story 6 尾行
「メンタルディフェンス――」
俺の書いたこの物語に、反発しているということなのか。
「相宮さん、発生源の特定をしますか?」
「……え?」
「発生源です。誰が心理的防御をしたのか特定するんです。」
特定……か。特定して何になる。俺の始まったばかりのラブコメ物語に早くも嫌気のさしたやつがいるということなのか。そいつを特定したところで、俺はそいつにこれからどんな顔をすればいいんだ。嫌われているも同然なのだろう。特定など、怖くてできるはずがない。
「いや、特定は……いい。」
「いいんですか?誰がメンタルディフェンスを発生させたのか、知る必要は――」
「だって、そいつは俺のことを嫌って、今回のことを起こしたのかもしれないんだろ?」
「確かにその可能性は否定できませんが、しかし、相宮さん。」
「なんだよ?」
「あなたがこれまでに設定してきた物語は、誰かが傷つくような設定でしたか?みんなで楽しくワイワイ学園生活を楽しむという、相宮さんにとっても、皆さんにとっても夢みたいな学園生活だったんじゃないんですか?」
俺は何も言えなかった。確かに自分の設定が間違っていたとは思わない。誰かが嫌な思いをするようなイベントを入れたことはないし、最近は自分の力だけで、この学園生活を送っていた。なるべくDNCSを使わないようにして。
でも、今日入れたはずのイベントに誰かが抵抗をし、これを回避しようとしている。そもそも俺が入れたイベントは何だ?この時期のイベントは、結構前に書いたからあまり覚えていないのだが。
「なあ、パレット?」
「はい?」
「この後に俺が入れたイベントって何かわかるか?」
「ええと、ちょっと待ってください。」
パレットはポケットからスマートフォンのような何かを取り出した。何かの情報端末だろうか。
「ああ、分かりました、二週間前の書き込み、この後は放課後に星降さんとの下校です。」
「それが、つまり……」
「はい、発生源は星降さんです。」
まさか、あの星降が?俺との下校を……。
「それって、完全に、俺が嫌われているからじゃないのか?」
「まだそうとは……」
「いや、一緒に下校するのを断るんだぞ?俺が嫌いだからとしか。」
「何か用事があるのかもしれません。」
「そんなわけがないだろ。お前が言ったんじゃないか。DNCSは心理的な防御に弱いって。星降に用事があったとしても、DNCSで下校イベントを配置されておけば、あいつの用事より優先されるはずだ。」
「その用事の内容が、今回のメンタルディフェンスを引き起こしているという意味です。」
「は?どういう――」
その時、昼休み終了のチャイムが鳴る。
「あっ、チャイム!続きはまたあとで!」
「はい。」
確か次は全校集会だったはず。急がなくては。
「ええ、最後に生徒会長からのお知らせです。」
全校集会も終盤になり、俺は眠気と戦っていた。最近マジで寝ていない。もう……駄目だ。寝よう。
「おっはよおおおございまあああああす!」
突然ものすごい奇声、いや騒音がスピーカーから流れる。全校生徒が一斉にわが身を守るため、耳をふさいだ。俺は失神しかけた。無論眠気は一瞬にしてどこかへいってしまった。
「出たぜ、生徒会長様だ。」
「町田さんだよね?今日が初めてのスピーチだっけ?」
周りがざわざわし始める。誰だ、町田さんって?有名人か?
壇上に注目すると、一人の女子生徒がいた。いかにも清楚で、可憐で、秀麗そうだ。一度咳払いをして再びマイクに顔を向けた。
あれが、町田さんか?あんな人は確か、DNCSには書き込んでないよな。
「失礼、少し加減を誤った。それに、もう午後だから正しくは『こんにちは』だな。」
体育館にどっと笑いが起きる。俺も微笑。
「さて、みんなも知っていると思うが、最近この近くでいろいろと面倒な事件が多発している。ああ、具体的にいえば、とある不良グループがこの学校近辺で事件を巻き起こしているそうだ。登下校の際はくれぐれも、複数の人数で帰るようにしてほしい。特に女子。下校の際は気をつけるように。」
不良ねえ。この学校は一応偏差値高いほうだから、そういう輩はあまりいなくて平和だったのだが。いずれにせよ俺も絡まれたくはないから、気をつけることにしよう。
放課後になり、俺はパレットと共に玄関で星降を待ち伏せしていた。あいつは帰宅部だからこの時間帯には帰るはずだ。そこに、偶然を装った俺が登場することになっている。
「いました、相宮さん、あそこ!」
パレットが指さす方向。間違いない。星降だ。
「よお」
「あっ、あっ、相宮君!?」
星降は完全に困惑しているようだった。しかし、ここまで来て聞かないわけにはいかない。
「一緒に帰ろうぜ?」
「……。」
いつもなら、「うんいいよ」と、言うはずなのに。DNCSに書き込まれた設定でなくても。
「……ごめん。」
「え?」
「わたし、ちょっと用事があるんだ。ごめん、またね。」
「お、おい!星降!」
走って帰っていく星降。そんなに俺が嫌いなのか。泣くぞ?泣いちゃうぞ?
「相宮さん、間違いありません。発生源は彼女です。」
「追いかけるぞ。」
「追いかけるんですか?」
「おう!」
用事があることが確かなら、DNCSの設定をはねのけるような用事とは何なのか。俺はそれが気になって仕方がなかった。星降には悪いと思うが、少し後をつけさせてもらおう。
俺たちは星降にばれないよう注意を払って後を追いかけた。星降とは家の方角が一緒だし、何度も一緒に帰ったことがあるから大体のルートは知っている。
「お前がいつかしてくれた話みたいに、家族の誰かがやばいっていうことじゃなければいいが。」
「はい、同感です。」
さすがに家に押しかけるのはまずいので、ちゃんと星降が自分の家に帰るかどうか、それのチェックだ。ストーカーみたいだな、俺たち。
「次はこの交差点を左に行く。いつもはな。」
「はい。」
学校近くの大通り。車の交通量が激しく、最近は事故多発地帯となっているようだ。俺たちはいつも、この道を歩き、次の交差点を――
「おい、あれ……」
星降はその交差点を右に曲がった。家とは逆方向だ。
「どうなってんだ。」
「寄り道かもしれません。」
「あいつはそういうことしないタイプの人間だ。どこへ行く気なんだ。」
急に緊張が高まる。俺たちは大通りから離れ、狭い道を通り抜け、気が付いたら俺も知らない空き地にたどりついた。人通りは皆無で、周りには人の住んでいる気配のない住宅や、廃工場しかない。
誰かがいる。三人くらいだろうか。その人たちと星降は話しているようだ。遠くてよく見えない。
「もっと近づこう。」
ばれないように慎重に近づく。星降の声が聞こえる。
「これで……べん……すか?」
「だ……てん……か?」
よく声は聞き取れないが、俺たちははっきりとその声の主を見ることができた。
そこにいたのは、不良たちだった。
読んでいただきありがとうございました。