おごりたかぶる
賢人の胸に魔王の腕が突き刺さっていた。
その光景を見て、プチンと自分の中で何かが切れた気がした。
全身のリミッターが解除され、途端に視界が開けていく。
気が付いた時には、声を荒げながら叫んでいた。
「『電速』ッ!!」
電撃魔法を発動し七ヶ浜へと一気に空を駆け抜けていく。
そして賢人のすぐ横に着地し、足の甲に目まぐるしく螺旋するMPを溜めていく。
「その汚い手を放せ」
地を這うような、自分でも驚くほどの怒声が出た。
同時に魔王の顔面目掛けて足を振りぬき、衝突と同時に足の甲に溜めていたMPを解放させ、爆発に似た効果を上乗せする。
『なぬッ!?』
魔王の驚く声が頭の中に響き、青い瞳がようやく俺の姿を捉えていた。
それでも俺は一切の力加減をすることなく、本気の蹴りを食らわせた。
魔王は抵抗する間もなく海の方へと吹き飛ばされていった。
俺はそれを最後まで確認することなく、すぐに賢人へと振り返る。
「『ウォーターヒーリング・ダブル』ッ」
血だらけのまま立ち尽くしていた賢人の胸に手を近づけ、回復魔法を発動する。
この時ばかりはMPの残存量など気にすることなく、フルパワーで注ぎ込んでいき胸の穴を塞いでいった。
回復が終わった頃、賢人の息遣いが聞こえてきた。
(……良かった、間に合って)
正直、間に合わないかもしれないとまで考えていた。
回復後に正常な息遣いが聞こえたことで、俺は賢人が無事であると確信した。
しかし、回復魔法では出血した血までを補うことはできない。
一先ず命を繋ぐことはできたが、出血死という可能性は否定できないのだ。
その時だった。
賢人の体から力が抜けていき、ふっと後ろに倒れていく姿が見えた。
俺は慌てて賢人に近づき、倒れないように腰に手を回す。
賢人がなぜか優しく笑った。
「遅ぇよ、蛍」
掠れ掠れな声。
それでも俺を信頼してくれていたことが十分にわかる言葉に安堵していた。
「間に合ったんだからいいじゃん」
そんな短い会話をしてすぐに、賢人は意識を手放した。
体中が傷だらけで、血だらけで……こいつがどれだけ頑張っていたのか想像できる。
PTSDという魔獣に対する病を抱えながら、魔獣が溢れんばかりのこの戦場に強い意志を持って立ち上がったことに俺は親友として誇らしく思った。
大した力も持っていない賢人だが、たった一つだけ人を守れるスキルがあるだけという賢人だが。
正義感だけは昔から人一倍強かった男だ。
「頑張ったな、少し休め」
俺は目を閉じている賢人に優しく語り掛ける。
そしてすぐにとある人物の方向へと視線を向けた。
「白石さん、賢人を基地まで運んでくれないか? 出血量が少し心配だ、足りなければすぐに輸血してほしいんだ」
俺が視線を向けた先には、白石さんが戦闘服を身に纏ってこちらの様子を伺っていたのだ。
ただ学校が同じだけで、俺なんか一回しか話したことがない人物。
いきなりよくわからない誘い方をされて断った覚えしかないけど、東京の美女クオリティに驚いた記憶だけは鮮明に覚えていた。
それに……。
(白石さんの賢人を心配する目は信用できる、と思う)
賢人が胸に穴を開けられたとき、白石さんが大声で叫んでいた声を聴いた。
今なお、賢人を心配そうに見ている顔を俺は知っていた。
理由はわからない。
だけど、今だけは信用させてほしい。
「わ、わかった!」
白石さんはハッと気が付くと、こちらに向かって駆けだしてきた。
その顔は賢人が大丈夫そうなことへの安堵と、俺を珍しそうに思う顔の狭間であった。
俺が賢人を砂浜に下ろすと、白石さんが滑り込むように賢人の口元に耳を近づけ、同時に右手の脈を測り始めた。
「うん、大丈夫そう。ありがとう雨川くん。あとは私に任せて」
「えっ?」
俺は自分の本当の名前がこの場で呼ばれたことに驚きを隠せないでいた。
自衛隊もダンジョン冒険者も、俺の本当の名前を知るものはごくわずかしかいない。それこそ全員の名前を上げられるほどしかいないのだ。
しかし、目の前にいる白石さんは確かに「ありがとう雨川くん」と、そう言ったのだ。
俺の様子に気が付き、何を不思議に思っているのか理解したのか白石さんが口を開いた。
「私はあなたが……Number1が雨川蛍だとずっと前から知ってたの。ごめんね、黙ってて。いつか話すね」
そう言うや否や、白石さんは賢人の体を抱き上げて立ち上がった。
どうやら白石さんには少し訳がありそうだ。
いつか話してくれると言うのなら、今は信用することにしよう。
「わかった、賢人は頼んだよ。俺はあいつを殺る」
「うん、お願い」
白石さんは最後にその言葉を残して、基地のある方向へと走り出していった。
それを見送り、俺はゆっくりと海の方を見る。
海上の方からは、さぞ楽しそうに笑う魔王がゆっくりと空を浮遊しながらこちらに向かってきていた。
そして、俺の三十メートル前ほどで停止する。
『我が名は【傲慢の王】メインダ、大罪魔王の一柱である。お主、名を教えろ』
「みんなは俺を……Number1とか、特二とか呼んでいるよ。本当の名前は諸事情で答えられない」
『そうか、Number1か。……お主がジャビーガの言っていた、人類最強の男で間違いないな?』
「さぁ、そんなの知らない。何を基準にするかによるだろ」
『がははははッ、確かにそうだ! 面白いな、お主! 久しぶりに我の中に眠る傲慢が震えてるわい』
「まあ、なんでもいいけどさ……とりあえず俺は怒ってるよ」
『なぜだ』
「お前がさっき殺しかけた奴な……俺の数少ない友達なんだわ。だからゴートラスみたいに手加減できると思うなよ? 今はちょっと、怒りでMPの制御が効かないんだ」
『がははははッ、アロスに続いてゴートラスまで往きよったか! これは少し……侮れん相手よ。我も本気で掛かるとしよう。『傲慢ノ鋼ヨ、我ニ力ヲ寄越セ』ッ』
魔王メインダが詠唱をすると、身に纏っていた赤い鎧が姿を変えていく。
流動的に金属が体中を動き回わり、その姿は『鬼』へと変わった。
鬼のような隆々とした筋肉を模した全身鎧に、修羅のような鬼の面。その奥から光り輝く青い瞳。そして右手に持つ、刺々しい金棒。
【status】
種族 ≫十二の魔王【傲慢の王】メインダ
デーモン・ゴブリンキング
レベル≫?????
