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図書館の貴方と貸出票の君

作者:


「僕も藤沢周平好きなんです。ちょっと、話をしませんか?」


仕事帰り、閉館間際の図書館へ寄ってお気に入りの本を選んでいたら、声を掛けられた。

清潔感のある短めの髪に、はにかんだ笑顔を浮かべた男の人。

人の年齢を当てるのが苦手な私には、その人が何歳かわからないけど、オシャレな私服を着ているので学生なのかな?と見当をつける。

『たそがれ清兵衛』に伸ばした手をさりげなく引き、

「いやいや、私、そーゆーのは結構です」

と、そそくさと離れ、カウンターへ逃げる。


たまにいるんだよねー。

読んだ本の感想を語り合いたい。

議論したい。

いや、いいんだよ?そーゆーのが好きな人は勝手にやればいい。

でも、私は嫌だ。

恥ずかしい。


貸出カウンターで予約していた本を受けとると、つい笑顔になる。

「あ、これも今帰ってきたばかりです。」

と司書さんが、もう一冊出してくれる。

その本を見つめ、心がときめく。


今、帰ってきたってことは、前借りてた人がもしかしたらここにいるかもしれないってことだよね


さりげなく、周りを見回してみるけど、わからない。

さっき声を掛けてきた男の人と目が合い、慌てて出口へ向かう。

追いかけては来ないとは思うけど、さっさと駐車場へ行き車をだす。


予約してた本だけじゃなくて、もう数冊借りたかったけど仕方ない。

それに、この本が届いたし。


今日、私が返した『あの本』を『貸出票の君』は受け取っただろうか。


心に甘酸っぱいものが広がり、仕事の疲れも忘れてウキウキした気分で帰った。



***


仕事が忙しい。

いや、会社勤めで日付がかわるまで残業~とかの人よりは楽だと思う。

しかし、疲れた。

そんな時は、時代小説だ。

難しいこと考えずに読める。

ミステリーも好きだけど、疲れているときは遠慮したい。


「え~、時代小説なんて難しそうですけど」


後輩のミキちゃんは、この前芥川賞を受賞した作品を読んでいる。

いやいや、純文学のほうがよっぽど疲れる。

なんていうか、精神的に?


疲れているときは、ともかく人間関係がドロドロとか、精神の淵を覗きこむような話とか、やるせない話とかは嫌で、何度か読んで結末のわかってる話やハッピーエンドが読みたくなる。


でも、新しい本も読みたくなって、図書館の書架をフラフラみていたら、ライトノベルというコーナーができていた。


ライトなノベル?


軽く読める本なのかな、なんとなく面白そうなタイトルと漫画のような絵の本を借りてみた。


全然ライトなノベルじゃないじゃん!


なぜライトノベルというのかわからないけど、結構設定が作り込んであって、専門的な話も盛り込んであって、なかなか面白かった。

ちょっと専門的な話が難しすぎて一時的に眠くなってしまうこともあったけれど。

そして、結構ドロドロしてたけど。

面白かったので、「ミステリーは余裕のあるとき。ドロドロは疲れているときは遠慮したい」なんてこと言っていたのを忘れ、あっという間に読んでしまった。


何冊か借りて、気に入った2冊を読んでいる。

どっちも系統は違うけれども、何巻もでていて、人気があるらしく予約をしないと続きが借りられない。


ある日、科学系ファンタジーのほうを読んでいたら前借りた人の貸出票が入っていた。

貸出票っていうのは、図書館で借りた資料の名前と貸出期限が書かれたレシートで、貸出手続きをしたあと渡される。

なんとなく見たら驚いた。

私が借りている本が2冊、同じだったからだ。


今、読んでいる科学系ファンタジーを私の前に借りているのは、この貸出票の人。

そしてもう一冊、恋愛系ミステリーを私の後に借りている。


同じライトノベルという、くくりではあるけど、系統が違うので同じ本を前後して借りていることに、びっくりした。


同じ本の好みの誰か。


じゃあ、この人が読んでいるものだったら他の本も気に入るかも。と、貸出票に羅列してある本を手にとった。

結果、やはり面白かった。

中には映画化した本もあり、映画も見てみたら主題歌がお店で流れていて気になったけれど、タイトルがわからなかった曲で感激した。


すごい!すごい!

この人、私の好みど真ん中だ!


