五
「テニス部で~す!」
「ちょっとちょっと、空手道部で身体を鍛えてみない!?」
「応援団、只今新入団員を大大大募集中!」
「漫研どうですか~? 初心者でもすぐ描けるようになりますよ~」
体育館と校舎を繋ぐ小道にいると、四方八方から活きの良い宣伝文句が飛んでくる。それぞれのユニフォームに着替えた上級生達は、一斉勧誘用のパンフレットを片手にうろつく新入生にビラや小冊子を配っていく。どこの部活も、周囲に負けない位の並々ならぬ気合が入っている様子だ。
全部活が一気に勧誘する春の大行事ということで、新入生はかなり居残っていた。本来なら自分も勧誘される立場であるが、今は完全に上級生の中に紛れている。
「ヨッ、浴衣が似合いそうなそこのキミ! 落語研究部はいかが!?」
部長も、気合入れている上級生の一人といえる。只今、ビラを配るという役目を放棄して、通りかかる新入生を片っ端から捕まえている状態だ。
「なあなあ、そこのキミ達! 落語研究部で高校デビューを迎えるのはどうだ?」
「ややっ、キミは落語家の素質あるぞ! 良い声してる! この落語研究部が、キミの人生を決める! どうだ、俺らと一緒に素敵な青春ライフを!」
声の掛け方が独特な上に、肝心となる活動内容は殆ど説明していない。もはや、「ナンパ」と呼ばれてもおかしくない。夜の繁華街のキャッチセールスと殆ど変わっていないような気がする。
「そして、今俺の横で配っているのは、落研の期待の新人! そう、落研の看板アイドルの杏姫だ! 落研に入れば、今なら無料で握手しほうだ――」
「部長!」
意味不明なことを言い出す部長に、とうとう菜花による拳骨の制裁が下された。背後からの不意打ち攻撃なので、部長はかわす間もなく、まともに食らってしまった。
「いってえ、何すんだよ!」
抗議する部長の頭には、血のごとく真っ赤に膨れ上がった痛々しいたんこぶ。これを見る限り、菜花の拳骨攻撃はハリセンで叩いた時と大して変わらない威力という予測がつく。
「それはこっちの台詞よ! 新入生をナンパすんな! ビラを配れ! 活動内容を最初に言え! 杏ちゃんを勧誘ネタにすんなぁっ!」
「ナンパじゃねえよ! 一人一人に合った声掛けしねえと、誰も入ってこねえぞ!」
「新入生の子達、ドン引いていたの気づかなかったわけ!?」
「ちょっ、ちょっと待ってよ」
再び火花を散らしている二人の間に入って、仲裁を試みる。小さい頃から菫君と菜花との喧嘩を止めているので、反射的に自分から争いの場に飛び込んでしまったのだ。
「宣伝部長、新入生全体に行き渡るような勧誘を宜しく頼みますよ」
「へいへい」
一応、何とか事は丸く収まった。所要時間は約一分近くであり、今まで見てきた喧嘩の中で最も短いものだと思う。ところ構わずに無我夢中で言い合うタイプの二人も、今いるのが公衆の面前ということをすぐに思い出したらしく、身を引くのが早かった。
「落語研究部では落語や歌舞伎などの古典芸能を研究してま~す! 落語をよく知らないという方も大歓迎! 落語に興味を持つ方、いらっしゃい!」
「落研は、いつでもまったり活動! お菓子は毎週持ってくるのが絶対条件! 持ち寄ったお菓子を食いながら、落語を研究する部活だ!」
「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! 気になったら、是非とも部室棟三階の部室までおいでませぇっ!」
「見学・体験入部はいつでもオーケーだ!」
あちらこちらから飛び交う声に混ざって、部長と菜花が溌剌した声で落研の宣伝文句を言う。運動系の部活の上級生達に負けない位の、金管楽器を思わせるようなハキハキとした口調で。二人とも、運動部の部員だと勘違いされてもおかしくない位に元気だ。
それに引き換え私は、部長や菜花の声に合わせて、ビラを新入生の前に差し出すことしか行っていない。しかも、宣伝文句一つも言えず、口から飛び出てくる言葉は、蚊の鳴くような声での「宜しくお願いします」のみ。
おまけに、今は、完全に看板アイドルだと祭り上げられている。果たして、こんな貧相な顔している自分の何処にアイドル要素があるのだろうか。
(看板アイドルは、この子みたいに可愛い子がやるべきだよぅ)
今にも通りかかろうとしている美少女の姿を視界に捉えながら、密かに溜息をつく。
透き通りそうな色白の肌に、真っ直ぐ伸びた黒髪。バンビのごとく細い脚。そして、天使が微笑んでいるかのような、愛くるしい顔つき。そして、パッチリ開いた大きな瞳。――まるで少女漫画の世界から飛び出してきたかのような美少女だった。
