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僕の物語  作者: 癸識
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第1話

 六月八日、火曜日。

 気象庁の発表によれば、僕の住んでいる地域は梅雨入りをしたらしい。

 その発表通りにか、はたまた偶然か、その日は朝からずっと、ぐずついた空模様で雨が降ったり止んだりを繰り返していた。

 半分、人間では無くなってしまったとはいえ、現状の僕は一介の高校生に過ぎず、その日も僕は難解な数式や文字列が板書されては消えていく黒板と睨めっこをしていた。

 右隣の席は空席だった。

 何もそれは今日だけの出来事では無い。

 かれこれ、隣の席の住人はおおよそ一週間不在である。

 担任が言うには、どうやら風邪をこじらせて寝込んでいるらしい。インフルエンザにでも罹ってしまったのではないか? との事である。

 仲の良いクラスメイト達が心配してお見舞いに行っても、本人とは会えずじまいの所を鑑みるに相当に酷いらしい。

 そんな話を彼女が休み始めて二、三日した辺りにクラスの中で、誰かがしているのを小耳に挟んだ。

 彼女、と言う台詞から察せるとは思うけれど、右隣の席の住人、こと隠岐(おき) ひかりは女性である。

 その彼女と僕はどうやら小、中学校と一緒らしい。らしいというにはきちんとした理由がある。

 まず、彼女と僕は今まで一度たりとも同じクラスになった事が無かったこと、次に高校に入学してから、今日までの約二か月間、彼女とクラスメイトとして過ごしてみて思った事は、あまり彼女が社交的ではなく、自分の意見を前面に押し出すような人ではなく、反対になるべく人の影に隠れようとしている傾向がある事。

 つまり、彼女はあまり人付き合いが得意では無く、自ら積極的に他人と関わろうとしない。

 良くも悪くもあまり目立たない人物である為に、小、中学校が一緒だという事実に僕は気付けなかったのであり、僕の記憶力に問題がある訳では無い。

 そんな訳で、僕は彼女の一日も早い回復を心の片隅で祈りつつ、その日の授業を終えた。





 その日の放課後、中途半端に降っては止んでいた雨がやる気を出したのか、ざ~ざ~の本降りとなった。

 もっとも、朝の天気予報で夕方辺りから本降りになることは分かっていたので、僕はちゃんと傘を持参して登校していた。

 一緒にリビングで天気予報を聞いていた杏がその予報を聞いて不機嫌そうに顔をしかめていた。雨に濡れたらメイクが落ちるとか、買ったばかりの靴が汚れてしまうとか呟いていたのを覚えている。

 覚えているのだが、今、僕が差した傘の下には何故か杏がいる。

 本来、傘というものは一人で使うことを想定して作られているので明らかに定員オーバーである。そのしわ寄せはどこかにくるもので、僕の右半身は既にびしょ濡れ、あまり傘を差している意味が無い。

 いや、確かに朝出かける時に杏は傘を持参していなかった。だから僕はてっきり置き傘か、もしくはバッグの中に折りたたみ傘でも忍ばせているのだろうと思い、さして気にしなかった。

 だから、いつも通り、友人たちと他愛のないお喋りや買い物ついでに街をぶらぶらしてから帰ってくる杏を置いて先に帰ろうとしたのだが、どうやら最初から杏は僕の傘に便乗する気満々だったらしく、教室のドアを出た所で呼び止められた。

 右側だけ濡れたワイシャツが肌に張り付き、靴という防壁を崩壊させて、靴下の中にまで浸水してきた雨水のせいで、歩く度にぐちょぐちょとあまり心地のよくない感触が足に伝わる。


「……はぁ~」


 そんな状況に僕は深くため息を吐いた。


「ん~? どしたん?」


 そんな僕のため息に、杏がごてごてと装飾されたスマホから目を離さずに気のない声で問いかけてくる。

 僕より頭一つ分背の低い杏の手の中にあるスマホの画面ではラインのチャット画面が表示されている。


「……いや、何で僕は傘を差しつつ濡れているんだろうなと不思議に思って」


 他人のチャットを覗き見るのはマナー的に良くないだろうと思い、僕はすっと杏から目線を外して答える。


「それな~。でも、しゃ~ないじゃん。あんたの置き傘パクられてたんだからさ~。何? それとも高校生にもなって、相合傘なんて恥ずかしい~とか思ってんの?」


 軽快にスマホの液晶に、指を滑らせながら杏が言う。

 そう。僕は学校に急な雨にも対応出来るように置き傘をしていたのだが、どうやらいつの間にかそれが誰かに盗まれてしまっていたらしい。それがあればこうして右半身を濡らさなくて済んだのだが。


「いや、そういう訳じゃないけど」

「だったら何? もしかして、あ~しに濡れて帰れって言いたいん?」

「仮にそう言ったら、杏は大人しく濡れて帰った?」

「んな訳無いじゃん。あんたの傘を奪って帰ったに決まってる。これは決定事項」

「だよね」

「むしろ、あ~しとしてはこうして相合傘してあげてるだけでかなりの妥協なんだからね、少しくらい濡れるの我慢したら?」

「ああ、はい。そうですね」

「っそ。人間、諦めが肝心」


 僕を一瞥すらしないで会話を終わらせた杏は、その間も友人達とのチャットを継続していたらしく、「何、このスタンプめっちゃ欲しい」と色めき立つ。

 神城杏。彼女は冒頭に述べたように人間ではなく、怪異である。

 だが、その見た目は、ふわふわとした茶色く染まった髪の毛、ぱっちりとした二重の目、マッチ棒くらいなら乗りそうなまつ毛、長い爪にはネイルアートが施されている。俗に言われているギャルである。

 対して、半分とはいえ人間である僕は、染めた事すらない黒髪、ぱっちりとしていない一重の目、マッチ棒なんて間違っても乗らないまつ毛、どちらかといえば短めに切りそろえられた爪。と、何をとっても極々平凡なもので、怪異のはずの杏のほうが僕よりずっと、高校生らしく青春を謳歌している。

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