とんとんとん。
黄金に輝く両扉を潜り抜けるとき映像に素顔が映るかもしれないと思い、念入りにお面の紐をきつく結んでおいた。
開いている扉の間には、シャボン玉の七色に光る油膜のようなゆらゆらした空間があり、少し前を歩いていた先輩は臆することなくその油膜を突き破って進んでいく。
俺も先輩の手を取っていたため、止まる時間なく油膜を抜けることになった。それでも未知のものは怖かったので目を瞑り、扉を潜っていくことにした。
ほんの一瞬、体の周りをプールの水のような温い液体がまとわりついたが、すぐに掻き消えていくのがわかった。
俺は意を決して、目を開く。
そこには目がちかちかとするような真っ白な世界が広がっていた。
大きさ的には学校の教室ほどの四角い空間に見えた。
よくある壁紙のような白さではなく、ほんのりと淡い光を灯らせたどちらかというとダンジョンにある光る苔を彷彿とさせる白さであった。
部屋の中央には大きくて丸い机の円板がふわりと宙を浮いており、その周りにはいくつもの椅子のような白いインテリアが浮いていた。
椅子のような、とやや歯切れの悪い表現をした理由は、俺にはそれが椅子だとは見えなかったからである。
たまご型の中身をくり抜き、斜めに真っ二つに斬ったようなそれは不思議なインテリアとしか映らなかったのだ。
そして、扉とちょうど対角にある椅子に座っていたのは、酒瓶をぐびぐびと飲み干していたアマダの姿であった。映像そのままの容姿にさほど驚きはなかったが、ほんのりと酒臭い部屋には思わず顔をしかめてしまった。
そうして俺は先輩に手を引っ張られるままに少し進むと、背後から人の気配が突然現れてきた。それも一人だけではなく、わらわらと現れ始めたのだ。
俺はすぐに足を止め、先輩と繋いでいた手を放して後ろへと振り返った。
「なんだここ」
「わー、何あれ。椅子、椅子かなぁ?」
「……アイス食べたいなぁ」
「うわっ……白すぎて目が痛ぇ」
ぞろぞろと扉から現れたのは、俺の知らない人たちだったが、纏う雰囲気やMPの流れからこいつらがシングル冒険者と呼ばれる人たちだと察しがついた。
と思った矢先のことだった。
次に現れた人物を見て、俺の目が大きく見開かれることになった。
「相変わらず眩しい部屋だねぇ。そう思わないかい? 健」
「本当に眩しいね、サリエスさんの言っていた通りだよ」
優しい笑顔を絶やさない、さらりと靡く長い金髪。思わず心が解れそうなほどにいい匂いが常にするイケメン具合。
「サリエス師匠!」
俺は思わず大きな声を出していた。
その声に気が付いてくれたのか、サリエス師匠はゆっくりとこちらを振り向き、最初は優しい笑顔を振りまいていたもののすぐに居たたまれない顔へと変わっていく。
「やあ、蛍。その呼び方、止めてほしいと言わなかったっけ?」
「いやぁ、すっかり忘れてたわ。俺の中ではいつもサリエス師匠って呼んでたからね」
「……私は断固としてその呼び方を拒否するよ。これは罰だよ」
サリエス師匠はそう言うと、俺に向かってゆっくりと歩き始め、軽く小突いてきた。
なんだかカルナダ姉さんとの温度差が違い過ぎて、アマダというおっさん臭いエルフとは違い過ぎて思わずクスクスと笑ってしまった。
そんな俺の様子を見て、「なんで笑うんだい?」と純粋な疑問を投げつけてきたサリエス師匠であった。
そして、ほんの数秒遅れてもう一人の知り合いが扉から現れた。
「ちっ、愚弟に少し遅れたか。私としたことが鈍ったか?」
首をゴキゴキと鳴らしながら現れたその人は、懐かしいというよりもさっきぶりだねという言葉が似合うような気がした。
「あっ、カルナダ姉さんだ」
「おう、お前が蛍か! 記憶よりもなかなか強そうだな」
カルナダ姉さんは俺を見つけるや否や、ずかずかと近づいてくると背中をバシバシと叩きながら愉快そうな笑いを零したのであった。
そして俺はカルナダ姉さんのMPの流れ方を見て、驚くほかなかった。
「……強くなった?」
「あはははっ、確かに強くなったぞ私は! そもそも分体だと力の10パーセントも出せんからな! 強くなったというよりも、分体が弱かったんだよ!」
何が嬉しいのかよくわからないが、カルナダ姉さんは終始豪快に笑いながら俺の背中をたたき続けるのであった。
俺がサリエス師匠やカルナダ姉さんとの再会を噛みしめていたとき、他のシングル冒険者たちはポカーンとした表情を浮かべていたのが見えた。
そうして三十秒ほどが経っただろうか。
開いていた黄金の扉が閉まり始め、空気中に溶けてくように掻き消えていったのである。
そこでようやく酒瓶から手を離したアマダがこちらに鋭い眼光を向けて、話を始めた。
「よぉ、遅ぇぞ。さっさと適当に座りやがれ、この光景も世界中に流れているんだ」
