ふつふつと。
ンパが火を噴く件に俺とディールが腹を抱えて笑いながら飛んでいると、七ヶ浜の方向で大きな火柱があがった。
その様子を見て、俺は咄嗟にンパを見た。
「ンパ……お前本当にドラゴンだったのか」
「違いますよ、蛍さん。あれは火じゃなくて、溶岩です!」
「ああ、うん。そうだね」
知っているよ。なんて答えられず、俺のボケはスルーされてしまったのであった。
気を取り直して俺は再び七ヶ浜の戦場を見つめる。
先ほど上がった火柱はンパの言っていた通り、火ではなく溶岩の柱であった。
正確には下から上に向かって円柱状の溶岩が勢いよく噴出したのだ。もっと正確に言うと、健と近しい存在感を放っているシングル冒険者の仕業だろう。
攻撃の規模からも、かなりの大立ち回りを繰り広げていることがわかった。
「……少し心配だな」
俺は思わずボソリと呟いていた。
健は確かに強くなった、周りからチート野郎と言われても否定できないほどには強くなった。
だがしかし、万能型な戦闘は少しばかり苦手だ。
健が得意とするのはあくまで遠距離からの『宝石和弓』によるチクチク攻撃と糸と投擲ナイフを使った搦手である。
そのため火力の高い攻撃手段は非常に少なく、さらにはこのような周囲に壁などの障害物が少ない場所は苦手とするところなのだ。
あいつが最も力を発揮する場所は、あくまでダンジョンなのである。
まあそれでも健はカルナダ式MP操作術を扱えるので、戦えないわけではない。
「それに……ちょっと厄介そうだな、あの敵は」
俺の呟きが聞こえたのだろう、ディールが不思議そうに俺の方を見てきた。
そんなディールに俺は手招きをして、耳を貸すように言った。
俺たちは一度空中で立ち止まり、ディールとンパに指示を出す。
「二人とも、ここからは極秘で動いてくれ」
「何か作戦があるのか? 俺でもわかるぞ、七ヶ浜とか言う海岸にいるのは恐らくゴートラスよりも位の高い魔王であろう」
「ま、また魔王ですか!? いいですね! ンパに任せてください! レーザーカノン一発で屠って見せますよ!」
「いや、だから作戦があるって」
今にも飛び差しそうなンパを宥めつつ、俺は二人に作戦を伝える。
「ディールとンパの二人はあそこに見える林で少し待機していてほしい」
そう言いながら、俺は七ヶ浜より少し離れた小さな林を指さした。
『守りの流水』で確認した限り、あそこの林には人も魔獣も誰も近寄ってはいないようだった。おそらく両者としても、戦いづらい戦場だったのだろう。
「待機するのはいいが、いつまでだ?」
「合図を決めよう。俺が八色の龍を空から落とす。それと同時に、俺の背後から魔王に近づいてほしい。最後の止めを刺すのは、ディールとンパの最大火力攻撃だ。いいか?」
「それは構わないが……」
「ンパは賛成です!! 蛍さんの作戦に間違いはありませんから! 蛍さんが作戦を立てたギルド対抗戦は九割勝てるんですよ、ディールさん!」
若干興奮気味のンパが鼻息を荒々しく鳴らしながら、ディールの言葉を思いっきり掻き消した。
ディールはそんなンパを預かることを考えたのか、肩を竦め苦笑するばかりであった。
「ゲームとリアルはあまり混同してほしくはないが……まあ、そういうことだ。あくまで俺は敵を引きつけて、あの黒曜石よりも堅そうな魔王の装甲を破る役割だ。取っ掛かりは俺が作る、最後は任せるぞ」
「任せてくれ」
「ふんぬっ!」
物わかりの良すぎる二人で良かった。
ディールは真摯な眼差しで返答し、ンパは鼻息を一層荒々しく鳴らしながら頷いてくれた。
俺はすぐにンパをディールに預ける。ンパは物扱いされていることになんら抵抗なく、すんなりとディールの脇に抱えられていった。
