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入洛

澄みきった空からは西日が差し込み、水面がキラキラと輝いていた。


一行の船の周りには笹舟のほどの漁船がたむろしていた。どうやらアユを獲っているらしい。三里ほど先に大津の港が見える。港はもう目の前だ。


(よもやあそこまでするとは…)忠家がいくらお人好しとはいえ、先の襲撃には閉口した。彼とて朝倉、富田両将に対していくら後ろめたさがあるとはいえ、大人しく殺されてやるほどでもない。


「やはりあの横柄者どもが間隔を取っているのにはあさましい魂胆があったのか」事件があった昨夜、そう叫んだのは早川である。ことここに至っては、疑う余地はない。


一行は緊張した。忠家の本隊は僅かに三百程度しかないのだ。富田、朝倉は会わせて八千と、敵は約二十五倍なのだ。


だが、忠家の本隊の中には秘術を扱う早川がいる。内心、殆どのものが、彼女を恐れていたが、藁にもすがる思いで、早川を頼った。


そもそももはや港も近い。人の目があり、秘密裏には殺せないから、流石に攻め寄せてくることはないだろうと、楽観的な思いがわかないわけでもない。


「投錨」船員が叫ぶ。ようやくに岸着いたらしい。彼らは下船すると、直ちに防御陣を敷き、警戒した。


大津は京に近く、古くは都があったところだから、人家が頗る多い。


街道は多くの見物客で賑わっていた。越前に比べて人が多い分、よりたくさんの悪罵を浴びせられた。近江は商人的な気風の強いところだから、声は大きいし、わざわざヒソヒソとは言わない。


「尻奉公の男娼めが」などと平気で言うのである。流石に面と向かってここまで言われては、黙っている訳にもいかないと、度々二、三の兵がそういった口の悪い者をつらまえようと近づくが、その度に山猫のように素早く四散し、中々捕まらない。


「もうそのようなつまらないことはよせ」と忠家は兵たちに弱々しい声で命じた。


彼がこのようにいうと、群衆は益々勢いづいたようで、「男娼の御大将のお顔がみたい」とぴいやら口ずさみながら、忠家の馬のすぐ横まで近づいてくる者まであった。


そういった事情から彼らは早く近江を出たがっていたから、早歩きで進もうとするが、前方の朝倉隊が意地悪にも遅々として進まない。


「はようお進みあれ」と何度、忠家の使い番が怒鳴ったことか、数えきれない。


その声が疎ましく思えてきたのか、三里ほど進んだ頃に朝倉は雑兵に耳打ちし、「大軍とは威風堂々と進むものである」とそう言わせた。


なるほどもっともらしい理由だから、反論のしようがなかった。だが、使いが雑兵であったことが忠家一行の自尊心酷く傷つけた。


「情けない」小休止の時、忠家はそう呟いた。


「早川殿なぜ私なんぞが大将に指名されたのでしょうか」


「そっそれは」早川は口ごもる。


「思えば、出自は良くなく、才覚もない」彼はぼんやりと雑草を見つめた。


「しっかりなされい名の上げ時ではおじゃらんか弱音をはかれるな」彼女は忠家の袖を引っ張った。


(お主がその調子ではわらわが頑張った意味がないではないか)早川の消え入るような声で言った。もちろん心労に弱りきっている忠家に聞こえることはなかった。


夜半に朝倉と忠家の間に少し押し問答があった。にわかに朝倉隊が止まる。どうやら夜営の支度をし始めたらしい。度重なる勝手に、流石に温厚な忠家も腹を据えかねたらしく、「もう都は目の前なのだから夜を徹して行軍するべきである。我が軍の面子の為にも、出来るだけ早く入洛すべきだ」と怒鳴った。


朝倉は憮然として「武門の誉は戦働きでこそ得られるのである。そのような下らない面子のために兵馬を疲弊させるのは愚の愚だ」と吐き捨てた。


若年の頃ならば、忠家と同じように考えたに違いない。だが、彼も長い人生で色々と学んだのだ。彼は尚も虚栄心の強い男であったが、年老いてからは戦功以外には見栄を張ることはなかった。この点に於てはある程度高尚な武人としての精神が垣間見える。


結局は三刻ほど夜営し、まだ日の見えぬ虎の刻に出立することで妥協した。


京に着いたのは明くる日の朝である。茜色の朝日を浴びて、荘厳なる朱雀門がそびえ立っていた。























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