艶やかに舞う花の宴
山之上舞花さんの誕生日に寄せて出来たお話です。
春のクローバルには秘密が溢れている。あちらこちらで人目を忍んで内緒話が交わされていた。
村の春祭りである「花の宴」では、冬の終わりと春の訪れを祝って雷の神メガンに、女性たちが舞いを捧げることになっている。
その舞いのグループがアルベル村の中で4チームあり、それぞれが趣向を凝らして舞い踊るのだが、50年ほど前からその舞いが互いに趣向を競う競技会になっていた。
「ねぇ母さん、ニコラさんから何か聞いてない? ライトチームは黄緑色の布を大量に買っているらしいのよ。」
ホリーがしつこく母親のエラに聞いても、エラも困ったように笑うだけではっきりした情報を持っていないようだ。
「あのおしゃべりなニコラでさえ、この時期には口を噤むのよ。よそのチームのことより、自分たちが作り上げる舞いに集中した方がいいと母さんは思うけど。」
「だって布屋のジェリーさんが『今年のライトチームは、ものすごいことをやるらしい。ホリーたちサウトチームもうかうかしてられないわよ!』って言うんだもの。」
「もうジェリーったら騒がせ屋なんだから。ホリー、あなたは知らないでしょうけどジェリーはあちこちでそう言って、チーム同士の駆け引きを見るのが好きなのよ。」
母さんは鷹揚に構えてそんなふうに言うけれど、ホリーは「花の宴」に参加するのが久しぶりなのでどうしても噂が気になってしまう。
5歳の娘のフェイスと3歳の息子のセナが、父親のリードと留守番を出来るぐらいの歳になったので、友達の魔女のガブリンから「そろそろチームに戻って来て。」と言われてしまった。ガブリンは今年初めてチームのまとめ役をやるので、相談役としてホリーに側にいて欲しかったようだ。
ところが久しぶりにサウトチームの舞いに参加してみたら、6年前とは勝手が違ってしまっていた。
舞いがいやに妖艶な感じなっている。
そういえば子育てで忙しくて、ここのところじっくりと競技舞いを見る機会もなかったかもしれない。
そう思ったホリーは他のチームの舞いのことが最近気になって仕方がないのだ。
4のつくサウトの日は、サウトチームが村の集会場を使って舞いの練習ができる日だ。
練習に参加するため、アルベル村への小川の小道をホリーは急ぎ足で歩いていた。そこに森の方から魔女のガブリンがやって来た。
「ホリー、今日は大丈夫だった?」
「ええ。セナもだいぶお父さんに慣れてきたみたい。リードも寝かしつけるのが上手くなったし。」
「3歳なんだからそろそろ父親との時間も必要よ。」
「そうね。でもガブリンは独身なのに子育てのことをよく知ってるわね。」
「伊達に何年も子ども相手の商売をしてないわよ。」
そう言ってガブリンは自慢げに笑った。魔女のガブリンはお菓子の家で毎日お菓子を作っている。それを市場で売るのがガブリンの仕事だ。
二人が村の集会所に着くと、サウトチームの人たちがハチの巣をつついたような騒ぎになっていた。
「ちょっと皆落ち着いてっ! だれが何の話をしているのかわからないじゃない。」
ガブリンの一声で、皆が一斉に口を噤む。
「それがね、ガブリン。布屋のジェリーに聞いたんだけど、ライトチームのニコラが今年はまとめ役を降りるらしいわ。」
・・・またジェリーさんか。でもお祭り女のニコラさんが役を降りるなんて寝耳に水の話だ。
「ニコラもホリーの母親と同じ歳だもの。そろそろ引退の時期なのかもね。」
「もうっ、ガブリンたら冷静ね。ライトチームのまとめ役が誰なのかわからないのよっ。今年はどう出てくるのかわからないじゃない。」
一人がそう言うと、また大勢の人が口々に騒ぎ始める。
「ちょっとちょっと、黙って。・・・みんな、聞いて!!」
ガブリンの声は効果抜群だ。あまりの大声に飛び上がった人もいる。
「今年はうちのチームも新しい試みをしてるでしょ。ライトチームや他のライバルたちもそれを風の噂で聞いて、対策を立てた結果がニコラの引退なのかもよ。」
「えっ? ということは、あの妖艶な舞いは今年からなの?!」
「そうよ、ホリー。知らなかったの?」
「知らないわよー。」
まったくガブリンったら、そういうことは早く教えてよ。
ガブリンの言葉で、気持ちが落ち着いてやる気になった皆は、その日も熱心に舞いを合わせた。皆が揃って動く迫力のある個所や一人一人の個性が生きる踊りなど、緩急をつけた構成だ。
これを全部考えたガブリンは本当にすごい。
村の祭り「花の宴」の当日は、近隣の他の村からの観光客も訪れて、メガン教会の前の広場は大勢の人でいっぱいだった。「花の宴」というだけあって、魔法で開花を早められた特性栽培の花々であちこちが飾られ、広場中が甘い匂いに満ちている。
ホリーたちサウトチームが紫のドレスに雷の光のような白銀の羽衣をまとって広場に現れた時には、広場中からどよめきの声が上がった。
この世界では見たことのないドレスのデザインだったのだ。
これは異世界に行ったことがあるホリーのアイデアだ。
ガブリンから妖艶な衣装をと頼まれて、以前、異世界で観たテレビの女優が着ていたドレスを基にしてホリーと母さんが一着試作を作った。するとこれはいいとチームの皆がすぐに採用してくれたものだ。
まずは舞いの前に観客にインパクトを与えられたようである。
そして音楽に誘われるように舞いが始まると、一瞬にして広場が静まり返った。
ホリーたちのたてるシュッシュッという衣擦れの音が、人々の間にこだまする。
曲が終わり、艶めかしいポーズで舞いが終わると、観客からドッと拍手や歓声が沸いた。いつまでも拍手が止まらないので、次のチームの舞いにすぐに入れなかったぐらいだ。
サウトチームの皆はニヤリと笑い合って、お互いの健闘をたたえ合った。
ライトチームは黄緑色の衣装で揃えた「春の妖精の舞い」だったが、ホリー達の舞いの後では平凡な感じがした。結局、ガブリンの率いたホリー達サウトチームが、
今年の春の「花の宴」のすべての話題をかっさらうことになった。
その後ライヘンの町から祭り見物に来ていた独り者の男性が、足繁くガブリンの店に通うようになったと人の噂で聞いた。ガブリンはホリーに何も言わなかったが、お菓子の味がますます甘くなったのは事実である。
ホリーは祭りの夜、リードに抱きしめられて一晩中放してもらえなかった。
「もう人前であの踊りを踊るなよ。」ときつく約束させられたのは内緒である。
「異世界の歩き方 ~サンダー・スーヴェニア・ライフ~」のスピンオフのお話になります。