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僕の物語  作者: 癸識
9/9

第8話

 翌日、六月十二日(土)

 天気はお出かけ日和の晴天……とは、いかずに曇り空。まぁ、雨が降っていないだけマシだと思う事にする。

 僕は昨日のお願いを果たすべく駅前の大きな時計の前で佇んでいる。時刻は十時十分前。ひかりとの待ち合わせ時間が十時なのでその十分前に着いたのだ。

 駅前という事で待ち合わせをしやすいのだろう、先程から僕と同じようにこの時計の周りに立っている人は多い。

 スマホをいじる人、手鏡で前髪を直す人、時計を見遣る人、携帯ゲーム機を操作する人、と様々である。

 何気なくそんな人達を眺めていると、スマホが振動と共に鳴り響く。この音はラインの通知である。

 スマホを確認すると、ひかりからメッセージが届いていた。


『ごめんなさい! 少し遅れます!』


 開くと、そんなメッセージと共に、ウサギが泣きながら謝っているスタンプ。僕はそれに対して、


『了解』


 と、短く送り返す。

 すると、間髪入れずに、今度は杏からメッセージが届いた。


『帰ったら半殺しね』


 何て言う物騒なメッセージと共に、満面の笑みの熊のスタンプ。


 ……何で、僕の状況が分かったのだろう。どこかで見ているのだろうか?


 そう思って、辺りを見回してみるけれど、杏の姿は確認出来ない。そもそも、どこかで僕を見ていたとしても、流石にラインの画面までは見えないだろう……いくら杏でも見えないよね?

 ともあれ、そういう事であれば、ひかりは杏にもラインを送ったのだろう。

 何故、杏にも送ったのかは不明だが、杏が僕とのデートを冷やかす為にひかりにラインを送っていて、そのやり取りの中で知ったのかもしれない。

 デート。

 杏は僕とひかりが本日買い物に出掛けると聞いて、そう呼称して騒いだ。

 確かに辞書には、男女が日時を定めて会う事。と書かれている。

 が、例文には『彼女と――』やら『恋人と――』等が書かれている。

 つまり、この場合、デートと呼称出来るのは彼女や恋人である必要があり、クラスメイトと休日に買い物に出掛けるのはデートに含まれないのでないか?

 何て事を杏に言ったら、


『あ~しがデートって言ったら、デートなの! 分かった?』


 何て言う理不尽な言葉と共に殴られた。

 さて、そんな下らない回想を終えると時刻は約束の十時になった。ひかりからは遅れると連絡があったので、当然のようにひかりはまだ着ていない。

 周りでは一人、二人と、待ち人が現れ、時計の前を去っていく。

 そんな人達を横目で眺めながら、僕はさほど喉は乾いていないが暇つぶしがてら、近くの自販機で水を購入して二口だけ飲むと、キャップをしっかりと閉めてから元の場所へと歩き始めた。


 ……しまった。今日は鞄を持ってきていない。つまり飲みかけのペットボトルを入れておく場所が無い。かと言って、この後、買い物の為に入店した時に、店内で飲みかけのペットボトルを片手にうろつくのは何となく気まずいし、格好もつかない。買った品物を片手が飲みかけのペットボトルで塞がっているからと、ひかりに持たせるのも気が引ける……いや、僕が買い物をする訳じゃ無いのだけれど、そこはほら、男の甲斐性みたいな所があるし、きっとひかりも僕に荷物持ちを期待しているだろうし……仕方がない、ひかりが来たらその場で飲み干してしまおう……こんな事なら直ぐに飲み干せる缶コーヒーとかにしておけば良かった。


