死ぬくらいなら、死んでやる!!
「なんでだよ。なんで、誰も信じてくれないんだよ」
人混みを掻き分け必死に走る。向かってくる光の先を目指して。
右手に紙袋が2つ、左手で必死に手すりを掴み、満員電車の中で押し流されないように耐えているのが俺、田村哲也(25)サラリーマンやってます。
久しぶりの休みに俺は趣味の同人誌を買い集めていた。どんな同人誌を買ったかはとてもじゃないが、ここでは言えない。
「次は〇〇駅~○○駅~お出口は右側です」
やっとこの満員電車から解放される。早く家に帰って、買ってきた同人誌を――
「きゃ~!! 痴漢!! 触ってきたの絶対こいつ!!」
乗客は突然あげられた女性の悲鳴に驚いていた。
だが、俺はもっと驚いていた――なんと、その女性は俺の腕を掴み、そのまま上に掲げた。
「お、俺じゃない!!」
「嘘!! 絶対、あんただった!!」
「どうされましたか?」
「駅員さん、私、この人に痴漢されたんです」
「だから俺じゃない!! 俺じゃないんですよ」
「とりあえずお二人ともこちらに来ていただいても良いですか?」
俺は二人の隙を突いて走って逃げる。が、目の前にいた男にぶつかって転んでしまう。
「ホームを走っちゃ危ないですよ」
「すみません。急いでて」
「待ちなさい!!」
俺を追いかけて来た駅員が転んでいる俺のところまで来る。
「君、なにかしたのかい?」
「俺はやってないんです」
「そうか。とりあえず話を聞こうか」
というと男は私服の内ポケットから警察手帳を取り出した。
「逃げちゃだめだよ。大事にしたくなかったらね」
「はい」
俺はしぶしぶその男に従い、聞かれた質問に答える。
「本当に俺じゃないんです。電車の中では袋と手すりを持っていて、両手がふさがっていたので、その、触るなんでことできません!!」
「その袋の中には何が入っているのか見せてもらってもいいかね?」
やばい、この中には――
「ダメです!! この袋の中身は見せれません!!」
「そんなこと言える立場じゃないでしょ!! 見せなさいよ!!」
絶対にダメだ。この中を見られては。特に今ここで絶対に――
「う~ん。嫌がってるところ悪いけど、見ない事にはね。駅員さんちょっとこの人を掴んでてもらってもいいかね」
「やめてくれ~袋の中を見るなぁぁぁ」
「そんなに抵抗するなんて何が入って――」
「こ、これは」
お、終わった。俺の性癖が公衆の面前に――
「気持ち悪い。やっぱりこいつで間違いないわ!!」
「君、この大量の痴漢ものの本はどういうことかね?」
「違うんです!! 確かに俺は痴漢ものの同人誌が好きですが、実際に触りたいだなんて思ってないです!!」
集まって来ているみんなの視線が冷たい。
「現行犯で君を捕まえる。付いて来なさい」
「俺じゃない!! 俺じゃないんだよ!! 信じてください」
「こんなものを持っているような人をこの状況で信じる人はいないと思うよ」
周りを見渡すとまるで汚いものを見るかのような視線が俺の方に向いている。
「まもなく2番線に電車が参ります」
俺はどうなる? 捕まったら、会社にも友達にも親にも俺が痴漢をしたと伝わって、誰も俺は無実だって信じてくれないんじゃないか?
社会的に死ぬなら――
「君!! 待ちなさい!! どこへ行く」
それなら、いっそ――死んでやる
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ」
2番線の電車が赤く染まっている。
「いや~今回もうまくいったすね――まさか死ぬとは思いませんでしたけど」
「そうだな。ほれ、今回の報酬だ。まあわしは現役女子大生の尻を触れればなんでもいい」
「どうもっす。いやでも相変わらずですね。それより今回は私服警官なんて手が込んでますね」
「いつも君ばかりに苦労させてはいけないと思ってね」
「まあ確かに駅員としての仕事もありますし、時間かかると面倒ですし助かりました」
「彼には悪いがね。まさか痴漢ものの同人誌を持ち歩いているとはね。びっくりしたよ。次もよろしく頼むよ駅員さん」
「いえいえこちらこそ私服警官さん」
短編になります。
痴漢の冤罪というのは社会的に死ぬことに直結してしまいます。
今回の短編では冤罪をかけられた主人公が誰にも信じてもらえず、社会的に死ぬならいっそ本当に死んでしまおうとホームに飛び込んでしまいます。
痴漢の冤罪を防ぐためにはどのようにしたら良いのか...自分にはわかりません。
本作の主人公のようにホームに飛び込むのはやめてください。それでは本当に真実はわからなくなってしまいますので。あと命は大事です。