養ってくれませんか?
「もう始まってます!!」
俺は健と共にウルグアイ海底ダンジョンを完全攻略し、ウルグアイのとある浜辺へと転移していた。
視界が戻ると、そこには自衛隊のダンジョン対策機関に所属し、北海道奪還作戦の後半から俺のお目付け役として時間を共に過ごした若干二十歳の柳花楓隊員が俺の帰還を待ち構えていたのだった。
自衛隊にも関わらず茶色い茶髪の毛先をカールで遊ばせているあたり、相変わらずお茶目な人だなぁと思う。
「なるほど、少し遅かったのか」
「えっと……一先ず落ち着いて詳細を教えてくれれるかな? 柳隊員」
俺がなんとなく納得する言葉を発すると、健が食い気味に柳隊員へと質問を返した。
柳ちゃんはハッと気が付いたようで、一つ深呼吸をしてから、真剣な面持ちへと変わる。
「着いてきてください! Number1にはできるだけ早々にここを発ってもらいたいので、手短ですがあそこに建てている仮設テント内で説明をさせていただきます。一先ず、行きましょう!」
完全に自分を取り戻した柳ちゃんが、三十メートルほど離れた浜辺に建てられている日本式の軍テントを指さして言った。
妙な生活感が漂っていることから、どうやら柳ちゃんや他にも派遣されてきた自衛隊員はこの浜辺で俺が帰ってくるまでここに見張っていたようだ。
勇ましく早足で歩き始めた柳ちゃんの後ろを俺はついて行く。
砂浜を歩くついでに、俺は柳ちゃんに気になった質問を問いかけてみた。
「そういえば、養ってくれそうな人は見つかったの?」
「……私、Eカップなんです」
何気ない質問に対し、答えとも思えないような返答をしてきたのだった。
何を言いたいのかはわかっている。私を養ってくれと俺に暗に言っているのだろうが、あえて気が付かないふりだ。
確かにEカップで、二つ上の女性。それに顔もプロポーションも文句なんて付けようがないのだ。
正直、「私、Eカップなんです」は俺にとって魅力的すぎる言葉だ。思わず本能が飛びつけと言ってくるほどの魅力だ。
だけど、柳ちゃんだけはダメだと理性が囁いてくる。
北海道奪還作戦の時によくあったが、突拍子もないことをいきなり言い出したり、なりふり構わず何度も夜這いをしてこようとしてきて護衛の自衛隊員に掴まったり、俺が暇を使ってラノベでも読んでいるときも見せつけるように上着を脱いで下着姿になったりだとか……。
「……俺、結婚するなら声優がいいな」
ボソリと俺も本心を呟いて返してやるのだった。
「私、料理も得意です。それに声優の友達もいないことは……」
「うっ」
負けじと返答してきた柳ちゃんのセリフに、俺の理性が思わずグラついてしまったのだった。
ダメだとはわかっているのだが、この子一人養うだけで声優と知り合えるのならば……と考えてしまうのだ。
絶対に、柳ちゃんは干物女だ。ほぼ確信しているので、間違いないだろう。
「ち、ちなみに……なんていう芸名の声優?」
「今度、教えてあげなくもないですよ。ちなみに私、もう少しでFカップになりそうなんです。さあ、私の確定された未来の話はここまでとして、説明しますね。どうぞ」
確定された未来、という単語がどうにも気になってしまうが、俺は柳ちゃんが開けてくれた入り口からテントの中へと入っていくのであった。
「こんなときに……二人して不毛な会話はしないでよ。緊急事態なんだから、もっと話すべきことがあったでしょうに、はぁ」
後ろから健のため息交じりな呟きが聞こえてきたが、それは柳ちゃんに言ってほしい。
俺の純粋な質問に対して、「私、Eカップなんです」って答える柳ちゃんが悪い。
そんなことを考えながらも俺と健は中で待機していた自衛隊員に案内されるがままに椅子へと座ると、目の前のテーブルにスポーツドリンクを置いてくれた。
それと同時にタブレットを持ち出した柳ちゃんが、目の前の席へと座った。
「Number1は北海道の時もスポーツドリンクを好んでいらしたので、用意しました」
きらりんと星でも飛んできそうなほどのウィンクで、私できるアピールをしてくる柳ちゃんであった。
この子も、ブレないなぁ。
「ありがとう。それよりも今の状況を教えて、俺はどこに行って何をすればいい? 今の俺たちは何も知らないからさ。そっちの作戦に合わせるよ。いいよね? 健」
「うん、僕もそれで構わないよ。あっ、柳ちゃん。僕は基本的にほたるんと一緒に行動するからよろしくね」
その言葉に柳ちゃんは若干の動揺を見せるも、すぐに頭を縦に振ってくれた。
「では、早速説明を――」
俺と健は姿勢を正して、タブレットの画面をのぞき込んだ。
「現在、世界規模で魔獣との戦闘が行われています。日本も同様で、特に仙台付近の戦いが最も激しいようです。Number1にはこの仙台にある七ヶ浜へと向かってもらえればと、長瀬局長より聞いています」
「わかったよ。そこに行こうか。彼岸花での転移で移動する感じ?」
「その通りです。隣のテントから、仙台へと転移できる彼岸花がいくつも準備されていますので、ただちに向かっていただけたらと」
