story 5 メンタルディフェンス
「あれ?功ちゃんってあのパレットちゃんっていう子と知り合いなの?」
佐井垣に尋ねられ俺は何の迷いもなく答える。
「ああ、……実はパレットは昔生き別れた腹違いの兄弟なんだ。」
「ええっ!?」
さすがの佐井垣もこれには驚いたようだった。まあ嘘なんですけどね。
「大変な人生を送ってるんだね、相宮君。」
純粋な瞳で見つめてくる星降。なんですか、これ。俺に対する精神攻撃ですか。
「腹違いの妹ってか?もうお前、それは当ぜ――」
俺はすぐに前嶋の口を押さえる。こいつ完全に興奮してやがる、変態め。
「お、俺まだ何も――」
「黙れ変態。お前は危険だ。」
昼休みにそんな事を話しているとパレットがやってきた。まるで外国人のような容姿ということもあり、かなりクラスからの注目を浴びているようだった。さっきまでものすごい質問攻めにあっていたし。
「みなさん、こんにちは。改めましてパレットと言います。私の兄がいつもお世話になっています。」
「なぁに、かたっ苦しいこと言っちゃってるんだよ、パレットちゃん。今日から仲良くやっていこうぜ。」
「はい、ありがとうございます。」
やはり前嶋は変わった、と思った。あの頃のあいつなら話しかけるなんていうことは絶対になかっただろうから。
「相宮さん、ちょっと。」
急にパレットが改まった顔をして俺に廊下へ出るよう頼んだ。
「なんだ、パレットちゃん?自分の兄をさん付けで呼んでるのか?」
「ま、まあ、そうです、……慣れないものでして。」
「そうだよなあ、生き別れた兄弟、頑張れよ。」
「行くぞ。」
俺はなぜか泣き始めた前嶋は放っておいて、パレットの手を引き廊下へと向かった。
「何だったんだろうねえ。」
「さぁ……」
当然前嶋たちには何も伝えていない。今、俺たちが置かれている状況について。
――今から二週間前、ちょうどDNCSによって俺の楽しい学園生活が形になってきたくらいの頃だろうか。俺は、未来の学園生活について、DNCSにいろいろと書きこんでいるところだった。
「あとは、そうだな。この日は星降と一緒に下校することにして、っと。うん、こんなもんだな。」
俺は画面左上にあるメニューボタンから、今までのログを出す。
「うわぁ、十万字超えたのか。」
そこには、136199という文字数が表示されていた。ざっと計算して、俺の寿命は95日間分削られているのだ。約三カ月。短いようで、長い。だんだんとこのDNCSの恐ろしさを実感しているようだった。
コンコンと扉をノックする音。パレットか。
「相宮さん、コーヒーお持ちしました。」
パレットが入ってきて、机の上にコーヒーを置く。
「いつも悪いな。」
「いいえ、所有者である相宮さんにお仕えすることが私の義務ですから。」
「律儀な奴だな。そういえば、舞衣はまだ帰ってきてないよな?」
「ええ、まあ。」
あいつに同居していること、そして、大穴がいまだ復旧していないことがばれたら。そう思うだけで俺は背筋に何かを感じる。コーヒーを一口飲み、しばらく余韻に浸る。
「なんで、あいつはDNCSで操作できないんだ?今日も6時には帰ってくる設定にしたんだけどな。」
「相宮さん?それはこの前説明したじゃないですか?」
「え?いつ?」
「最初に会った時です。」
「は?したか?」
「はい。」
全く記憶にないのだが。
「いいですか、DNCSにはいくつかの注意点があります。これは以前全く同じことを言ったんですけどね。まあいいです。まず、DNCSを持つ者、これを一般に所有者と呼びますが、彼ら、所有者の三親等以内の人間にはDNCSによる効果がありません。つまり、所有者であるあなたが、そこにいくら妹さんをだますような記述を書いても、あの大穴を見られれば妹さんは分かりますし、いくら帰宅する時刻を書いても、それは反映されないわけです。」
「そんなこと、言ったっけ?」
「言いましたよ。ゴホン、そして二つ目、所有者にもこれは同じことが言えます。たがいに所有者である場合はお互いがお互いの行動をどれだけ指定したとしても、それも反映されることはありません。」
「はぁ。」
つまり、所有者どうしは通用しないのか。
「最後に、DNCSは心理的な防御にはめっぽう弱いということです。」
「心理的な防御?」
「はい、これを私たちは『メンタルディフェンス』と呼びます。」
「ただ英語にしただけじゃ――」
「メンタルディフェンスは誰にでもあり、無意識に発動します。発動すればDNCSによる干渉は不可能となるのです。」
「ちょっと待て、そのメンタルディフェンスとやらは、具体的にはどういうやつなんだ。いまいちピンとこない。」
「メンタルディフェンスはDNCSによる指定とは異なる強い考え、意識を持っているときに発動するもので、本人が意図しないような――」
「いや、だから……」
「えっと、たとえば、あなたの妹さん、舞衣さんが刺されたとしましょう。あなたはそれを電話で知り、舞衣さんの向かった病院へ行く。」