その美少女は、パンフレットを片手に、一人で小道をうろつく。
「あいつ、うちに欲しいぞ……!」
その時、部長の目の色が変わった。それは、本能的に逃げだしたくなるような、次の獲物の狙いを明確に定めた獣のような目つきだといえる。
「ヘェイ、かのじょ――」
「おいコラ」
獣と化した部長は美少女目がけて走り出そうとしたが、狩猟者の菜花がその襟首をむんずと捕らえたことで、ナンパは未遂となった。美少女は、コントのようなやり取りに気づかず、お嬢様のようなお淑やかな足取りのまま体育館の方角へ消えて行く。
『油断しちゃ駄目。人っていうのは、何考えているのか分からないからね。ましてや、相手は異性だから、もっと気を付けること』
少し前に菜花に注意されたことが、とても身に染みる。残念そうに口を尖らせる部長を見て、リコーダーの件が収束して本当に良かったと感じている。事が起こったら、大騒ぎどころじゃ済まないだろう。
「あ、あの――」
美少女が立ち去った直後、入れ違いで一人の女の子がおずおずと話しかけてきた。
(うわっ)
改めて少女の姿を見て、言葉を失った。
頭頂に丸いお団子を作り、蝶々を象った髪留め。西洋人形のような、整った顔立ち。ワイシャツの襟元に、綺麗に結ばれた赤いリボンとやや短めのスカート。そこから飛び出ている真っ白な細い脚を覆うのは、黒のニーハイソックス。――こちらも、アイドルの世界から飛び出たような美少女だった。
そして、一際目立つのは胸の膨らみ。下手すればブレザーの上着がはち切れそうな位に、二つの山は大きくせり出している。同性の私ですら、思わずジッと見てしまう位に。
「おぉっ、どうした!?」
二度目の可愛い少女登場に、再び獲物を狙うような瞳をし出す部長。興奮のあまりか、友達に話しかけるような砕けた口調が飛び出ている。
「落研って、どのような活動をなさっているのでしょう?」
可愛らしい顔つきとは対照的の、大人の女性らしい上品な声で質問してくる。大きな瞳を星のごとくキラキラ輝かせているから、落研に興味を持っていることは一目瞭然だ。
「落研は、毎週火曜日に、部室棟校舎の部室で部員達と交流を深めながら、ちまちまと落語研究を進めているんですよ~! たまに、視聴覚室を借りて、落語のDVD鑑賞会を開催したり――」
率先して、菜花が活動内容を説明し出す。部長の歯止め役だった菜花も嬉しいようで、いつもより二段階位に高い声を上げている。まるで電話と普段と違う母の声のようだ。
「そうですか。あの、兼部は可能でしょうか?」
「勿論! 新入部員の一人も、兼部しているよ!」
「えっ、もう新入部員が?」
「うん!」
菜花と少女の会話が楽し気に弾む。明るくて話し上手の菜花のお陰で、少女は緊張が解けたような朗らかな笑顔を浮かべている。流石、女の子の友達がかなり多い菜花だ。これには男子の部長もなかなか入れず、やや恨めしそうな目線を向けている。
「おい、なずな! こんなところで何やってんだよ!」
そこに、黒髪のポニーテールをした少女がツカツカと飛んできて、少女の腕を掴んだ。付き合いの深い友人だろう。
「な、なつめ。あの――」
「空手道部の演武を一番前で見る約束だろ!? こんなところで油売ってないで、さっさと行くぞ!」
「な、何も一番前じゃなくても……」
一瞬の出来事だった。気の弱そうなその少女は、男勝りの友人らしき女の子にズルズル引き摺られるようにして武道館のある方向へ消えて行った。肝心のビラを渡せないまま。
「うひゃ~、あいつ何カップだろ――」
「部長!」
やはり、部長もしっかりそこに注目していたようだ。今にもとろけそうな瞳をしている部長に、菜花の拳骨攻撃が容赦なく飛んでくる。本日二度目の公開制裁だ。
そして、一斉勧誘を楽しんでいる新入生を心から羨ましく思った。本当は自分も新入生の立場だが、今は上級生の皮を被っている状態だ。まだ正式に入部していない部活の勧誘を行っているなんて、自分でも信じられない。
「杏姫は着ぐるみポジションだから、気負わなくてもいいぞ!」
「宣伝は私と部長が引き受けるから、大丈夫。ただビラ渡すだけでいいんだから」
部長や菜花はそうフォローしてくれるけれど、油汚れのごとくこびりついた不安はぬぐわれることはない。おまけに着ぐるみポジションというのは初耳で、新たなプレッシャーが肩に圧し掛かってくる。とにかく早く終わることを祈りながら行うしかない。
「――あんちゃん?」
最初の新入生の波を乗り越えた頃、真っ直ぐの長い髪をポニーテールにした女の子が近づいてくる。それが、黄菜ちゃんだと分かったのはすぐのことだ。