どんな人なのか夢想してみる。

割と男性向けの本のような気がするから、若いサラリーマンかな。と、思った時点で自分の恋愛的な意味での好みの男性を思い浮かべ赤面する。

いやいや、ライトノベルだし。高校生くらいの子かもしれない。

むしろ女性ってこともあるよね!

もしかしたら、いつも椅子でうたた寝しているおじいちゃんかもしれない。


現実で会う気は更々ないけれども、どんな人なんだろうと気になる。

自分だったら絶対に手を出さなかった自分好みの本を教えてくれた人。


私の存在を知って欲しい。

同じ本を借りている偶然を知って欲しい。

私が好きな本を知って欲しい。

そして読んで、面白いとおもってくれたらいいな。


恋愛系ミステリーの方に私の貸出票をそっと忍ばせる。

……いつも返却手続きのときに見つかって抜き取られてしまうんだけど。



***

「こんばんは。またお会いしましたね。

藤沢周平以外のオススメの本ってないですかね?」


先日、絡まれたせいで予約していた本しか借りれなかったせいで、あっという間に読み終わってしまい、また仕事帰りに閉館間際の図書館に行ったら、また会ってしまった。


「図書館のレファレンスサービスを利用してみたらいかがですか?」


そそくさと逃げる。

ここの図書館のレファレンスサービスは優秀だ。

資料の案内だけではなく、私が突然三国志って読んだことない。読んでみよう。と思い立ったけど、あまりにも三国志の本が多すぎて何を読んだらいいか、わからなかったとき、アドバイスをくれた。はい。北方謙三先生、サイコーです。


だから、聞けば何かしら紹介してくれるはず。


結局、今日も予約していた本しか借りれなかった。


それからも、「この本、面白いですよね」とか、「こーゆー本がお好きなんですか?」とか会うたびに話しかけられる。

そのたびに、他の本を探せず予約の本だけ借りる日々。

もう泣きたい。

もっと、書架をまわって本を選びたいのに。


「そんなナンパ男、無視して選べばいいじゃないですか」


ミキちゃんが呆れたように言う。

ナンパじゃないし。

「自分の読んでいる本を知られたくない…」


「えっ。そんないかがわしい本読んでるんですか?」

「いや、違うけど。って図書館にいかがわしい本ってあるの?」

「食いつくところ、そこじゃないです。

なんで、他の人に知られたくないんですか? 私にもあまり教えてくれないですよね」

「それは…」


きっかけは些細なことだったと思う。

行きつけの小さな古本屋。

そこで、毎日のよう外に出ている50円、100円均一本のワゴンを覗いて目ぼしい本を買って帰っていた。

ある日、レジに本を持っていくと、いつもはムッツリしている親父さんが本を見て「アンタがこの本選ぶとは思わなかったよ」と言った。

私は真っ赤になって狼狽えて何も言わずに店をでた。


あとになって、なんであんなに恥ずかしかったんだろうと思っていたけれど、友達に、こんなことあって恥ずかしかったーと話したら「わかる。わかるぞ!」と同意された。

「俺も、行きつけのレンタルビデオショップでエロDVDを借りてたんだけどな。この前突然店員に『お好きそうな新作、入荷しましたよ』って渡されたんだよ!」

「いまどき、レンタルって!」

「しかも、好みど真ん中!! どれだけ俺の性癖把握されてんのって!!」

「しかも借りてんのかーい!」

友達のツッコミを聞きながら、私は腑に落ちた。

なるほど。私も自分の内面を覗かれて恥ずかしかったんだ。

私の食べた物は身体をつくる。

私の読んだ本は思考や趣向をつくる。

本棚を見せてもらえば、その人となりがなんとなく見えてくる。


そう思ったら、どんな本を読んだかとか、好きな本とか言えなくなった。

まるで、自分の内面を裸にして見せているような気がして。



それ以来、本は必ずカバーをつける。

同じ店では続けて買わない。

電子書籍も手をだしてみたけれど、紙を捲る感覚がないと読んだ気がしないのでやめた。

活字中毒気味の私は読みたいだけ購入すると、すぐに財布が寂しくなってしまうし、なにより本の置き場所がなくなってしまうので今は図書館ユーザーだ。

あのカウンターにあるパソコンの中には私の履歴が入っていて、司書さんも私の借りている本とか把握しているのかもしれないけれど、たくさんいる利用者のうちの一人の情報なんて気にしていないはず。と念じて、利用している。


のに。


「僕は藤沢作品の中だったら、これが一番好きです。あなたは何が好きですか?」


今日も、はにかみながら話しかけてくる。

いい加減にして欲しい。

そんな(心の)裸の付き合いはしたくない。


「すみません。私、あまり詳しくないんです。

そーゆーのは、他の人かネットでお願いします。」


キッパリお断りする。


その男の人は困ったように笑って

「じゃあ、あなたのこと教えてください。

…あなたのことが気になるんです」

と言って、じっと私を見つめた。


なんですと?