スキル≫?????
魔法 ≫?????
状態 ≫大罪【傲慢】
(なるほどな、元ゴブリンか)
俺は鎧の隙間から見えた緑の肌からそう推測していた。
そして異世界鑑定を掛けたことにより、こいつが元ゴブリンであることを確信したのであった。
魔王メインダの姿を見て、俺も本気で攻撃しなければあの装甲を破れそうにないと判断する。
『守りの流水』で確認した限り、こいつの特徴はあくまでその固さである。
速度も、攻撃威力も確かに強烈ではあったが、俺から見てみればまだまだなのだ。
だが、その防御だけは正直言って怖いと思える。
だから俺も本気を出すほかない。
「『精霊解放・雷狸』――『超級魔法・建御雷神』」
ふわりと俺の体に建御雷神様の姿が重なった。
そして俺の姿も変化していく。
髪の色が金色に輝き、ビリリと電流が奔っていった。
上半身の服が空気中に溶けてゆき、下半身のズボンが黒のサルエルパンツへと変わる。その上に外套を羽織り、背後には八色の小和太鼓が金色の円環に括りつけられて浮遊している。
こうして、二人の最終戦闘モードが露になる。
気が付けば周囲の戦闘はすでに完了しており、全員が離れた位置からこちらを見つめていた。
この姿を見られることに少し恥ずかしくも思ったが、俺は見て見ぬふりをすることした。
その時であった。
ぽつぽつと雨が降り始めてきた。
辺りがシンと静まり返った中、雨音と二人の息遣いだけがはっきりと聞こえてくる。
不思議だった。
今まで雨の日は嫌いだったが、この時だけは雨が味方をしてくれているような気がしたのだ。
雷を生むのは雲だ。
雨雲が多い場所では、電撃魔法がより強力な物へと変わる。
『がははははッ、お主は最高だっ! 最高だぞっ!!』
「うっさいよ。――『電速』ッ」
俺は雷となり空間を駆け抜け、魔王メインダの真横に位置付けた。
「『電撃掌打・ショット』ッ」
魔王メインダの胸目掛けて手に平を突き出すと、雷の波紋が空気を伝い、魔王へと襲い掛かった。
しかし――。
「『鎮静鎧』ッ」
鎧に攻撃が当たった瞬間、まるで水を打ったように電撃が静かに掻き消えていった。
魔王メインダは固いだけじゃない、スキルも厄介だと気が付いた。
俺はそのまま上空へと『電速』で移動し、さらに火力の高い魔法を発動する。
「『黒雷落とし・黒麒麟』ッ」
詠唱すると一気に上空にどす黒い雨雲が集約し、そこから巨大な龍の顔が地上を覗き込んできた。
その龍は黒い電撃で構成されており、威力は俺の中でもかなり高い方である。
俺が指をくいっとメインダに向けて下ろすと、黒い麒麟がゴゥと激しい轟音とバチバチという電撃を辺りにまき散らしながら下降してきた。
『がははははッ、これはまた……傲慢だっ!』
勢いよく空から海面近くにいたメインダへと向かった黒麒麟は、無抵抗なメインダへと無情にも降り注いだ。
それと同時に黒麒麟の膨大な熱量により、一部の海面が一気に蒸発を始め、あたりを白い水蒸気へと包み込んでいった。
上手く決まったことはいいが……どうにも腑に落ちなかった。
なぜメインダは、無抵抗で攻撃を受けたのか。
俺はすぐに視界を保つために秋風魔法『黍嵐』を発動し、辺りの水蒸気を一気に遠くへと吹き飛ばした。
そして――。
そこには無傷のメインダが意気揚々と立っていた。
『がははははッ、エネルギーチャージ完了』
エネルギーチャージ完了、その言葉がやつの能力の何かのきっかけになってしまったのだと知った。
ちっと軽く舌打ちをして、俺は思考を巡らせていく。
今の攻撃が効かなかったということは、やつのロジックを看破するか、これよりも強力な攻撃でねじ伏せるか……強力な助っ人を呼ぶかのどれかだよな。
まあ、選択肢は一択か。
俺は耳についているイヤリングに触れ、語り掛けるように呟いた。
「ウググ、力を貸してくれないか?」
「グゥ」




