は五分と掛かっていなかったことを俺はスマホの時計を見て確認していた。
どうやらこの『星ノ思イ出』というスキルは、記憶というモノを直接他人の脳に送りつけて見せる効果があるようだ。
体感時間と実際の時間が合っていないのが答えを言っていた。
「――と、これが俺の見てきたガルティアという世界が崩壊するまでの記憶だ。《ガルティア》と同じように作られたこの《地球》でも間違いなく、似たような終焉を迎えることになるだろう」
真実を投げ渡された人は、一様に言葉を出せないほどにショックを受けていた。
それも部分的にアマダの感情が流れ込んできたり、ガルティアという世界が魔法やスキル、魔獣という異物を除けば地球と全く変わらない世界だったからだろう。
アマダの半生を僅かな時間で体感させられた気分であり、隣に座っていた賢人は少し苦しそうに顔を青白くさせていた。
さらに、この記憶映像を見ていたのはここにいる俺たちだけではなく、ステータス画面を通して全世界の人たちにも見せていたようだ。
時折、アマダが俺たちではなく何もない空中に向かって話しかけていたので、映像越しに語り掛けていたとわかった。
アマダは俺たちのリアクションは織り込み済みだったらしく、特に慌てることなく平然と言葉を続けた。
「そこで俺はダンジョンを通して、この世界の人間たちを成長させることにしたってわけだ。本来ならばもっと褒められてもいいことなんだが、まあ……お前たちはそう単純には思えないだろうな。身近に死んだ人がいるやつはなおさらだ。それでも俺は《ラストダンジョン》を攻略して、この世界を救済しに来た。……ってなわけで、ここからはシロアの領分だ。任せるぞ」
アマダはそこまで言うと、やりきったような顔をして徐に酒瓶へと手を伸ばした。計画してきたことをある程度成し遂げられて気持ちにゆとりが出来たのか、先ほどよりも勢いよくぐびぐびと飲み始めたのであった。
そんなアマダを優しい目で見つめながら、名指しされた先輩はゆっくりと妖艶な仕草で椅子から立ち上がった。
そのまま話し始めるのかと思いきや、てくてくとアマダの傍に歩み寄っていき、口元を俺たちに見られないように隠しながら耳元で何かを囁いた。
「ちっ、またかよ」
アマダが盛大に舌打ちをかまし、先輩の顔を見上げた。
「いいじゃない、兄さん。ディエントは私にベタ惚れしているし、あのスキルは有用なのよ。あとはほたるんの切り札もお願いね」
「ちっ、ここにはあんまり他人を呼びたかねぇが……仕方ねぇ」
アマダは少しだけ不機嫌に眉を引きつらせ、酒瓶を机の上にドンと置いた。そうして再び両手をパンッと叩いた。
もちろん現れるのは黄金に輝く扉であり、ゆっくりと音もなく開いていくのであった。
(また誰かを招くのか? というか俺の名前を……)
そう思いながら、扉から誰が出てくるのか見つめる。
他のここにいる人たちも全員が固唾を飲んで、扉の方へと視線を向けていた。
アマダが招く予定の無かった人物。
だけど、先輩の一言で招くことを許可されたという事実。
ここまで深読みしているのは俺だけかもしれないけど、次に何が起こるのか疑問に思っているのはここにいる全員が共通していることだと思う。
そうして部屋の空気がひりひりとすること一分ほど。
ようやく扉の先から人影が見えた。
扉から差す輝きが明るすぎて、顔までははっきりとは見えない。
それでも身長や身に着けている服の形から俺には何となく察しがついていた。
「よく来てくれたわ。ディエント……いえ、今はディールと名乗っているんだったわね」
「お久しぶりでございます。今は……シロア様と呼んでも大丈夫なのでしょうか?」
そう、扉の先から現れた先輩に招かれた人物は俺も良く知っていたディールだったのだ。
黒い装束を全身に纏い、両腕、両足に装備された銀色の甲冑。その上から黒い外套を羽織り、傍から見れば中二病患者と言われてもおかしくない姿。
こんなキャラの濃い復讐男を忘れられるはずがない。
そんなディールがこの状況を掴めていない様子で、ゆっくりと先輩の元へと歩み寄っていくと、先輩は眠たそうな瞳でにっこりと笑った。
「ええ、今はシロアとしてここにいるつもりよ」
先輩がそう言うや否や、ディールはすぐに先輩の目の前で片足を跪かせた。
その仕草は、忠実な騎士のような真摯な行動のように傍からは見えていた。
「またお会いできることができ、心の底から嬉しく思っております」
俺の知っている復讐に満ち溢れたディールの底冷えしたような声とは違う、慈愛と尊敬に満ち足りたような優しい声がディールの口から出た。
その事実に対しても、俺は驚きで言葉も出なくなっていた。
「ふふっ、相変わらず真面目ね。ディエントをここに呼んだのは、ほたるんとジャビーガの決闘を行うためよ」
「左様でしたか。それでは封印を解いていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんよ。そのためにディエントをここに呼んだのだからね」
優しくディールに笑いかけた先輩は、目を瞑り小さく『リターン、ディエント』と呟いた。
先輩の胸元からほわりと白い明かりが現れると、その明かりがゆっくりとディールの頭上に浮かび、音もなくディールの体の中へと沈みこんでいく。
その瞬間、ディールの姿が一変した。
ディールを象徴していた黒々しい姿はまるで無くなり、白一色の装備へとなったのだ。
全身をすっぽりと覆う重厚なフルプレートを装備しており、その白はすべての光を吸収した太陽のような神々しさを醸し出していた。
見慣れた顔もすっぽりとフルフェイスの装備が覆い、そこに片膝付いている姿はまさしく異世界の騎士という様相だ。
まるで印象が違う純白な騎士の姿に、開いた口が塞がらなくなってしまう。
「お手を煩わせてしまい申し訳ありません。これよりアロスの復讐に燃えたディールではなく、シロア様に仕える【騎士王】ディエントとして使命を全うさせていただきます」