「わかったよ」
「ちなみにですが、七ヶ浜では秋川さんやNumber7とNumber10も一緒に戦っています」
「へぇ……賢人がねぇ。そりゃ、急いで向かわないとね」
賢人が戦っている。
その言葉を聞いて、俺はほんの少し安堵していた。
魔獣に対してPTSDを抱えていたあいつが、何をきっかけに戦場に足を踏み入れたのか。賢人に戦う力がないとは思わないが、現役で活躍するダンジョン冒険者から見れば数段は劣って見えてしまうだろうに、よく決心したな。
「あれ? Number7とNumber10もいますよ? 聞いてました?」
「ああ、聞いてたけど別に興味ないからなぁ」
「そ、そうですよね……Number1ですもんね」
「そうなんだよ、Number1なんだよ……って、俺ってばそんなに傲慢な人間に見えるかな? 一応、ゲームや声優をこよなく愛している好青年だと思ってたんだけど」
「私を養ってくれるならば、どんな質問でも答えますよ? そんなに私のアンダーバストが気になりますか?」
「……いや、そんなこと一言も聞いてないんだけど」
ちょくちょく自分の願望を挟んでくるあたり、本当に懐かしいなぁって思う。
北海道の時も一か月以上毎日一緒にいたから、これぞ柳ちゃんだなぁって感じるわ。
ああ、そういえば俺、ダンジョン攻略したんだよな。
カルナダ姉さんのせいであんまりダンジョン感がなかったから、こんな他愛もない柳ちゃんとの会話が心地よく感じてしまう、不思議。
柳ちゃんも冗談で言ったのだろう、上品に口元を押さえながら苦笑をしていた。
同じように健もどこかダンジョンとは違う柔らかい雰囲気へと変わっていく。
「さて、質問はありますか? 一先ず、私が長瀬局長から貰っている指示は『Number1を七ヶ浜へと向かわせるように』ということだけなので、詳しい話は現地で聞いてもらえると助かります。ここまで現地の様子なんかは伝わってこないので」
「俺はないよ」
「僕も大丈夫だよ」
「では、私が同行しますので急いで向かいましょう」
柳ちゃんがそう言うと、俺も立ち上がり案内されるがままに隣のテントへと向かっていく。
どうやら今すぐに日本へと向かうのは、柳ちゃんと俺、健だけであるようだ。
ここで待機していた他の隊員たちは、ここに片付けに協力をしてくれたウルグアイの重鎮たちへの挨拶やらなんやらとやらなければならないことがあるらしく、魔獣の大規模侵攻が終わるまではこのウルグアイに滞在するらしい。
本当に権力ってすごいわ。
やりたくない後処理を全部、国がやってくれるんだもん。
そうして、俺たちは隣のテントの中にあった植木鉢に植えられていた転移アイテムである彼岸花の前へと到着していた。
俺は柳ちゃんと健の三人で輪を作るように手をつなぐ。
転移アイテムを使う上限人数はおおよそ六人まで可能であるため、三人であれば失敗することはない。それにどこか地肌が触れていないと一緒に転移できないのだ。
だから、女性と手をつなぐのは不可抗力なんだ。
決して、柳ちゃんの手が柔らかいなんて思って……。
「あの……柳ちゃん?」
俺は手を繋いでいた柳ちゃんから逃げるように、手を放そうとしたが無言の笑みという圧力で掻き消されてしまった。
てか、俺の手をもみもみしないでくれますかね?
なんだか柳ちゃんという存在自体が、卑猥に見えてきたんですけど。
「じゃあ、転移します。準備は大丈夫ですか?」
柳ちゃんが俺と健へと目を配る。
元より、俺と健はダンジョンで常に臨戦態勢であるフル装備であったため、これといって準備するようなことはなかった。
かくいう柳ちゃんも、日頃からいつでも日本へと帰還できるように準備を怠っていなかったため、準備時間は不要であったのだ。
それでも今一度、俺は自分の装備を確認する。
靴は『天足』、最大で三歩まで足場を作成できる足装備。
服はいつも通り雷狸ぽんの防具精霊を初期状態で纏っている。
首元には、冷狐クウの防具精霊を初期状態で巻いている。
紅葉烏のアイは、転移には羽が邪魔になるために今は指輪として人差し指に納まってもらっている。そのため、上着にはサリエス師匠から受け継いだ『体温調整機能付き外套』を羽織っている。
ついでに顔には顔バレ防止の人間が作った普通の狐面をつけている。
そして、カルナダ姉さんとの戦いで残った『妖刀・枯れ葉』を腰に携えており、俺はそっと刀の柄を撫でた。
姉さんの力、貸してもらうよ。
「僕は大丈夫!」
健はいつも通り、臆することなく元気な笑顔で答えた。
その腰には無数の短剣が納められており、背中には『宝石和弓』を携えている。
俺はふぅと思考を切り替えるように息を吐き、真剣な眼差しで柳ちゃんへと目を向ける。
「ああ、戻ろうか……日本へ」
その瞬間、柳ちゃんが彼岸花の花びらを一枚毟り取った。
視界がほんのわずかに歪み、ホワイトアウトしていく。
気が付けばそこでは、忙しなく動く数え切れないほどの自衛隊員たちがいたのだった。
「懐かしい匂いだな」
俺がそう呟いた時だった。
「待ってたよ、雨川くん」