 等とその道中で今更ながら手ぶらだった事を軽く後悔をした。

 そして、五分が経った。

 まだひかりは現れない、あれからラインも無い。だが、五分ならまだ少しの範囲である。

 十分が経った。

 まだひかりは現れない。時間に几帳面の日本人からすれば、もしかしたらそろそろ少しという定義に収まらないかもしれないが僕個人の定義としてはまだ少しの範疇である。

 十五分が経った。

 ファーストフード店、電車ならそろそろ怒り出すお客もいるかもしれないが、僕的にはまだ少しの範疇である。

 二十分が経った。

 流石の僕もこれは少しの遅刻ではなく、普通の遅刻だなと認識するレベルである。

 もっとも、そこまで腹を立てる必要もないだろう。ひかりは前もって遅れると伝えているのだし、あれからラインも無いと言う事はこちらに大急ぎで向かっているのだろう。

 三十分が経った。

 ……流石に遅い。ラインも無いし、もしかしたら何かトラブルに遭っているのかもしれない。


「――ご、ごめん。遅れてっ」


 と電話もメールもラインの通知もされないスマホを眺めながら不安が鎌首を持ち上げた所で、ようやくひかりの声が僕の耳朶に響いた。


「気にしなくて良いよ。遅れるって聞いていたからね」


 スマホから目を上げた僕が目にしたのは息を切らしているひかりの姿。ここまで走ってきたのか、上気した頬で忙しなく乱れた髪の毛を整えている。


「ご、ごめんね。もう少し早く着けると思ったんだけど……」


 言って、深呼吸を二度、三度と繰り返すひかり。


「本当に気にしなくて良いよ。水飲む?」


 僕は苦笑を浮かべると、これ幸いとばかりに僕の左手を独占していた、飲みかけの水をひかりに差し出す。


「あ、うん、ありがとう」


 ひかりは僕の思惑なんて知りもせず、素直にペットボトルを受け取り、


「あれ? もう開いてる?」


 キャップを回した所で気が付き、小さく首を傾げて僕を見る。


「ああ、ごめん。実はさっき、少しだけ僕が口付けちゃった。嫌だった?」


 冷静になって考えてみれば、他人から飲みかけのペットボトルを渡されて気分の良い人もいないだろう。杏があまりにも僕に飲みかけや食べかけを押し付けてくるので一瞬可笑しいと気が付かなかった。


「翔和の飲みかけ……」


 僕の話を聞いて、じっとペットボトルを見つめるひかり。それから、かなり喉が渇いているのか、ごくりと唾を飲み込むが、流石に他人の飲みかけは嫌なのか、口は付けないでいる。


「ごめん。新しく買ってくるよ」


 そんなひかりを見て、何だか酷く悪い事をしてしまった気になった僕はそう提案して、ひかりが手にしたペットボトルに手を伸ばす。


「だ、大丈夫だよ」


 すると、僕の伸ばした手からペットボトルを守るように慌ててキャップをすると、僕から遠ざけるひかり。


「でも、流石に悪いよ……さっきは気付かなかったけど」


 行き場がなくなった手を下ろしながらひかりに言う。


「大丈夫、大丈夫。私そういうの気にしないタイプだから、もう、全然、これっぽっちも」


 はははっと笑いながらそう言って何故かペットボトルをハンドバックの中に押し込むひかり。


「えっと、後で捨てるなら今、僕が飲み干しちゃうけど?」


 恐らく僕に気を遣って後でこっそりと捨てようとしているであろうひかりに僕はそう提案する。


「捨てない、捨てない。今はちょっと、あんまり喉が渇いていないだけ――そ、そんな事より! 何か言う事無い?」


 やや強引にそう言い切ったひかりは、その場でくるりと回って見せる。水色のワンピースがふわりと風を孕む。


「うん、良く似合っていると思うよ。可愛い」


 曇り空の下でも鮮やかな水色のワンピース、その上に羽織ったカーディガン、手には可愛らしいハンドバック、足元には真新しそうな靴。それを自慢するようにくるりと回って見せるひかり。流石にひかりが何を求めているのかは火を見るより明らかである。


「あ、ありがとう。えへへ、な、何か照れるね」


 言って、はにかむひかり。


「いや、本当に似合っているよ。お世辞抜きで可愛いと思うよ」


 ……だって、物凄く怖い顔で通行人の男の人達に睨まれているもの。


 僕とひかりの関係を知らない人達からすれば、きっと僕とひかりは恋人同士に見えるのだろう。ひかりは気付いていないようだけれど、遠くで、近くでかなりの数の男の視線が僕を射殺さんとばかりに放たれている。


「も~そんな褒めても何も出ないよ~」


 言って、頬を染めて、ぱたぱたと手で顔を扇ぐひかり。


「そうだ。今日は何を買うの?」


 そろそろ周りの視線に耐えられそうになく、僕は遠回しに移動を試みる。このままでは僕のせいで新しい怪異が生まれてしまうかもしれない。


「あっ、うん。色々あるけど、そうだね、まずは行こうか」


 言って、すっとごく自然に僕の手を取ってスタスタと歩き出すひかり。

 怨嗟の声が聞こえた気がしたのはきっと気のせいではないだろう。

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