アマダは宙に浮く白い机を指先でとんとんと叩き、早く座れと合図してくる。
しかし、すぐに行動を起こす者はいなかった。
全員が何もわからないといった表情で、アマダを味方かどうか確認していたのだ。
しかし、アマダを元から知っていたのか健だけはすぐに席へと座るために歩み始めたのだ。
「じゃあ、僕はここにしよっかな」
それに続くように、サリエス師匠は「あとでゆっくり話そうか」と俺に言葉を残して、アマダというエルフの隣の席へと座った。
カルナダ姉さんも空いているアマダの隣へと座っていく。
座った三人は宙に浮くインテリア、白い卵型の椅子へと座ったことで、俺はようやくそれが椅子なのだと認識することができた。
「じゃ、俺も」
俺はそう言って、健の隣の席へと座ることにした。
これ以上時間を使うと、今にもアマダというエルフの怒りが爆発しそうだったからである。こめかみに血管を浮かべ、とんとんと机を叩く感覚が小さくなっていくのだ。
(確かにいきなりこんな場所に呼ばれて座れと指示されてもすぐに動けないのはよくわかる。だけど、そろそろ座ろうよ)
俺がそう思っていると、徐々にここに招待された人たちが空いている椅子へと座り始めたのであった。
と、その時であった。
先輩がアマダというエルフの耳で何かを呟くと、アマダは「仕方ねぇ」と言い、両手をパンッと叩いたのだ。
そうして再びあの黄金に輝く扉が部屋に現れた。
少しして、そこから現れた人物に俺は思わず笑いかけた。
「あっ、蛍」
「なんだ賢人か」
「なんだってなんだよ。それよりもここは……」
「まあ、とりあえず俺の隣が空いてるから座れよ」
「お、おう」
なぜ賢人がなんで呼ばれたのか、という疑問符は浮かばなかった。
先輩は賢人を友達だと思っている、だからここに招待してもらうようにアマダに頼んだのだろう。その真意までは未だに掴めないでいたが、賢人の未来は先輩に振りまわされそうな予感しかしない。
結果、ここに揃ったのは合計で14人だった。
俺が知っているのはNumber7とエルフ四兄弟、賢人に健くらいだろう。
他の6人は初めて見る顔であった。
「お前ぇら、先に言っておくぞ。ここで発言したことや行動は全部お前ぇらの世界中に発信される。不用意なことはしゃべらねぇ方がいいぞ。それでだ、軽くでいい、お前ぇらの名前とランキングを言っていけ」
アマダは一番近い左の席に座っていた健を指さして、早く喋れと言わんばかりに鋭い眼光を向けた。
何となくだけど、アマダというエルフはせっかちそうだ。
「僕? 僕は新田健、今は……98位だね。はい、じゃあ次、ほたるん」
健はさっさと自己紹介をしてしまうとこちらに視線を向け、にっこりと笑った。
そういえば健はなぜこうも平然と座っているのだろうか。メインダと戦っていたはずだが、途中で気配が消えたよな。
まあ、いっか。サリエス師匠といたことだし、何かに巻き込まれたのだろう。
「俺は……これ名前を言わなきゃダメか?」
「いや、別に言いたくないなら言わなくていい。順位だけ言っておけ」
アマダは面倒くさそうに答えた。
「じゃ、1位の人です。はい次、賢人くんだよ」
「お、俺も言うのか? 場違いな気が……」
ここにいる人たちや白い空間の異常性を感じ取って、賢人は完全に委縮している様子だった。
そんな賢人を見かねたアマダがさっさと言えというように机をとんとんと指先で二度叩き、賢人を精神的に急かしていく。
「あ、秋川賢人です」
あ、でスタッカートを踏む上がり具合であった。
賢人は順位を言いたくなかったのか、それとも緊張で言うのを忘れたのか。名前だけ言うと、すぐに近くに座っていた中国人へと視線を向けるのであった。
その中国人は能面過ぎて感情がよくわからない。
「ウォン・ユーシュエン。中国の4位だ」
それから次々と時計回りに自己紹介が進んでいく。
「キリル・イヴァーノヴィッチ・エゴロフ。ロシアの3位」
「アメリカ……2位。アリアだよ」
「僕はアメリカの7位、ローガン・グレイだ! よくわからないけど、よろしく!」
「えっと……本当なにこれ。私さっきまでダンジョンで魔獣と戦ってたんですけど……。あっ、すいません! 浅海真姫、日本人です!」
「順位って……ああ、もしかして称号のことかな? 俺はブラジル出身、ダビド・マリア。おそらく8位だな」
「あっ、称号欄のことですか! 真姫は5って書いてますよ! てことは5位なんですかね? てか、これって何ですか? あっ、あなたやっぱり日本人ですよね! 良かったぁ、外人さんばっかりでちょっと心細かったんですよね」
世界5位が日本人だったということにも驚いていたが、それよりも彼女のテンションについていけなかった俺であった。




