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僕の物語  作者: 癸識
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第5話

 その日の深夜。

 時刻はもうすぐ日付が変わろうとしている時間。僕は日課をこなす為に、今は使われていない両親の部屋にいた。

 右手には果物ナイフ、左手には取っ手の付いたコップ。コップの中には飲み物ではなく、白くてころころしたBB弾が入っている。

 僕はそれを点々と黒いシミが出来ている机の上に置くと、左腕にそっと果物ナイフを添え――一気に引き抜く。

 すると、当然のように僕の左腕に一本の切り傷が走り、その切り口から血が流れ出し、暫くすると今度は『漆黒』の何かが滲み出始める。

 それはタールのようにどろりと粘質を持っていて、ゆっくりと僕の腕から肘に伝わり、肘からまるで重さなど無いかのように、コップに垂れ落ちていく。

 この漆黒の何かは今、体内を血と同じように流れている僕の半分人間じゃない部分。杏から与えられた怪異の部分。

 これが杏を怪異の天敵たらしめている根源である。

 そんなものを何に使うのか? そんなのは決まっている。これは僕の唯一と言っても過言ではない武器なのだ。

 杏といると時折、怪異にからまれる。杏を倒して名を上げようとするもの、杏が怪異の天敵だとは知らずにつっかかるもの、はたまたむしゃくしゃした杏にストレス発散の道具にされる不運なもの、と理由は様々。

 しかし、何故か、というか、当たり前というか、当然のようにその場には僕も一緒にいる事が多い。場合によっては杏には勝てなくもその眷属である僕ならまだ勝機も高く、眷属とはいえ倒せればそれなりに名を上げられると挑んでくるものもいる。

 つまり、僕は怪異たちの戦闘に巻き込まれて、妖怪大戦争を生で味わう事が出来る。否、味あわせられる。

 そんな中、半分人間、中途半端、半人前の怪異である僕に出来る自衛手段が、この怪異にとって猛毒を塗りたくったBB弾である。

 もちろん、このまま手にとって、節分の豆まきよろしく鬼は外と投げつけるのではなく、きちんと改造したエアガンに装填して放つ。

 初めのうちは逃げ回っていたのだが、所詮は人間交じりである僕の動きで逃げ切れる訳も無く、何度と無く手足を千切られ、上半身と下半身を真っ二つにされた。

 それでも、こうして無事、健康に生きていられるもの僕が半分とはいえ、怪異だから、というよりも杏の眷属だから、というのが理由であろう。

 基本的に怪異という存在は不老不死である。概念が具現化したような存在だから当然といえば当然だが、死、というよりは消滅と表現したほうが良いだろう。誰かから傷つけられ、消滅する事はある。それが、怪異からなのか、人間からなのか、はたまた自らの手によってなのかは様々であるが、普通の怪異であれば消滅する。

 だが、杏にはそれが無い。本当の意味で不老不死なのだ……いや、本人曰く無いことは無いのだが、僕からしてみれば杏が消滅する状況など皆無に等しい。

 兎も角、僕が手足を引き千切られても、体を真っ二つにされても、どうにかこうにか生きているのは、この真正の不老不死である杏の眷属であるところの僕にも、杏の足元にも及ばないがその力のおかげである。

 例を挙げるならば、傷の治りが異常に早いとか、老化現象が遅いとかである。もっとも、僕の不死力? を超えた傷は治らないので普通に死ぬし、老化現象が遅いと言っても、いつかは普通に寿命でも死ぬ。

 だからこうして天寿を全う出来るように、せっせと弾丸を量産しているのである。どうせ死ぬなら布団の上で眠るように迎えたい。


「……うっわ、またそんなキモイ事してんの? マジで引くんですけど」


 一滴、二滴、コップの中に注がれた辺りで不意に背後から声を掛けられた。


「所詮は使い捨てだからね。いざという時、弾切れになったら困る」


 声の主は分かっているので、振り返らずに答える。この弾丸一度使うと不思議な事にその効果を無くすのである。まぁ、そもそもBB弾自体再利用するように作られていないんだけれど。


「にしたって、そう毎夜毎夜リストカットするとか……あんた、もしかしてマゾ? 気持ち良いの?」

「そんな訳ないだろ? 僕は杏と違ってこうでもしなきゃこれを扱えないだけだよ」


 言ってため息を吐く。

 いつのまにかコップに滴れ落ちていた漆黒の何かは止まっていて、それどころか、腕の切り傷も綺麗に、跡形も無く、その痕跡すら残さず、まるで最初から切り傷なんて存在していなかったかのように消えていた。