「わっ、ピンクの浴衣似合ってる……じゃない、何でここに!?」
同じ新入生のはずの友達が上級生側に立っていることに対し、当然黄菜ちゃんは驚いている。正直、私も同じだ。入る部活がとっくに決まっている黄菜ちゃんが、クラスメートの多い一斉勧誘に参加するとは思っていなかった。
「おぉっ、キナコ! 昨日も会ったなぁ! よっしゃ再々会の記念に、落研の――」
「結構です。もう入る部活決まりましたので」
部長が差し出したビラをピシャリと振り払い、鳥のごとく鋭い目つきで睨みつける黄菜ちゃん。たとえ先輩相手だろうと容赦しないような、強気な態度だ。そして、何故私が上級生側に立っているのか、何も言っていないのに分かってしまったらしい。
「いつも二つ結びのあんちゃんが髪を下ろしていたのって、そういうことだったのね。一言相談してくれたっていいのに」
「……ごめん」
「もっと自分の話してもいいんだよ」
少し口を尖らせながら言う黄菜ちゃんに対し、ただ謝ることしか出来ない。
今日一斉勧誘に参加することは、昨日晴れて友達となった黄菜ちゃんにも告げていなかった。暫くの間友達と過ごした経験が乏しかったからか、頼り方をすっかり忘れた状態に近い。
今の私は、自分の話を自分からしておらず、黄菜ちゃんの話に耳を傾けて相槌を打つだけだった。約二年ぶりに出来た友達を前に、全身が石化したかのごとく緊張してしまう自分がとても情けない。だけど、中学時代のあのトラウマが邪魔をして、なかなか自分から話しかけられないのだ。
「黄菜子ちゃん、これからどこの部活行くの~?」
菜花の質問に対し、黄菜ちゃんはパッと目を輝かせながら答える。
「料理部です! 今日の体験入部がちょっと気になりますので!」
「おぉっ、やっぱり!」
「いけない、もうすぐ時間が来ちゃう。それでは。あんちゃん、気をしっかり持つんだよ!」
腕時計を確認するなり、新入生の人波を掻き分けながら、足早に校舎のほうへ去っていく黄菜ちゃん。部長のことは、別れの時までもはや眼中にすら入れていなかった。
「何か俺、キナコに嫌われてねえか?」
ポカンとした顔で、そう尋ねてくる部長。あれだけ敵意を向けられているというのに、その張本人は右から左へ受け流しているのか、いつものままだ。素晴らしい位のポジティブシンキングからなのか、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」のことわざ通りなのか、分からない。
「さあ……?」
黄菜ちゃんの口からは批判話しか聞いたことがないという事実を、部長本人に言えるわけがない。言葉を濁すというのは正しいやり方ではない気がするが、今はそうせざるを得ない状況だ。後々起こるだろう面倒事は、一斉勧誘が終わってから考えることにする。
「なあ、ナッパ――」
「もしもし? 南雲君?」
部長が菜花のほうへ同じ疑問を投げかけようとしたが、菜花は「ちょっと静かに」と制しながら、真剣な表情で携帯を片耳に当てている。菜花が電話しているということは、私も気づかなかった。
携帯から漏れ出る声から、電話の相手はブース担当の南雲君のようだ。
「えっ、今すぐ? 何が? ごめん、今人が多くてよく聞こえないから、ちょっと場所移動するね。三十秒だけ待ってて」
そう呟きながら、菜花は持っていたビラを部長に渡し、そのまま小道を飛び出した。
「おい、ナッパ! 何があったんだよ!」
部長が呼び掛けるのも虚しく、菜花は人混みを掻き分けて、離れてしまった。
「まあ電話の内容は後で聞くとして。杏姫、ビラを配るぞ!」
「はい……」
まだまだ終わりは遠いようだ。新入生の波が収まったかと思えば、再び新入生達がドッと押し寄せてくる。それによって、次第に賑やかになってゆく他の上級生達の勧誘。
履き慣れない下駄と足袋によって、足の指の痛みはどんどん増していく。痛みは鼻緒が当たる足の親指と人差し指に集中しており、絆創膏が欲しい位だ。着慣れない浴衣により、いつも以上の疲労感を感じている。そろそろ、お腹辺りを締め付けてくる帯から解放されたい。
「さあさあ、皆さん! お茶を飲みながら、まったり落語研究してみては!?」
しかし、部長は疲れた表情一つも見せずに、声を張り上げている。
部長が必死なのに私がへたばっているわけにはいかないと、自分に言い聞かせながら、通りかかる新入生一人ひとりにビラを差し出していく。菜花が側にいない不安に耐えながら、必死に。
そして、とうとう事件が起こってしまった――。




