最終章プロローグ 後編
――2022年7月18日17時頃
日本の小豆浜で戦闘が始まって、およそ半日が経過していた。
自衛隊情報部隊の定時報告では、たった今、俺の目の前でグレイが溶岩を操る魔法で焼き尽くした魔獣が第二波の最後列にいた個体だということだった。
そう、約半日かけて俺たちは魔獣の突撃を第二波まで凌ぐことに成功していた。
事前に衛星写真で見た情報では、魔獣たちは隊列を組んでいるわけではないと聞いていた。それでも横陣を合計で五個の層で作っており、感覚的には全部で五回の魔獣の突撃があるだろうとわかっていた。
そのうち五分の二が今、終了したのだった。
「ハァ、ハァ、ハァ……綾人さんどうしますか?」
戦いの疲れから俺はその場に倒れ込み、肩で息をしながら近くにいたリーダーの綾人さんに話しかけた。
「一旦、後衛部隊まで下がろうか。このまま戦っても俺たちの体力が持たないよ」
綾人さんはあまり疲れている様子もなく、緊張をほどくようにふぅと軽く息を吐いた。そして、手に持っていた刀を鞘へと納めた。
近くで構えていた他の三人のチームメイトも、それぞれ臨戦態勢をほどいていく。
さすがに日本の最前線で活躍するダンジョン冒険者だ、まだまだ俺の力や体力では追いつけない。
唯一役に立っているのも、スキル『不退転』でガードして、弱そうな魔獣を槍で突き刺すくらいだ。これも蛍から押し付けられたこの大盾と槍があったおかげであって、この武器がなかったらむしろ足手まといになっていた可能性が高い。
俺はあまり役に立っていないように思えた。
「すいません、全然ついて行けなくて……」
「何を言っているんだよ、賢人くんは」
「そうだぞ、賢人の盾がなかったらやばかったと思うぞ」
「うんうん」
「予想より、鉄壁だった」
俺の弱音にチームを組んでいた四人がかばってくれた。逆に気を使わせてしまったようだ。
すると、綾人さんが俺に手を差し出してきた。
「第三波が来るまで一時間もない。起き上がれるかい?」
「は、はい! 大丈夫です!」
綾人さんの手を取り、俺はいまだに肩で息を吐きながら立ち上がった。
正直言って、体力的にかなり限界に近い。
それでも綾人さんが、権田さんが、金井さんが、飼葉さんが要所要所で声を掛けてくれて、なんとか踏ん張って魔獣の攻撃を防いでいた。
それに、目の前で獅子奮迅の活躍をしているグレイとジュリオの姿がずっとあったのだ。
まだまだ俺は頑張れる、と自分をずっと奮い立たせてきた。
この状態はあれだ、爆炎龍との戦いで工藤さんが檄を飛ばした時の高揚感に近いと感じているのだ。
体力というよりも、気力で何とか戦っていた。
綾人さんが無線を手に取り、通信のボタンを押した。
「こちら新選事務所、飯尾チーム。一度、休憩をしたいので代わりの冒険者を第二列に手配してほしい」
『了解、すぐに向かわせるので後衛部隊に合流してください』
「了解」
綾人さんはそんな通信をして俺たちへと顔を向けた。
「てことで、一旦下がろう。さすがに十二時間近くも動くのは体力的にきついな」
その言葉にチームメイトの三人は苦笑をした。
そんな表情を見て、きついのは俺だけではなかったことにようやく気が付いた。よくよく彼らの体を確認してみれば、所々に切り傷のような怪我があった。それに権田さんは一度、巨大な魔獣の攻撃をもろに食らってしまい、かなり体の負担が大きかったようにも見える。
きついのは俺だけではなかったことに内心でホッとした。
周囲を見渡せば、日本の自衛隊員や他のダンジョン冒険者も所々に怪我をしていた。
切り傷だったり、一度大きな怪我をしたがすぐに回復したような痕跡だったり、打撲痕のような青こぶだったり、全員がかなり消耗しているように感じた。
この戦場では後方に回復魔法を扱える人が三人も待機しているため死者は出ていない。
だが、他の戦場では少なからず出ているそうだ。
特にロシアにある『A級指定戦域』では、百人以上も死傷者が出ておりかなり苦戦しているらしい。
そんな思わしくない報告無線が綾人さんの腰にある無線から流れる中、俺たちは急いで走ってきたのであろう自衛隊の車の荷台部分に飛び乗り、すぐに後方部隊のある場所へと向かっていった。
海道沿いを進んでいくと、視界にジュリオの姿が映った。
「やっぱりシングルってすごいんですね。改めてこう見ると……核兵器っていう言葉がしっくりきます」