「……またか」


 その光景を見て、僕は顔をしかめながら再び果物ナイフを左腕に添える。


「大体三十秒位? あ~しに比べればまだまだねっ」


 振り返らなくても、自慢げにどやっている事が想像出来る声で杏が言う。


「半分とはいえ僕は人間だからね。杏おばあちゃんと比べられても」

「――ばばあじゃね~しっ!」

「――うおっ!?」


 つい、うっかり、皮肉交じりで言ったおばあちゃん発言が当然のように気に食わなかったらしく、杏が果物ナイフを握っていた僕の手をむんずと掴み、そのまま僕の左腕に深々と落とし込み、すっと、まるでステーキでも切るかのように引き抜く。

 当然、さきほどよりも切り口は深くなり、切り口から溢れ出る血と漆黒の何かもその量を増す。


「危ないなぁ~普通の人だったら完全に致命傷だよ?」


 僕は先ほどよりも激しく、それでも小さな雨漏りくらいの量で滴れ落ちる漆黒の何かをコップからはみ出さないように注意しながら狙い落とす。


「あんたがちんたらとやってるから、そうやったほうが断然早いっしょ? ――それと、あ~し、というか怪異に年齢とか無いから、だからあ~し、ばばあじゃねっ」

「あ~はいはい。そうでした、そうでした」

「何その適当な返事? その真っ黒いやつ床にぶちまけてやっても良いんだけど?」

「――僕が悪かった、前言撤回するからそれは勘弁してくれっ」


 この漆黒の何かは半端じゃなく落ちない。頑固な汚れなんてすら飛び越えた難攻不落の汚れである。

 どんなに力強くこすっても落ちず、市販されているどのような汚れ落としも効かず、削り取ろうとしても削り取れない……そんな恐ろしい汚れである。

 何を隠そう、この机の付いている黒いシミは僕が失敗してコップからはみ出てしまったものである。こんなものをフローリングの床にぶちまけられたら大変なんて言葉では片付かない出来事、大事件である。


「分かればよろしい」


 脅迫に屈した僕を見て、杏は満足そうに頷くと、近くにあったキャスター付きの椅子にどっしりと座り込む。

 そのまま、じ~っとコップにした垂れ落ちる漆黒の何かを見つめてから、


「……何かキモイね、これ」


 と、顔をしかめながら呟く。


「……キモイってお前、これ、お前の中にも流れてるよ?」

「そんなのは知ってるけど、キモイもんはキモイじゃん。あんただって、自分の体内にいる菌を見せつけられれば普通にキモイっしょ? それと同じ」


 言って、見ているのが不快なのか、それとも飽きたのか、椅子に乗ったまま部屋を回りだす。フローリングが傷つくので止めさせたほうが良いのだが、注意するとまたどんな仕返しをされるのか分からないので、これくらいの事は目を瞑るとしよう。


「まぁ、言いたいことは分かる」


 確かに杏の言う通り、顕微鏡でこの菌は体内で良い働きをしてくれる菌です、と見せつけられても普通に気持ち悪いとしか思えない。


「それはそうと、ひかりの様子はどうだった?」


 ころころとキャスター付きの椅子を転がしながら、杏が唐突に話題を切り替える。


「また曖昧な質問だね」


 ひかりとはあの後、晩御飯を食べ終えた時間が高校生の女の子が一人で出歩くには遅い時間になってしまったので、僕が家の近くまで送り届けた。


「両親の様子とか、ひかり自身の様子とか、何でも良いから気になった所は無いの?」

「家までは行ってないからご両親には会わなかった。ひかりの様子は特に変わった点は無いかな。しいて言えば、野良猫が今日はいなかった事くらいだね」


 ひかりを送る途中にある小さな川を挟んだ街道に近所の人が餌をあげているのか、野良猫が数匹住み着いているのだ。いつもあの街道を通ると一匹、二匹は目撃する事が出来るのだが、さっきはそれが無かった。とは言っても、それ自体はたまにある事。それくらいしか挙げる事が無いくらいに何事も無かった。


「ふ~ん……まっ、あんたが気付かないならそれで良いか、あっちもあ~しが目的って訳でも無さそうだし放っとくか」

「ん? 何か言った?」


 杏が何やら興味無さそうに頷きながら喋っているのは分かるのだが、その内容までは声が小さすぎて聞き取れず、僕は何となく聞き返した。


「ただの独り言~」


 が、そう答えると、杏は椅子から立ち上がり、部屋から出て行ってしまう。

 ふと視界の隅に入った左腕からはもう何もした垂れ落ちておらず、僕は大きくため息を吐くと、三度果物ナイフを左腕に添えた。

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