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僕の物語  作者: 癸識
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第6話

 六月十日、木曜日。

 昨日まで降り続いていた雨が止み、梅雨の晴れ間が広がった青空。そんな心地よい天気の良い日に、まるで休んでいた間の学校生活を取り戻そうとするように、右隣のひかりはせわしなく動き回り、休み時間の度にその姿を消していた。

 楽しそうに、嬉しそうに、不満そうに、時折むくれてみせる、ころころとその表情を変えて友達と接するひかりは実に青春をしていて、それ程交友関係が広くない僕としてみれば、直視出来ない位に眩しい存在である。

 何があるという訳では無いのだが、何となく、無意識に、何気なく、そんなひかりを眺めていると、時折目が合い、その度に小さく手を振って笑ってくれる。

 そんなひかりに同じように手を振り返すと、一部の男子から嫉妬の目で睨まれる。つい、この間までひかりの事を何とも思っていなかった癖に現金なものである。

 そんな僕とひかりのやり取りを見るたびに、杏がひかりを冷やかしているのか、その度に頬を染めて手を左右に振るひかりをその日だけで何度も見た。

 さて、そんなこんなで特別な事は何事も無く、その日も終わりを告げ、放課後。僕は昨日訪れた神社に再び足を運んでいた。

 理由は昨日の声のようなものが気になったからである。通学路の途中にあるのでちょっと足を延ばすだけなので、それ程手間と言う訳でも無い。まぁ、九分九厘気のせいであろうけれど。

 と言う訳で、靴を脱ぎ、本日はお日柄も良くと、何処かで僕を見ているかもしれないこの神社の神様に愛嬌をふりまきながら、格子戸の中を覗き見る。

 もう夕方と言ってもいい時刻であるが、大分日が延びてきたので格子戸の中を覗くには差し支えない。

 こっそりと、まるで泥棒のように、格子の隙間から中を覗くと、そこは埃が積もり、そこかしこに空き缶やらゴミ袋、葉っぱや折れた木々が散乱しているだけで、他に目ぼしい物は何も無い。ぼろいぼろいとは思っていたけれど、こんな所に住むのは神様じゃなくて、ネズミや野良猫位のものであろう。この様子だとこの神社を管理している人はもう誰もいないのかもしれない。

 そんな事を考えていると、一角のゴミがカサカサと激しく動き出し、すわ心霊現象かと身構えると、そこから三毛猫が脱兎の如く飛び出した。

 一体どこから入ったのだろうと、疑問に思い、その三毛猫を目で追うと、どうやら壁に穴が開いているらしく、いそいそと、壁の下に顔を突っ込み、尻尾をぴんっと立てながら潜り込む。が、胴体の半分ほど見えなくなった所でその進みがピタリと止み、もぞもぞとお尻を動かし、まるで僕に助けてくれと言わんばかりに「にゃ~」と、か弱く鳴いた。

 そんな三毛猫を見て、僕はやれやれとため息を吐くと、途中で引っかかってしまったらしい三毛猫を救うべく、そちら側へと歩き出す。

 壁に嵌ってしまったらしいドジな三毛猫を救出するべく、拝殿をぐるりと回り込む。すると、三毛猫は未だに嵌ったまま、それでも抜け出す努力だけは怠らずに、体をくねくねと左右にくねらせていた。


「君、少し太りすぎなんじゃない?」


 行進でもしているかのように綺麗に揃えた前足を、一、二、一、二と、踏みしだいている三毛猫に向かって僕は苦笑と共に告げる。

 そんな言葉が不本意だったのか、「にゃ~」と不満そうに鳴いてみせる三毛猫。それから、まるで早く助けろと言わんばかりにまん丸にした瞳で僕をじっと見つめる。


「はいはい」


 そんな三毛猫に僕は歩み寄る。飼い猫なのか、はたまた誰かから餌でも貰っているのか、三毛猫は思いのほか人間慣れしている様子で、僕が近づいても慌てる素振りを見せない。これなら、慌てて逃げ出そうとして穴に嵌る必要も無かったのでは無いだろうか? まぁ、飼い猫でもお世話になっている家人に対して逃げることがあるので、とりあえず逃げるという反応は猫の本能のようなものなのかもしれない。