誰に話したというわけではなかったが、近くにいた綾人さんが聞いていたのか、頷きながら口を開いた。
「そうか、賢人くんはあまり他の冒険者の戦いを目の前で見た経験が少なかったんだよね。本当にシングルだけは……化け物だよ。半日間、休みなく戦っているのにいまだに無傷ってのは正直反則だよね」
そう言った綾人さんの目は少し、遠くを見つめているような気がした。
シングル冒険者の二人はこの場においてもやはり異質な存在だった。この戦場で唯一、無傷であり、体力もまだまだ有り余っているようだ。
ここからでも微かに、二人の怒号が聞こえてくる。
「あ゛あ゛!? 俺の方がお前よりも大物を倒してるだろうが!? お前の目は節穴かよ」
「あはははっ、面白くないジョークだな。大物の数なんてほとんど変わらないだろう。それに数は圧倒的に僕の方が倒している、ふんっ」
「ざっけんじゃねぇ! てめぇのそのデカ面、ぶん殴ってやるっ!」
そう言ってジュリオはグレイに殴りかかろうとしたが、近くにいたイタリアの抑え役が慌ててジュリオの脇腹に手を入れ、抑え込んだ。
「デカ面? ……ロザンヌ、こいつは今なんて言った?」
静かにグレイが怒りの表情を見せた。
と、そこで車が道路を曲がり、二人の姿が見えなくなったのだった。
俺はその二人のやり取りに、さすがに驚きを隠せないでいた。
「……大丈夫ですかね?」
「さ、さぁ……」
この車に乗っていた冒険者たちは、全員が困ったような表情をしていたのだった。
そうして十分ほどで後方にあった休憩地へと足を踏み入れた。
ここはダンジョンの半径二キロ圏内にある箇所であり、俺たちのような戦闘要員が休憩をとれる場所でもあり、緊急避難場所でもある。
ここには主な食料や物資が置かれており、貴重な回復系統の能力を有する人材もこの後方基地にいる。
俺と綾人さんたち五人は、後方基地にはいってすぐの場所に通された。
そこにあった椅子に俺は倒れ込むように座った。
綾人さんも、隣にあった椅子に倒れ込むように座った。
「はぁ……きっっっついねぇ」
珍しく綾人さんが弱音を吐いた。
俺は驚きながらも、近くのテーブルに置いてあった飲料水を手渡しした。
「そうですね、あと三波もありますからね……寝る時間とかあるといいですけど」
「うーん、この調子のまま魔獣が攻め込んでくると仮定すると……俺たちのような重要な戦力が寝る時間はとれなさそうかな。さすがに俺たちのチームが前線から抜けると、きつそうだしね」
「やっぱそうですよねぇ、はぁ」
「次の波が来るまでに前線に戻っていればいいから、それまで一時間でできるだけ体を休めておいてね。あれだったら、寝てもいいよ?」
綾人さんはにっこりと笑顔を浮かべて、俺に言ってきた。
しかし、無理だ。
「アドレナリンがどばどばで寝られませんよ。いまだに心臓の鼓動が早く感じますから」
「ランナーズハイならぬ、ダンジョンハイってかい?」
クスクスと周囲の冒険者からも笑い声が漏れた。
周囲の冒険者と情報交換や談笑をしながらも、俺たちは確実に体を休めた。スポーツドリンクを飲んだり、クエン酸を飲まされたり、と。
そうして椅子に腰を沈めながら、体力の回復に努めていた時だった。
「なんかあったのかな?」
後方で動き回っていた支援部隊の自衛隊員の動きが、いっそう慌ただしくなり始めたのだ。
それをすぐに察知した綾人さんが徐に腰を上げ、近くにいた隊員に声を掛けた。
「どうしたんですか? 魔獣の波に動きでも?」
「い、いえ、違います。まだ確定した情報ではないので、混乱を避けるためにもう少し待っていてください」
「そうですか、わかりました」
綾人さんは捕まえていた隊員を開放し、困ったような顔でこちらのテントに戻ってきた。
そして再び椅子に腰を沈めた。
「あの反応を見るに、何かはあったんでしょうね」
「そうだね。悪い報告じゃないといいね。一先ず情報が流れるまで待機するしかなさそうだ」
そうしてさらに体を休めること十五分ほど。
そろそろ前線に戻ってほしいと綾人さんの無線に連絡が入り、車に乗って再び俺たちは小豆浜の近くへと戻ってきていた。
ここら辺で一緒に戦っていたダンジョン冒険者たちの顔には、未だに疲労の色が残っていた。
「さて、一先ずここも乗り切ろうか」
綾人さんの号令でこの俺たちは武器を手に取った。それを見た周囲のダンジョン冒険者も同じように武器を手に取り、臨戦態勢へと変わっていく。
