プロローグ
僕、こと神城 翔和は半分、人間ではない。
半分、とは言ったけれど、何も、昔のアニメに出てくる某なんとか男爵のように体の左右で性別が違うとか、神話に出てくる怪物よろしく上半身が人間で、下半身は動物等という訳ではない。
では、何が半分なのか、というと、上手に、正確に、説明する事は難しいけれど、一番しっくりくる言い方は『存在』である。
僕は半分、人間ではない存在である。
より正確を期すならば、存在になってしまった。
その原因はとある人物……人物? で合っているのだろうか?
ともかく、とある人物、こと、神城 杏に出遭ってしまったからである。
杏と遭った日、僕は杏と出遭う前に、鬼と出遭った。
怖い人を良く鬼に例えるけれど、その日、僕が見たものは正真正銘、おとぎ話に出てくる鬼そのものだった。
頭には二本の角、頭髪は短くちぢれ、口元からは鋭そうな牙が伸び、虎柄の腰布をして、筋骨隆々の上半身は裸で、片手には大きな金棒を携えていた。
そんな鬼から出会い頭に、手にしていた金棒で殴られた。
数十メートルは吹き飛ばされ、服はぼろぼろ、全身は血まみれ、腕は片方もげ、残った腕もあらぬ方向に向いていた。
たった一撃。
鬼が棒きれのように振り回した金棒に当たっただけ、それだけで僕は死にかけていた。むしろ殴られた衝撃で体が真っ二つになって即死しなかっただけでも驚くべきことかもしれない。
放っておいても確実に死ぬであろうに、襲ってきた鬼は心配性だったのだろうか、のっしのっしと、既に虫の息である僕に止めを刺そうと歩み寄って来た。
その時に、不意に声を掛けられた。
それが杏である。
それから、一言、二言、会話をしたけれど、その内容は良く覚えていない。
けれど、会話を終えて何故かお腹を抱えて大爆笑している杏に向かって、金棒を振り上げた鬼がその金棒を振り下ろす、その前に、さらさらと砂みたいな何かになって消えていった事は覚えている。
それからひとしきり笑って、杏は『気に入った』と呟いてから、僕の頭に手をやって『あんた、今からあ~しの従僕ね』と告げた。
こうして、僕は半分、人間ではなくなった。
さて、それでは、もう半分は何で出来ているか、というより何で新しく出来たのか。
というと、これは簡単だ。
この世に生きとし生けるもの、以外の何か。
この一言に限る。
もっと明確に、簡略に言うのなら『怪異』である。
不思議で、奇妙で、奇怪で、奇異な存在。そんなものが鬼によって瀕死だった僕に新しく杏が与えたもの。
ここでついでに杏という存在に軽く触れてみようと思う。
神城杏。僕と同じ苗字を使っているけれど、血は繋がっていない。だけれど、戸籍上では僕の遠縁にあたる。
遠縁ならば血縁者なので多少なりとも血の繋がりがあるものだけれど、僕のご先祖様をいくら遡っても杏と僕に血の繋がりは無い。
どころか、世界中の人間の誰とも血の繋がりは無い。というよりも、この世で生きとし生けるもの全てと血の繋がりは無い。
つまり、杏は人間ではなく『怪異』である。それも、怪異にとって天敵というべき存在。いや、アンチテーゼと表現したほうが近いのかもしれない。
そんな杏が遭うまでは確実にいなかった遠縁の者として急に現れ、それを可笑しなところは何も無いと、戸籍レベルで周囲が受け入れた。
ともあれ、僕はそんな杏の眷属となって、死ぬべき命を拾われた。
これはそんな杏の眷属となった僕の物語である。