私は固まったのち、じょじょに顔が熱くなってくるのを感じた。


「わ、私は、特に話すことなんて、ありませんっ」


私はあたふたと、予約していた本も受け取らずに図書館から逃げ出した。



***


私は全くモテないわけではないけれど、すごくモテるわけでもない。

突然の「気になる」発言に動揺してしまった。


いやいや、好きだと言われたわけじゃない。

年下の学生(推定)に好かれるなんて、ナイナイ。


落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせるが、ふとした時に思いだしてドキドキしてしまう。

そんなこと言われたって、困るよ。

私はあなたには興味ないんだから。

次会ったらもっときちんと言わなきゃ。なんて言う? 次会ったら何言われるんだろう。


図書館の予約していた本の取り置き期間一週間が、もうすぐ切れてしまうので、仕事帰りに図書館に寄る。


あの人、いないよね?


キョロキョロみまわしながら、図書館の中を徘徊する。

これじゃ、探しているみたいだ。と気付き、無表情でまっすぐ前だけを見て、書架の間を歩く。


いつもだったら声をかけられる。


でも、今日はいなかった。

これで、ゆっくり他の本を探せる。

久しぶりに「あ」の棚から順にじっくりタイトルを目で追う。

結局、閉館の音楽がなるまで探してしまった。

別に待っていたわけじゃない。

次、なにか言われたら「からかわないでください」って、冷静に言おうか、それとも、イイ女風にニコリと笑って「約束があるこら、おしゃべりしてる暇はないの、ごめんね」と言おうか。というか、あまりカッコいい断り方じゃないな。ふむ。どう言うべきか。なんてつらつら考えていただけで。

でも、会わないのか一番だよね!煩わしいだけだもんね!


心の中で誰とも知れず、言い訳して貸出カウンターへ行けば、予約していた本を渡される。


そういえば、私が次の本を早く返さなかったから『貸出票の君』にも迷惑かけちゃったな…。


続きモノは早く読みたいのが人情だ。

私で止めてしまったのに、申し訳なく感じる。


どんな人なんだろう。

気になる、人。

たまたま、同じタイミングで同じ本を読んでいたというだけで、なんだか特別に感じる。まるで運命みたいな。


そんな甘酸っぱい気持ちも、すぐに消えてしまった。


恋愛系ミステリーが完結してしまった。


結末はなんだか切なくて、でも幸せな未来が示唆されているような、きゅんきゅんするもので、私は大満足だったのだけど。


続刊がない。

ということは、『貸出票の君』との縁がひとつ切れてしまったことになる。

私から、『貸出票の君』に何かメッセージを送ることができなくなってしまったことになる。


メッセージって。

何を。

勝手に運命だ、なんて浮かれているだけで。

ロマンチックな妄想をしているだけで。

実際に何を伝えるのか。


でも。

このまま縁が切れてしまうのは嫌だ。

私のことを、同じ本の趣味を、偶然同じ本を交互に借りている縁を、あなたにも知って欲しい。



結局、私にできたのは私の貸出票を差し込むことだけだった。

そして、その貸出票は私の目の前で返却作業の中で抜かれて捨てられてしまった。



***


『貸出票の君』が先に借りている科学系ファンタジーはなかなか返却されなかった。

今まで、早いペースで返却されていたのに。

もしかしたら、予約の順番が変わってしまったのかもしれない。

今、私の前に借りている人は『貸出票の君』じゃないのかも。


そう思うと、とても悲しくなった。


知り合いでも、友達でもないのに。どんな人なのかも分からない。性別も年齢も分からない。

なのに、勝手に浮かれて、まるで恋をしている気分になってたようだ。


あれから、あの男にも会わない。

今なら、ちょっとは話してもいいのに。


半年前に予約していた好きな作家さんの新刊が届いたと聞いて、また仕事帰りに図書館に寄る。

ずっと読みたかった本なのに、届いたときいても、なんとなく心が重い。

とりあえず、今まで借りていた本を返却しようと返却カウンターへ向かうと、今日は閉館間際のせいか数人並んでいた。

新しい本を探す気にもなれず、今日は届いた本だけ借りて読もうとスーツ姿の男性の後ろに並びながら、返却手続きのバーコードを読み取るピッ、ピッという規則正しい音をなんとなく聞いている。


