二人の魔女
執筆中の小説「月の悪魔と嫁捜索の旅路にて」の世界で言い伝えられる古い物語です。
人気のない深い森に二人の魔女が住んでいました。
姉の名をレイラ、妹の名をセイラと言いました。
姉妹の魔女はそれぞれ悩みを持っていました。
姉のレイラは妹よりも背が低く、まるで子供のように見えることに悩み、妹のセイラは姉のように整った顔だちをしておらず、いつも劣っていると悩んでいました。
二人の魔女は、他人が考えていることがわかります。
悩みを隠したい姉妹は、互い考えていることがわからないように心が見えない魔法をかけていました。
ある日、姉妹の魔女が住まう深い森に、大きな傷を負った若い猟師が訪れました。
姉妹の魔女は男の傷がふさがるまで、家に泊めることにしました。
次の朝、姉のレイラはいつものように森で歌っていました。
戻ってきた姉のレイラに男はほほえんでいました。気になったレイラは男の心を見ました。
「妹さんの歌声はきっとこの国で一番だろう。小柄で美しく麗しい歌声で虜にならない男は居ない」
姉のレイラは妹と間違えられたことに腹をたてました。しかし、自分自身で気づかない魅力に気づいてくれた男に興味を持ちました。
その夜、妹のセイラはいつものように庭で踊っていました。
家の窓から庭を眺めていた男はほほえんでいました。気になったセイラは男の心を見ました。
「姉さんの踊りもきっとこの国で一番だろう。長い手足の魅惑的な舞踊に魅せられない男はいない」
妹のセイラは姉と間違えられたことに悲しくなりました。しかし、自身が悩みに対して魅力的に思ってくれる男に淡い恋心を持ちました。
男は無口でした。きっと姉妹のことを口に出して褒めてしまってはいつしか悲しい争いを招くだろうと。
しかし二人の魔女は男と顔を合わせるたびに心を読み、心を読むたびに、笑みを隠さずには居られず、ある日は顔を赤くせずにはいられませんでした。
何度か日が過ぎた頃、男の傷はふさがり、男は帰ることを心に決めました。
そして男が二人の魔女の森を去る時、最後にお礼を言う男の心を読んでしまったのです。
「この二人の姉妹が、もし一人の女だったら迷うことなどなかったのに」
男が帰ったあと、二人の魔女は考えました。
「妹の長い手足と美しい身のこなしさえなければ」
「姉の整った顔と麗しい声さえなければ」
その日から、朝食を作る姉の食事には手足が短くなり体が固くなる魔法が、夕食を作る妹の食事には声がしわがれて顔が老いる魔法がかけられていました。
また、二人の魔女は男が過ぎ去ってから言いようのない寂しさを感じていました。
寂しさを紛らわすためにそれぞれ使い魔を作りました。
姉の使い魔の名をマハ。大鷲をかたどった使い魔は、自由に飛んであの人に会いに行きたいという思いが込められていました。
妹の使い魔の名をテラ。狼をかたどった使い魔は、あの人がずっと傍に居てほしいという込められていました。
季節が何度もめぐった頃、男はいつしかの礼を言うために二人の魔女の元へ戻ってきました。
二人の魔女に再会した男は目と耳を疑いました。
小柄で美しかった姉のレイラは声がしわがれて顔は老婆のように、長い手足だった妹のセイラは見る影もなく腰は深く曲がってまるで老人のようになっていました。
姉妹の魔女は互いに魔法をかけた食事を作っていることに気付いていました。
しかし、それを言ってしまっては自身も食事に魔法をかけていることを認めてしまうことになるため、言いだせずに続けてしまいました。
その結果、姉妹の魔女は見るも無残な姿になってしまいました。
男は決意します。この姉妹をなんとか元に戻してあげたいと。男も姉妹に恋心を抱いていたのです。
お礼を言い、男が狩った猪を姉妹に渡すと、何も告げずに男は旅立ちました。
