やあ、一般人もどき
俺はあっという間に拠点を飛び越え、拠点から北東にあるダンジョンの方向に向かって最大速度の飛行で進んでいた。
久しぶりに空を飛行したからなのか、かなり気持ちがいい。
季節は凍えるような冬を通り越え、春へと差し掛かる最も気温的には快適な時期だ。どっちつかずの季節とも言える。
冷たすぎず、熱すぎない心地良い風がすーっと体を撫でていく。
そんな中でも、常に『守りの流水』を発動しながら、この辺りの戦況がどのように推移しているのか状況を掴もうと情報を収集していく。
「うーん、かなり混戦になっているな。アマダってやつはこれを暗示していたのか」
空を飛行しながら地上を見ていると、至る所で魔獣と戦闘を行っている人間の姿が点在しているのがわかった。
その中には北海道奪還作戦で見たことのある顔もいくつかあった。とはいっても、ほとんどが見ただけで話したことはないので親しい間柄というわけでもない。
でもまあ、この辺りの戦闘に俺の出番はあまりなさそうだった。
『守りの流水』で見ていた感じ、ほとんどの魔獣は最前線である海岸沿いで殲滅されている。
おそらく海岸沿いにレベルの高い戦闘員を厚く配置しているのだろう。
だからなのか、海岸沿いから少し離れたこの位置にはすでに怪我を負っている魔獣や、逃げ延びた魔獣などレベル的にも40や50そこらのやつしか辿り着いてはいなかったのだ。
「あっ、そういえばNumber7とNumber10がいるって柳ちゃんが言ってたっけ。すっかり忘れてたよ」
俺と同じシングル冒険者か。
正直に言うと、あまり興味はない。
とはいっても、シングル冒険者と呼ばれる彼らを見下しているわけでもない。
そもそもシングルと一括りにしてもいいような軽い経験を彼らはしてこなかったと思う。かくいう俺も同じだ。
そこら辺にいるダンジョン冒険者よりも、この数年間で数倍は濃い人生を歩んだ自負がある。
それに俺自身もあまり他人に関わってほしくないという願望があるため、彼らとあえて深く関わろうと思わないのかもしれない。
俺としては適度にダンジョンで遊んで、ゲームで遊んで生きて生きればそれだけで十分なのだから。
とはいっても、今回のような場合は別だ。
日本……というよりも世界的に魔獣から攻撃を受けている状況ではさすがに黙っているわけにもいかないだろう。
自分でもそれなりの力を手にしている自覚はあるのだ。
それに……。
「秋から大好きなアニメの二期が始まるんだ! 延期されるのが一番困る!」
俺は切実に願望を叫んだ。
ふざけるな、そう思うのは普通ではないだろうか。
この戦争まがいのことをやっている間にも、次のクールのアニメ放送が延びてしまう。
ゲームのイベントや大会なんかも延長は確実だろう。
今回のこの戦闘でサブカルがなくならないまでも、確実に発売の延期は免れないはずだ。
そんな延期を、俺は全力を以って一日でも短くしてやろう。
それが俺の今回の役割だと思っている。
カルナダ姉さんの言っていた『シロア』という人物についても多少は気になるが、本音を言うと俺以外の誰かが片付けてくれるのならばそれ以上の勝ちはない。
そもそも俺なんかの肩に色々な重荷を載せるのが間違っているのだ。
載せるなら賢人の肩にでも載せてほしいね。
「もうそろ着くかな。……にしてもあいつらは何で安全なダンジョンの近くで微動だにせずジッと座っているんだか」
あの二人ならば、そこら辺にいるダンジョン冒険者や自衛隊員よりも戦力になるはずだ。
いや、格段に戦力としては重宝されるはずだ。
まあ、二人は出身がなぁ……。
そうこうしている内に、視界にダンジョンを捉えたのだった。
実際に自分の目で確認してみると、前線の戦域にかなり近いダンジョンであることがはっきりと分かった。
場所的には仙台の上あたりだろうか。
海岸からそう遠くない場所に、逃げてきたのであろう住人たちの恐怖におびえている姿が見えていた。
「いや、一部だけど自衛隊の基地も併設されているのか」
このダンジョンを自衛隊の主要の臨時基地にするには少しばかり前線が近すぎたのだろうか。
まあ、十中八九そうだろう。
実際に目に見えている設備やテントの数は、工藤さんたちがいた後方部隊の基地よりも数段は小さくまとまっている。
「にしても……ダンジョンの半径三キロにえげつない数の人がいるなぁ。さすがに空を飛んであいつらを探したら、怖がられるかな?」
そう考え、俺はダンジョンの半径三キロよりも少し離れた位置に着陸することにした。
「よっと、さて見張りにはなんと説明しようかな」
上から見ていた感じ、ダンジョンの周りには等間隔で戦闘もこなせそうな自衛隊員が配置されていた。