この本も、じきに連載が終わる。

そうしたら、完全に『貸出票の君』との縁は切れちゃうんだな。


相手から本を受けとるだけの一方通行。

もう、どうしようもない。

そう思ったら、無性に口惜しくなった。


自分が『貸出票の君』と、どうしたいのか分からない。

けれど、このまま終わってしまうのは、どうしても辛かった。


気付いたら、順番は私の前のスーツの男性になっていた。

ピッ、ピッ、ピッ、ピー

次に予約が入っている本を借りていたらしい。

司書さんが手際よく、その本をカウンターの貸出端末の横に置いておく。

あとで、予約本の本棚に持っていくんだろう。


なんとなしに眺め、自分の番になり返却本を 「お願いします」 と小さく呟きカウンターにのせる。

最初にピーと警告音が鳴る。


「予約していた本が届いてますね。このまま貸出手続きしますか?」

「はい。お願いします」

「じゃあ、まずはこの本の返却手続きしますね」


手慣れた手つきでバーコードを読み取り、パラパラと本をめくり挟まれているものがないか、汚れがないか確認していく。

そのまま、返却した本を返却カートに載せ、奥の部屋から予約していた本を持ってきてくれる。


「あ、この本も今戻ってきたばかりですけれど、借りていきます?」


先ほど、スーツ姿の男性が返却していた本を持ち上げ、タイトルを見せる。



それは、『貸出票の君』が借りていたはずの、科学系ファンタジーだった。



慌てて、後ろを振り向き先ほどのスーツを探すと、その人は少し離れたところで、じっと私を見ていた。



「借りていきます」

貸出手続きを終え、そのスーツ姿の男性の元へ向かう。


私服のときは、もっと若いと思った。

年下の学生かと思ってた。

でもスーツを着ている今の姿は私と同じくらいか、ちょっと年上に見える。


彼の前に立つと、彼はだまって二つ折りになった小さなレシートを黙って差し出した。

私は受け取り、中をみて目を丸くした。


「これ…」


見覚えのある本の羅列。

藤沢周平の用心棒シリーズ

科学系ファンタジー

恋愛系ミステリー

柳広司のパラダイス・ロスト

宮部みゆきのおまえさん


「俺が予約していた本を2冊、あなたも借りていたんです。

多分、俺の前と後で。

柳広司も宮部みゆきも、俺、好きで読んでたから同じ本の好みの人がいて嬉しかった。

藤沢周平だけ読んだことなかったから、あなたが好きならと思って読んでみたら、すごく面白かった。

時代小説なんて、あまり手にとることなかったから、びっくりした。

この貸出票の人が気になったんです。」


「偶然、あなたが本を返却しているところを見かけて、この貸出票の人があなたとわかって、もっと近付いてみたいって思いました。

そのせいで、しつこくしてご迷惑をおかけしました。

ごめんなさい。

もう…声をかけませんので、安心して本を借りてください。」


礼儀正しく頭を下げ、少し寂しそうに微笑んだ後、すぐに出口へ向かっていった。



私はその場でただ突っ立っていた。



真っ白になった頭で理解できたのは、これであの人との縁は切れたってこと。



「嫌だ」



突然沸き起こる気持ちが何かわからないまま、出口に向かって走る。


貸出票の君

図書館の貴方

どちらもこのまま縁を切りたくない。


スーツ姿の彼の背中を見つけたのは、図書館の門を出たところだった。


「待って! …すみません! 待ってください!」


振り向き、驚いた顔をしている彼の前に駆けていき、向かいあう。

言うべき言葉が見つからなくて、少しの間逡巡した後、慌ててカバンから『貸出票の君』の貸出票を取り出し、彼に差し出す。


「私も…ずっと気になっていました。

私、あなたの選ぶ本、好きです」


差し出された貸出票を見て、彼は息をのみ、そして笑った。


「僕も…好きです」



彼は、嬉しそうに笑った。





押して駄目なら引いてみな。に、バッチリはまっちゃう彼女…


彼が計算してやってたかは、ご想像にお任せします。

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