そして俺の作戦通りに、この近くにある林で待機するべく飛んでいったのであった。
離れ際にンパが顔だけをこちらに振り向かせ、「頑張ります!」と鼻息を鳴らしながら言ってきたのであった。
俺の言ったとおりに頑張ろうとしてくれるのはありがたいけど……あいつのやる気が空回りしないことを祈るばかりだな。
そんなンパに目に見えない小さなMP弾を打ち、額にお見舞いしておいた。
遠くから「痛っ!?」と小さな声が聞こえてきた気がする。いや、気のせいかも。
俺は気を取り直して一度深呼吸をして、肺の中の空気を一新する。
先ほどのゴートラスの戦闘で感じたモヤモヤを払拭するように、今から始まる俺の作戦が無事に行くように、気分を新たにした。
再び溶岩の柱が舞い上がったのを視界にとらえ、もうすぐこの辺りで一番過激な戦闘が繰り広げられている七ヶ浜へと視線を向け直した。
「よし、久しぶりに……全力で行こうか」
指をポキポキと鳴らして、俺は急加速して空を飛んでいく。
途中で不用意に近づいてきた魔獣や目に見えた魔獣は水魔法『ウォーターバレット』で殲滅していきながら、俺はすぐに七ヶ浜の全貌が見える場所までたどり着いていた。
戦場を見つめながらも、俺は全速力の飛行で近づいていく。
戦場はかなりひどいものであった。
完全に人と魔獣が入り乱れており、容易に近くのチームの助けにも行けないような状態だった。
さらに見慣れた顔もいくつかあった。
筋肉ムキムキな原田隊員に、『宝石銃』を扱う麻生隊員、『水魔法』の扱いに長けている佐藤隊員、声優新城秋ファン同士である加賀谷隊員、『樹木魔法』を操る大野木隊員など自衛官の中にも北海道奪還作戦で知り合いになった人たちが傷を至る所に作りながら戦っていた。
すでに満身創痍な自衛官も幾人か見受けられる中、俺の知っている彼らは奮闘していた。
もちろんダンジョン冒険者の知っている顔もあった。
新選事務所の飯尾綾人とその一行だ。
彼らは魔王と戦うべくこの戦場の最前線で体を張っていたが、一人を除いてすべての人間がすでに倒れていた。
いや、魔王の手によって瀕死寸前まで追いやられているところであった。
さらに海の上に浮かぶ強者の反応が二つもあった。
一つは健よりも少し反応が小さいがこの辺りでは強烈な存在……Number10だろう。
二つ目はあの溶岩攻撃を撃っていた、Number7だ。
何度見渡しても、近くに健はいなかった。
そして――。
最前線の中にいた一人の青年に、自然と視線が向かった。
その青年には見覚えがあった。
短い茶髪に、できる雰囲気を漂わせた姿。
しかし、その姿は血濡れの状態だった。
返り血なのか、自らの血なのかわからないほどに衣服へと赤が染みつき、その眼は虚ろにどこかを見つめていた。
青年はすぐ後ろで倒れている飯尾綾人たちを助けようとしたのか、魔王と飯尾綾人の間に入るように盾を構えていた。
否。
ようやく見つけたと思った矢先のこと、俺は目を見開いた。
全身の血が沸騰するような思いが溢れ、思わずMPの操作が少し乱れてしまう。
ギュッと拳に力を込めて、俺は限界を超えた速度でその場所へと向かった。
俺はこれまでの人生の中で……。
これほどまでに怒りを覚えたことはなかっただろう。
「がははははッ、お主ほど殺し甲斐のあった人間など久しぶりよ。力はなくともスキルに恵まれた不憫な青年よ……確か名は『賢人』とか言ったかぁ? 貴様のスキル、奪って見せよう」
「――ぐふッ」
七ヶ浜の最前線。
そこに魔王と対峙していた賢人の姿があった。
しかし、時すでに……。
魔王の手によって、盾と胸を貫かれた後であった。