老婆のようになってしまった姉妹のために一人旅立った男の姿は、姉妹の魔女の心を強く打ちました。
姉妹の魔女はそれぞれの使い魔に「男を助けよ」と命じました。強い愛情をこめられていました。
その時からマハはフェニックスのように美しく大きな翼となり、テラはフェンリルのように強くしなやかな脚へ進化しました。
男は魔法を解く方法を求め、大地の果てにある村にたどり着きました。
村に住む年老いた魔法使いは、女を救うために大地の果てまで旅をした男に驚き、敬意を表しました。
そして魔法を解く薬の作り方とその材料を男に教えました。
薬の材料集めは、男の想像を絶する困難な旅路となりました。
茨の女王の二枚舌、サハギンの目の鱗、ワイバーンの喉元、ケット・シーの額。
そして危険が迫る時は必ずフェニックスのような美しい鷲と、フェンリルのような巨大な狼が男を助けました。
男の命が助かるたびに愛を感じ、涙が頬を伝いました。これはきっと姉妹の魔女の使い魔だろう、と。それ以外に考えられなかったのです。
姉妹の魔女にいとおしさを抱きました。また、深く悩みました。
一体自分は姉妹のどちらを愛しているのだろうと。
男は材料を全て揃え、大地の果てへ再び赴きます。
年老いた魔法使いは快く受け入れてくれました。
年老いた魔法使いは薬を作りながら興味本位で男へ尋ねます。
「お主はどちらを選ぶかのう」
「それは…わかりません」
男は答えられませんでした。それは長い旅路で何度も自身へ問いても答えが出なかった問いでした。
穏やかに微笑む年老いた魔法使いと共に三日三晩釜を回し続け、男は魔法を解く薬を手に入れました。
「この礼を言葉にはできません。何かお礼をさせて頂けないでしょうか」
年老いた魔法使いはいつものように微笑んでいました。
「老体に望みなど在らぬ。ただお主の答えをいつか聞かせて欲しいのだ。若人の恋の物語の結末ぐらいしか今は興味はないのだ」
男は長く苦しかった旅路の終わりと、年老いた魔法使いへの感謝の想いで、ついに声をあげて泣いてしまいました。
それから男は、大地の果てから姉妹の魔女の森へ駆けました。
しかし男の足は長い旅路の果てに動かなくなっていました。
薬を持ったまま、男は絶望しました。これまでの旅路が全て無駄になってしまうと。
男が諦めかけた頃に、大狼と大鷲が男のそばに現れました。
大狼は男を背に乗せて力の限り走り、山賊の群れでも怯まず駆け抜けました。
大鷲は男を脚で掴んで飛び続け、自身の三倍ほどの大きさの翼竜が襲ってきても、恐れずに飛び続けました。
大狼と大鷲は日ごとに交代で男を運び続けました。
そしてついに男は、姉妹の魔女の元へ帰ることができました。
まるでぼろきれのようになった男の姿を見た姉妹の魔女は、口を手で覆い目からいくつもの涙をこぼしました。
男は言いました。
「これは魔法を解く薬で、お二人のために私が作りました。飲んでいただきたいのですが条件があります」
「姉妹でいがみ合うことなく、平等に分け合って欲しい」
最後まで男は姉妹のことを考えていました。
その下心のない真っすぐな想いに姉妹は強く恥じ入りました。なんと愚かしい争いをしていたのだろうと。
男の願いは届き聞き入れられ、姉妹の姿は元通りになりました。
男は二人の姉妹の姿を見た時、答えを得ることができました。
「私には選ぶことはできない。二人とも愛している。二人とも私の妻になって欲しい」
姉妹の魔女もわかっていました。このような器の大きい男は他に居ないことを。
そうして男は美女を二人とも妻にしました。三人は末永く幸せに暮らし、足が動かない男の代わりに、その子供が年老いた魔法使いにこの物語の結末を伝えました。
おしまい。
おしまい。
世界観設定の資料ばかりたまって本文が一切進まない…。