そんなとき、ザッと無線から雑音が鳴った。
『ダンジョン冒険者のみなさんに報告をします。第三波がまもなく来ます、今回の波では第一波、第二波よりも魔獣の数が多いと観測されています。無理だと判断した場合、すぐに後方へと避難してください。そして、もう一つ朗報です――』
朗報。
その言葉に俺はごくりと唾を飲み込んだ。
『先ほどウルグアイで待機していた隊員より、Number1帰還の報告が入りました。すぐに準備をして、転移アイテム「記憶の彼岸花」を使い、東京へと戻ります。その後すぐにNumber1はここに合流予定です。それまで必ず魔獣の攻勢を耐えてください。以上っ』
その報告に歓喜するものは、この場にはほとんどいなかった。
それもそのはずだ、実際に彼の実力を目にした者は少ないのだ。北海道奪還作戦では確かに功績を積んだが、世界中の人間が知っているNumber1の情報はほぼないに等しいのだ。
そんな情報もない人間を頼るほど、この場にいるダンジョン冒険者や精鋭の自衛隊員は弱くはないのだ。
しかし、ほんの数人だけこの報告を噛みしめる者もいた。
それは蛍の実力をその眼で見て、強さを知っている人たちだ。
「……ようやく人間側の切り札が到着か」
綾人さんがぼそりと呟いた。
そして、俺も――
「おっせぇよ、蛍」
俺は思わず口角をあげたのだった。
******************************
――?????――
魔獣が人間の住む地に攻勢をかけている中、魔獣の群れの第四波と第五波の間に空飛ぶ城があった。
逆三角錐型にくり抜かれた岩山の上に建つ古城。
それは人間界に元々存在していた城ではなく、禍々しい黒の材質で覆われた明らかに異様な雰囲気を放つ城であった。
その城の最上階にある部屋、天上の魔座に十の人影があった。
「バッグドラスよ、シロア様を復活させる生贄の数はあといかほどか?」
「グルゥゥゥゥゥゥゥゥッ……あと百五十万は必要だ、ジャビーガ」
「そうか、あと少しだな」
「ほっほっほっ、今日中には生贄の準備はできるかのぅ。待ち遠しいわぃ」
「爺やも我の計画参加してくれて感謝するぞ。他の魔王らもだ、これも全てシロア様を想う心があったからこそなぜる技だ。死んでも復活させるぞ、この世界に……我らの主シロア様を!」
話を指揮していたその人間の言葉に、この場にいた全員が真剣な眼差しで答えた。
彼らは同じ目標の元に集まった、『原始の十二王』である。主であるシロアに出会うため、いつもは意見など合うこともない彼らが一丸となって行動しているのだ。
すると、一人の魔王が手に持っていた銀の杯をガンッと勢いよく、テーブルの上に叩きつけた。
その拍子に銀杯からワインが零れ、白のテーブルクロスに染みを作った。
「にしてもよぉ……アロスが早々に逝きやがったなぁ。あのクソ雑魚がッ!! 魔王の名を汚す気かよ、くそッ」
「がははははッ、落ち着けぇゴートラスよ。お前のライバルが逝ったということは、アロスよりも強い人間がいるということだ。お主にとっては朗報であろう?」
「くっそッ。んなこたぁ、分かってるよ。わかって愚痴を言ってるんだよ、察しろデカブツ」
「がははははッ、久しぶりに会ったというのに相変わらず口が悪いなッ! だが、それがいい!」
「もうよいか? 【破壊の王】ゴートラス、【傲慢の王】メインダよ。そろそろ計画の話をしよう」
「おう、すまんかったなジャビーガ。進めてくれ」
「では、人間側の事情からだ。やつらには九人の柱がいる。シロア様のためにもそれらを討つことが我ら魔王の役割だ。そのためにこの計画を進めてきたのだからな、任せるぞ。我はここで指揮を執る故、そなたらで九人を殺してくれ。場所も全てわかっているので、あとは頼んだぞ。これが終われば我らが主はこの地に体を成すだろう」
「がははははッ、なんだその九人ってのは面白そうだなぁ! あいわかった!」
そこでジャビーガが机に地図を広げた。
「これがこの世界の地図だ」
その言葉に全員が地図を覗き込んだ。
そして、ジャビーガの作戦の元、それぞれの魔王が向かう土地が支持されていく。
「――そして最後に、この小さな島国である『日本』という国にはゴートラス、メインダが向かってくれ。ここには二人の強者がいる。すり潰してやれ。この国にはアロスを倒したやつもいることだし、楽しかろう」
「「あい、わかった」」




