SIDE 秋川賢人(FIRST)
――時は少し遡る。
俺、秋川賢人は綾人さんのチームに加わり、権田さんと同じくゲームで言うタンクのような役割を持ってこの戦場《七ヶ浜》に参加していた。
すでに魔獣の攻勢である第二波を通り超え、現在第三波も佳境と言ったところだろう。
辺りを埋め尽くすほどの魔獣が、今やぽつぽつと見えるほどには数を減らしていた。
これも全ては、シングル冒険者による影響が大きかった。
グレイとジュリオが世界各地から集めた超絶高価な『MP回復錠剤』を休みなく飲み続け、何度も何度も高火力の殲滅攻撃を魔獣に対して行使しているのだ。
『MP回復錠剤』は一粒飲めば体内のMPを即時増幅させ、再生させる効果が10分間続くと聞いている。
値段は恐ろしいほどに高く、綾人さん曰く億はくだらない代物だとか。
しかし、副作用も少なからず存在する。一粒であれば副作用はあってもないようなものであるが、一日に二粒以上摂取すれば、翌日から一週間は極度の筋肉疲労に見舞われるらしい。
そういった副作用も顧みず、俺たちの目の前で戦っているグレイとローガンは攻撃を撃ち続けていた。
最初はどちらが何体倒したとか争っていたが、今はそんな元気も残っておらず、ひたすら戦い続けている状態だ。
そんな彼らを少しでも助けるために、俺たちのような戦える戦闘員がここに数多く配置されている。
その中で俺の役割は、綾人さんのチームに加わり攻撃を耐えることである。
俺の持つ『不退転』のスキルは、高ランカーである飯尾さんも認めるほどの性能を持っているのだ。
【skill】
名称 ≫不退転
レア度≫5(プラチナスキル)
状態 ≫アクティブ
効果 ≫効果時間10秒。スキル使用中はいかなる状態異常も受け受けない。無敵状態。
いわゆる、無敵状態。
これが俺のスキルの真骨頂である。発動している間は状態異常、つまりノックバックなども受けず、攻撃も一切受けない。
もっと詳しく説明すると、俺の体の周囲を透明な膜が覆うのだ。それがすべての攻撃を無にしてしまう効果がある。
一日の発動限界はない。
それでも一日に反動なしで使える上限は確かに存在する。
経験上、一日に十回、これが反動なしで使える上限だ。
しかし、今日はすでにその上限を優に超えている。もう百回は使ったのではないだろうか。
このスキルの副作用は単純で、翌日からひどい頭痛が襲ってくる。
正直、明日の頭痛を考えると今から頭が痛くなりそうだが、この戦争じみた魔獣の攻勢時にそんな悠長なことは考えていられない。
俺のスキルはこの作戦において、確かに有効なのだ。
時に綾人さん、金井さん、飼葉さんたちを魔獣の攻撃から身を挺して守り、時に周囲のダンジョン冒険者や自衛官を守る。
蛍から見れば、実に些細な役割だろう。
それでも俺は、俺という小さな人間が大きな役割を持てることを誇りに思っていた。
そう――。
やつが来るまでは。
******************************
第三波も無事に終え、俺と綾人さんたちは倒れ込むように海岸の道路に腰を下ろした。
周囲には同じように体を休める自衛官やダンジョン冒険者でこの辺りは溢れかえっていた。
「ふぅ、きっつ」
俺は思わず弱音を吐いていた。
これも仕方ないことだと思う。
すでに戦闘を始めて十二時間は超えているのだ。体だけじゃなく、心身ともに疲れが隠せなくなってくる頃合いだ。
そんな折に自衛隊の物資を運ぶ車が続々とここに現れ、魔獣と戦う力を有していない、いわゆる普通の自衛官たちが俺たちを励ますように様々な物資を支給するために走り回る。
「もう少しです! 何かあればすぐに言ってください!」などと様々な激励をもらい、俺は一本のスポーツドリンクとエネルギーゼリーに手を伸ばした。
スポーツドリンクを一気にペットボトル半分ほど飲み干してしまい、ゼリーも十秒ほどで補給してしまう。
そして余った時間は少しでも体力を回復するために、じっと道路に仰向けに倒れておくのだ。
「ふぅ、少し生き返った」
すぐ隣で寝そべった綾人さんが、心底疲れたような声で呟いた。
綾人さんも俺と同じく、道路にただ仰向けに倒れ込む。
近くを見れば金井さんと権田さんも仰向けで倒れているのだが、医療知識のある飼葉さんだけは回復体位で理論的に体力を回復しようと試みていた。
周囲に疲労の溜まっていない人など皆無であり、自然とこの戦場は静寂に包まれていた。
そんな時であった。
無線の雑音が響き渡り、もはや何度聞いた声かもわからない自衛官の声が聞こえてきた。
『ダンジョン冒険者のみなさんに報告をします。第四波が間もなく来ます、今回の第三波が魔獣の数が最大でありましたが、第四波も第三波と引けを取らない規模になります。心身ともに疲労がピークですが、ここが踏ん張り時です。我らの希望であるNumber1ももうすぐ合流いたします、それまで耐えていただくよう心からお願いいたします。以上です』
そこで無線の連絡が途切れる雑音が響いた。
そして俺たちはいまだに疲労の抜けきらない体に無理矢理鞭を打ち、再び立ち上がるのであった。
「よし、これが終わったらみんなで盛大に焼き肉パーティーでもやろうか。その方がやる気が湧くだろ?」
立ち上がって早々に、綾人さんがチームメイトを鼓舞するような言葉を言った。
その言葉に一番目を光らせたのは、女子二人であった。
「やったぁ! 綾人の奢りね! 叙〇苑貸し切りパーティーだからね!」
「ふふっ、焼き肉……悪くない」
そんな女子二人を、まるで子供でも見るような優しい目で権田さんが見つめる。
そして、全員が戦闘の配置に着くころには、水平線の先に魔獣の大群が姿を現したのであった。
「さあ、行こうか!」
「おう」
「うん」
「行く」
「はい!」
こうして第四波が始まった。
――そして、やつが来た。
『報告っ! 魔獣探知部隊より報告ですっ! 海上より強個体魔獣の反応が二つ、どちらもレベル未知数とのことです! 七ヶ浜、東松島の戦域に向かっている模様。距離にして約三十キロ、あと三十秒で衝突です』
それと同時のことだった。
ここにいるほぼ全員が何かを感じ取り、背中をぞわりと震わせた。
俺も、ここにいる綾人さんも、グレイも、ジュリオも、全員がその方向に反射的に振り返り、武器を構えた。
水平線の先から現れたのは、異常な速度で空を飛行する黒い点。
その黒い点が十秒後には、すでに容姿がはっきりとわかる距離まで近づいてきていたのだ。
肌が見えないほどの厳重な濃い青のフルプレートアーマーが全身をがっちりと覆い、右手には巨大なハルバードを不機嫌そうに担いでいた。
頭鎧の中からは、青く輝く双眸がこちらを観察するように見つめているのが寒気で気が付いた。
そんな敵がマントをばさばさと風にはためかせながら、戦場へと現れたのだ。
こちらに近づくと、敵はふと足を止めた。
そして空に立つように、その場で立ち止まったのだ。
『がははははッ、外れクジを引いたッ!!』