「おぉ。」
「ここで別の所有者が、あなたはその時間帯に道端で露出プレイをする、というような設定を書いたとします。」
「なぜ、露出プレイ……?」
「しかし、あなたの思い、つまり、妹さんの容体を確認したいという気持ちは、所有者の書いた設定とは異なるベクトルを持っている、というわけです。これが――」
「メンタルディフェンス。」
「はい、ざっつらいと!」
相変わらずひどい発音だ。アメリカへ行って1年くらいネイティブの声を聞いてこい。
「それは厄介……というか、しかたないよな。」
「ええ、ただしパンフレットにはこれを観察する能力があります。」
「観察?それって……」
「そう、私にも無論その能力があります。メンタルディフェンスを観察する能力が。」
そんな異能の力がお前にあったとはな。
ああ、もちろんこれは俺の設定じゃない。
「よくわからんなー、難しいことだらけだ。」
「そんなに難しくはないですよ。それに、メンタルディフェンスが発動することなんてまずありませんから。」
「そうなのか、結構多いと思ったんだけど。」
「一日にざっと一万件くらいでしょうか。」
「そんなにあんの!?ていうか、所有者って何人いるんだ?」
「世界には約一万人。日本には五百人くらいでしょうか。」
「なるほど……ということは一人当たり毎日一件ある、くらいの頻度か。」
「ともかく、そういう事態を相宮さん円滑にに知らせるためにも、私はあなたとの距離を縮める必要があります。」
……え?今何と言った?
「きょ、距離って、お前?」
「はい?……あ、何、赤くなってるんですか?まさか、変な想像したんですか?」
「し、し、してねえよ!」
「私が言ったのは物理的に、ということです。具体的にいえば、学校生活です。」
「学校?」
「はい、メンタルディフェンスを円滑に知らせるためにも、DNCSを使って、私をあなたの学校に転校させてほしいのです。」
「ああ、そういうことか。……でも、制服はどうするんだ?」
「大丈夫です。それは、この結界を使えば。」
「結界?ああ、あの大穴にも今も結界が確か。」
「ええ、この都合のいい結界で私を纏えば、みなさんからは制服で登校する転校生に見えるっていう寸法です。」
「はあ。……おい、なら、あの大穴舞衣に見られても――」
「残念ながら、この結界もDNCSと同じルールに則っているので。」
「あいつには見破られるのか。」
しかし、このDNCSにも操作できないことがあるとはな。万能ではないというわけか。
「ただいまー」
「うっ、舞衣が帰ってきた。すまんな、いつもいつも。」
「いいえ、静かにしていることくらいどうということはありません。」
「ほんと、すまん。」
そう言って俺は下のリビングへと降りる。下では舞衣が夕飯の支度をするところだった。
「ああ、功にい、ただいま。」
「おう、お帰り。」
俺はリビングのソファーに腰掛ける。こいつにもいろいろ俺のわがままのせいで迷惑かけてるんだよな、と思う。今すぐにでも家族を連れ戻したいのだが……
……あれ?あいつ、たしか、家族には反映されないとか言ってなかったっけ?
そういえば、両親を海外へ行かせるシナリオは確か成功した……よな。
なのに、なんで?
……確かめる必要があるな。念のためだ。
「舞衣。」
俺はエプロンをつけている途中の舞衣に声をかける。
「ちょっと来てくれ。」
「は?なに?」
「いいから。」
舞衣の手をつかみ、階段を上り、俺は自分の部屋に舞衣を入れた。
「ちょっ、相宮さん!?」
部屋にいたパレットが驚きの声を上げる。
確かめなくてはならない。舞衣が本当に俺の妹であるかを。
「舞衣、あの大穴、見えるか?」
「は?いきなり何を――」
舞衣は上を見上げる。そして、絶句した。
「舞衣?」
「……兄ちゃん?」
背中にいやな寒気を感じる。
「説明してもらおうか。」
「……はい?」
「とぼけんなやああああああ!」
それ以降、俺はその日のことを覚えていない。ただ一つわかったことは、舞衣が俺の妹であることは間違いないということだった。
その後、俺たちは舞衣に事情を説明した。DNCSというソフトのこと。パレットのこと。俺のわがままについてちゃんと謝った。
ただ、三親等以内の効果無効の話についてはパレットに口封じをしておいた。
「なるほど、つまり兄ちゃんがモテないからこんなことになった、と。」
「ああ、まあ、そういうことだ。」
「ふぅん。そっか。」
今思えば、舞衣はあっさり了承してくれた。あいつのことだから、そのあと殴ったり蹴ったりされるのかと思ったが、そういうこともなかった。それはそれで良いのだが。
――そして、今日。
「どうした?パレット?」
廊下の人気がないところへ行き、俺はパレットに尋ねる。
「出たんです!」
「何が?」
「メンタルディフェンスです!」
「――え?」
その瞬間、まるで体の中に電撃が走ったかのようだった。
俺は言葉を失った。
読んでいただきありがとうございました。