第9話 Field-6《裏庭→主の部屋》
―翌朝―
「おかしいなぁ…」
目覚めのハーブティーを用意しようと裏庭を訪れた沙美が首を傾げている。
点呼をとるように一本ずつ指差し確認をとる。
「1、2、3、…、5、アレぇ?」
4本目の木が無い。そこは霞のお気に入りで、よく宝物や食べ残しを埋めていた場所だった。
「花ちゃん、ちょっと…」
自分が悪戯したと疑われるのが嫌で連れてきたのだが…。
「有るではないか。我は忙しいというに…」
先程までポッカリ穴が空いていた場所には何事も無かった様に木が生えていた。
「ホント、おかしいなぁ…」
誰に聞いても知らないので、沙美が寝ぼけていたのだろうという事に落ち着いた。
「…お早う」
翌朝、気怠い目覚めを迎えた。特に心当たりは無いのだが、妙に身体が重い…。寝冷えでもしたのだろうと言うと即座にエプロンの結び目を解きながらいそいそと魔妃が一言。
「それはいけませんわ。ワタクシが暖めて…」
他の三人の冷やかな視線に気付いた魔妃はコホン…と咳ばらいをしてそそくさと逃げて行った。
次の日―。
昨日より怠いどころか目の下には隈が出来ていて顔色も悪い。
「主殿、寝ておらぬでも良いのか?」
「その方が良いかな?」
「体調の優れぬ場合は無理をせぬ方が良い。そんな主殿など倒し甲斐が無いでは無いか。厄災は我が払っておこう」
そう言うと何故か魔妃の方へと睨みを効かせた。
―その夜―
ズズ…ズズ…
「何奴ッ!?」
何かが這う様な音と異質な妖気を感じた霞が駆け付けたが誰も居ない。外部から人間が侵入した気配は無い。敢えて言うならいつもより植物の匂いが濃く思えた。
鍵は閉まったまま。窓も割られた形跡は無い。
「ン…これは…?」
窓の桟に僅かな土が付いている…。念の為、屋敷の周りを見回ったが不審な気配は無かった。
「気の所為か…」
霞は夜が明けてからもう一度調べ直してみるか…と思い、己が任務に戻った。
翌朝、起きて来ないのを不審に思った霞が主の部屋を訪ねた。
「主殿、主殿…具合はどうだ?」
・・・返事が無い。不安を感じた霞は勢いよくドアを開け、中に飛び込んだ。
「失礼する!あ…主殿…?」
主人のただならぬ様子に大声で叫ぶ。
「皆の者、主殿の部屋へ、早くッ!」
部屋の中には三人の残り香は無い。黒羽が血を吸ったり、魔妃が精を求めた訳でも無さそうだ。だが、主人は立ち上がれない程に衰弱しているのは確かだった。
霞の叫び声を聞き付け集まった皆の生気を少しずつ集め、主人に与える事で最悪の状態は脱せた。
「ご主人様の身に何が起きているのかなぁ」
「ワタクシにも判りません。ただワタクシ達以外の何者かが旦那様を狙っているのは間違いありませんね」
リビングでの対策会議、情報が少な過ぎてこれといった結論が出ない。
「外部からの侵入は無い。だが我等でも無い…」
頭を抱え悩む三人の頭上を黒羽がパタパタと飛んでいる。
「主殿の一大事というに…ン?黒羽、貴様何を持っている?」
「あう…お兄ちゃんの髪の毛にくっついてたのですよ」
「これは…」
黒羽が手にしていたのは植物の葉。昨日、主殿は外に出ていない…。そう思った霞は裏庭に向かった。自分のお気に入りの木…、その根の部分、つまり自分の宝箱に目をやった。
「……?」
土が柔らかい。主殿が来てから掘り返してはいない…。その時沙美の言葉が頭に浮かんだ。
『ポッカリと穴が空いて…』
霞の頬に冷汗が伝っている。
ズズ…ズズ…
その夜も屋敷に何かを引きずる様な音が聞こえる。それはユックリと確実に主の部屋へと向かっていた。
カチャ…
窓枠の僅かな隙間に薄い物が差し入れられ器用に解錠し窓を開けた。僅かな隙間からスルスルと侵入してきた触手の様な物がベッドの枕元へと伸びる。
「そこまでだッ!」
カッと点けられた照明に照らし出された霞、ベッドには囮の丸められた毛布が横たわっていた。
《ギギギィーッ!?》
ガッシャーン!
突然の環境の変化に慌てた侵入者はガラスを割って逃げ出した。
「待てッ!」
砕けた窓を蹴破り、侵入者を追い、裏庭に向かった。
《ギギッ?》
「地獄の1丁目へようこそなのですよ」
「ワタクシ共を差し置いて旦那様を喰らおうなど図々しいにも程が有りますわね」
「ズッタズタにしてやるぅ」
裏庭には既に魔妃達三人が待機していた。
「もう逃げられんぞ、大人しく我が刃の錆となれ!」
キーン!
宙より勢いよく振り下ろされた刀が弾かれた。
「な…コイツ、硬い!?」
月明かりに照らし出されたその姿は木そのものであるにも係わらず、まるで鋼の様な堅固さをしていた。
「ならばワタクシの出番ですわね。喰らえ、怒りと嫉妬の焔を!」
魔妃の周りに火の玉が浮かび、一斉に妖樹に襲い掛かった。
《ギギィーッ!》
いくら強固といえど樹木、効果は有るようだが瞬殺とはいかないようだ。触手の様な枝を鞭の様にしならせ、魔妃達を打ち据え、縛り上げた。
「ぅ…うう」
「苦しいですぅ…」
「お…おのれ…」
霞はガッと剥いた牙を木の枝に突き立て食い破った。
「黒羽、超音波で樹皮を固有振動で脆くし、沙美が爪で引き剥がした後、魔妃の狐火を集中させて高温にして焼くんだ!」
体内に直接炎を叩き込まれた化け物は苦しみ悶えて燃え上がる。
「霞、今だッ!」
「ウオオォーッ!」
地面を蹴って天高く跳び上がった霞は月光を背に刃を振り下ろした。
《グギギィーッ》
断末魔をあげ、真っ二つに切り裂かれた妖樹は地響きを起て倒れた。
「片付いたみたいだね…」
壁に身体をもたれさせた主人が肩で大きく息をしながら笑っていた。
「大丈夫ですか、旦那様」
「は…はは…何とか…」
「でも、何時こんな妖しが入り込んだのでしょうぅ?私達に気付かれずになんて…」
誰もが疑問だった。これ程の大きな妖しなら昼夜ともに妖気を感じ無い筈が無い。まるで最初から敷地内に居たような…。
まさか…?誰もがそう思っていたに違いない。
妖樹はパキパキと焚火の様に燃え燻っている。
「コイツは恐らく[樹木子]。長年根元に野晒しにされた死体の霊気や怨念を吸い上げ、妖怪化した物だろうね」
その言葉を聞いた瞬間、三人の視線が一斉に霞に集まった。
ジィ〜…
「な…な…」
樹木子と化した木は霞が骨やお気に入りの隠し場所…。
「……ハッ!?」
やっと出現理由を理解した霞は顔面を蒼白にし、後ろに跳び退いたかと思うと某漫才師のごときスライディング土下座を決めた。
「も…申し訳ございません。警護の任に有りながら今回の不始末、この腹を割捌いてお詫びを…」