いきなりこんなどこの馬の骨とも知らない狐の仮面野郎が現れたら、武器を向けられそうだよな。
はぁ……。
いや、待てよ。
そういえばこういうときにぱぱっと身分を証明するために、ステータスカードがあるんだっけか。そう考えれば、ステータスカードの有用性もありがたく感じるな。
まあ、俺のランキングが明るみに出たのもステータスカードのせいなんだけどさ。
俺はゆっくりと舗装されたばかりであろう綺麗道路を颯爽と駆け抜けていく。
舗装されたばかりというのは、おそらくダンジョンの発見とともにこの辺りも開発されていたのだろう。
周囲の環境はいわゆる田舎っぽい場所だったけど、この辺り、ダンジョンの周囲だけは着実に都市化が進んでいたのだから。
ちなみに俺の移動方法は健やカルナダ姉さんの方法とは、少しばかり違っている。
カルナダ式MP操作術の『速・鼓血動』と同時に、風を掴んでいるのだ。
竜田姫の世界で試練を乗り越えた先に手に入れたのは、風の色を見て、風を「掴む」という能力だった。
風にはいくつもの色がある。
例えば、橙色をした優しい風。これは心が優しいので力を無償で貸してくれるのだ。
他には、紫色をした刺々しい風。これはそうそう力を貸してはくれないが、操ることができればその力は計り知れない味方となってくれる。
とまあ、風にも色によってさまざまな性格があるのだ。
俺はその風に力を貸してもらっている。
それを竜田姫は「掴む」と表現しているのだ。
この辺りには橙色の優しい風が多く、紅葉烏の翼を通して話かけると、背中を後押ししてくれるように走る速度が速くなっていくのだ。
「と、止まれっ!!」
そうして心地よく風に乗って走っていると、前方から拡声器を通したような野太く、機械的な大きな声が聞こえてきた。
俺は慌てて走る速度を緩め、両手を上げた。
目の前には安全柵の外側で三人ほどの自衛隊員が銃を構え、その銃口を俺へと向けてきていた。警備をしていた自衛官だろう。
「ダンジョン冒険者か? この辺りで管理している冒険者じゃないな? ステータスカードの提示を求める」
実に事務的な対応だった。
彼らはむやみやたらに発砲してはならないと指示されているのだろうか。
まあ、銃ごときで俺のガードは破られないんだけど、ここはわざわざことを荒立てる必要もないだろう。
俺が懐からステータスカードを取り出して、見せようとした。
その時だった。
「おぉ!? Number1はんやないか! こんな場所になんか用事でもあったんか? てっきりすぐに七ヶ浜に向かったもんだと思ってたわ。ちょうどええ、ちょっくら手伝ってくれへんか? ちょうど応援に行こうと思ってたところや。どうか頼む」
ダンジョンの三キロ内を囲うフェンスの中から見知った顔のダンジョン冒険者が現れたのだった。
ほとんど坊主のような短髪に、上下虎柄の装備を身に纏った関西口調のおじさん。
こんなにも濃いキャラのおじさんを忘れることなんて一生できないだろう、そう思わせるほどのこてこて関西おじさん。
「あっ、虎虎さん! お久しぶりです!」
そう、関西を中心に活動するタイガー事務所の社長兼筆頭ダンジョン冒険者兼三児のパパである永井虎さんだったのだ。
でも、日本でも指折りに数えられるほどの実力者がなんでこんなところに。
そう思ったのも束の間、すぐにその答えは虎虎さんが教えてくれることになった。
「おう、久しぶりやな。ほんまに絶好のタイミングで助かったわ。この近くの海岸にちょっぴり強そうな人型の魔獣が現れたんや。良かったら力を貸してくれへんか? 今は小太郎はんは押さえてくれているが、わいは少し怪我をしてしまってな。ここで治療してたんや。それで今、戦地に戻るとこやな」
相変わらずのお喋りさんではあるが、この状況においては多くの情報をくれているので俺としては非常に助かっていた。
「ええ、もちろんです。でもその前にここにいるであろうある二人を連れ出しに来たので、少し待ってくださ……」
そこまで言いかけた時だった。
噂をすればなんとかだ。
「待っていたぞ、蛍」
「蛍さん、待っていましたよ!」
やっときた。
そんな表情を浮かべていた二人が、自衛官の「危ないから一般人は柵の外に出ないでください!」という制止を振り切ってフェンスの外へと現れたのだった。
おそらくただの一般人と勘違いされて、ずっと出ないようにと注意されていたのだろう。
本当に……マイペースなやつらだ。
「なぜこんなところで匿われているのか知らないけど、とりあえずやる気はあるようで良かった。……久しぶりだな、ンパ、ディール」