 何はともあれ、僕は穴に嵌ったままの三毛猫の前足二本をむんずと掴み、そのままそっと引きずり出す。この方法でビクともしなかったらどうしようかと思ったけれど、すんなりと三毛猫は万歳をするような形で僕に引きずり出された。

 穴から抜け出した三毛猫は、これでお前は用済みだと言わんばかりにその柔らかい体を駆使して僕の手から逃れると、一目散に林の中へと消えていった。


「まったく、お礼の一言位にあっても良いのにね」


 振り返りすらしなかった三毛猫を見て、僕はそんな下らない呟きを漏らして苦笑する。


「全く、出られないのに一体どうやって入ったのやら……ん?」


 僕は何気なく先程まで三毛猫が嵌っていた穴を見つめて、気が付く――壁に穴など開いていないのだ。


「あれ?」


 僕は腰を下ろして先ほどまで三毛猫が嵌っていた付近を注意深く観察する。けれど、やっぱり穴は開いていない。もしかしたら違う場所を観察しているのではないかと思い、ゆっくりとその周辺に目を遣る。

 けれど、やっぱり穴なんて見つからない。


「可笑しいな?」


 そもそも、あの三毛猫を引きずり出した時には穴が開いていただろうか? 確かに三毛猫が壁から半身を出していたのは確認した。けれど穴が開いていたかどうかは正直覚えていない。では、三毛猫の前足を掴み、引きずり出した時はどうだ? その時に僕は穴を確認しただろうか? ……残念ながらこれも正直よく覚えていない。開いていたと言われれば開いていたような気がするけれど、はっきりとは覚えていない。


「う~ん」


 僕は首を傾げながら、穴が開いていたであろう場所の壁にそっと手を触れる。


「……ん?」


 そして、その感触が普通とは違う事に気が付く。

 この拝殿は木造なのだが、触れた手のひらから伝わる感触は普通の木とは若干異なる。どう異なるのかと、問われると、感覚的な物なので説明が難しい。僕でも集中しないとその差異は分からない。

 それでも説明しようとするならば、まず、基本的には木材の手触りである。けれど、その表面は普通より滑らかで、弾力がある。その癖にコンクリートのように硬い。

 僕は以前、これと似たようなものに触れた事がある。その時は触れるだけに止まらず、勢いに任せて、何も考えずに、気軽に、興味本位に特製のエアガンで破壊してしまった。


「結界?」


 どこの誰か、何者か、その目的は不明だが、どうやらこの拝殿には結界がはられている。荒んでいるとはいえ、神社なので、もしかしたら悪霊的なものを封じているのかもしれない。

 以前に破壊してしまった時がまさにそうで、結界に閉じ込められていた悪霊が嬉々として飛び出してきて、その場にいた僕の腕を食いちぎったものだから、その場で直ぐ消滅してしまった。半分とはいえ怪異に取っては致死性の猛毒となっている僕の血を腕ごと食べてしまったのだ。ご愁傷様としか言いようが無い。


「ふむ」


 触らぬ神に祟りなし。再生するとはいえ、あの時のように腕を食いちぎられたら堪ったものではない。それに僕自身を殺せる程、強力な怪異が封じられているのかもしれない。ズボンに何発かエアガンの弾を忍ばせているけれど心許ない。

 そんな訳で僕はその結界を放置する事にした。

 しかし、そうなると、本当にあの三毛猫はどうやって入ったんだ? そうは見えなかったけれど怪異だったのかな? もしくは動物には効果を発揮しない結界なのかもしれない。昨日の声のようなものも、この結界から漏れて聞こえたのかもしれない。怪異が自らの住処に結界をはるのはそう珍しい事じゃないし、封印されている何者かの声だったのかもしれない。

 そんな事を考えながら僕は神社を後にした。

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