悪徳大納言
左京のとある公卿の屋敷にて、連歌の会が開かれていた。上座にその主人があった。彼は従二位小道大納言茂長、今、禁裏に於て多くの貴族に恐れられている人物である。
「気に食わん」彼は気忙しく、扇子を扇ぎながら怒鳴った。連歌の会といっても、主催者である小道がこのように不機嫌であるから、未だ誰も、一句すらも詠んではいない。
「あのような下郎が官が下ってなるものか」彼は下座を見回した。
暫しの間静寂が流れた。皆、下手なことを言って小道の怒りをかうことを恐れていたのだ。
「お言葉ですが」勇敢にも、口を切ったのは末座に控える源中将義貴である。
「八千の軍の将が無位無官というわけにも行きますまい。こたびのご軍勢は恐れ多くもお上の大みことのりを賜った官軍ですぞ」
至極もっともな話だと、下座の者たちは思った。
「あのような卑賎には大初位であっても官打ちになってしまうわ。ともかく忠家叙任のことは奏上致さん。」小道は意地が悪そうに笑った。
「で、ですが」
「黙りゃ四位の若造が偉そうなことを言うでない」小道は憮然として立ち上がり、屋敷の奥へと消えていた。結局、その日はそのまま御開きとなった。
(せめて麿が参議ならば…)下座の公家衆は皆一様に思った。公卿ではない彼らには奏上の権限はなかったのだ。
(死地へと赴く彼らがあまりにも不憫だ。)一座の中に忠家とその士卒を憐れまぬ者はいない。
貴人は往々にして、自らのその尊い出自から、民衆を慈愛せねばならないといったような義務感を持っている。彼らからすれば庇護するべきである忠家たちにかような苛烈な処置から彼らを守れないことがなんとも忍びないのだ。
小道が忠家たちにかくも冷酷であれるのは、彼が元をただせば丹波の行商人の子であるからだろう。その親からは捨てられ、多くの心ない者たちに騙され続けた彼の前半生は、なんとも苛烈であり、時には夜露を啜って飢えをしのいだこともあった。
だが、彼は器量に恵まれていて優れた商才を発揮し莫大な富を築き上げ、八位の官を買い、宮中に於てもまたその才覚を認められ、遂には大納言にまで上りつめた。
彼は所詮は成り上がりものである。低い身分から身を興した者の全てが彼のように冷徹ではないだろうが、しかし小道の様に貴人としての倫理をかくものは少なくないのではないだろうか。
元来、民百姓への慈悲の心は微塵もなく、前半生に於いての苦難は小道の性格を大いにねじ曲げ、手に入るとは夢にも思わなかった絶大な権力は彼を狂わせた。
古来、人は苦労するばその分だけ強くなれると言われている。それは正しい苦難ならばそうだろうが、理不尽な仕打ちはむしろその人の性格を歪めてしまうであろう。
(せめて軍資金だけでも)公家衆が話し合い、五百貫ずつカンパすることになった。
源はふと庭に目をやった。逞しい橘の木が静かにたたずんでいた。だが、その木はまともに手入れされていないらしく、所々傷んでいる風情であった。