第五話 陰影戒陣
抹殺者…だと?
「なんだぁ?その顔は?まさか俺ら抹殺者を知らないわけじゃねーよな?」
今はこの二人に構っていられなかった
男を無視し血塗れで倒れている藍叉の側に寄った
「藍叉…藍叉っ!」
何度も妹の名前を呼ぶ
息はしているようだった
だが反応がない
出血も酷くすぐに治療を施さなければならない
ただどうやってこの状況を切り抜けるか
隙を見せればおそらく攻撃を受ける
そんなことになったら俺も藍叉も死ぬのは確実
なら方法はひとつ
この二人を倒す
立ち上がりイレイザーの二人のところへ歩こうとする
しかし足が動かない
足元を見ると藍叉が涙目で俺を見て首を振る
「お兄ちゃん…ダメ…」
「藍叉…」
ぎゅっと足を掴む力が強くなる
藍叉は意識がはっきりしないうえに瀕死の状態で当然力が入るわけはなかった
だが余程俺を戦わせるわけにはいかないと思ったのか
きっと今ある渾身の力で必死に止めようとしているんだろう
なんでこんなひどいことを…
「お兄ちゃん……逃げ…て…」
この瞬間、何かが切れたような気がした
「どうして……」
イレイザーの二人が反応する
怒りが限界を越えた
「どうしてこんなことすんだよっ!!」
怒りに身を任せ赤いローブに身を包み全く無防備な状態の女の方へ突っ込んでいった
「どうしてって仕事だよ、仕事」
男、アルガスの声はもう俺の耳に入っていなかった
今は対象を殺す
それしか考えていなかった
「翳衝-五消-」
気配と殺気を殺し女との距離を詰める
気配を消したことで一瞬とはいえ確実に女は油断したはずだ
「翳衝-一鉄-」
引いた腕を一気に腹部に目掛けて放つ
刹那、その拳は女の腹部に
当たることなく弾かれた
「…嘘だろ」
一瞬であったが何があったか分からず判断が鈍った
拳を…弾かれた
見ると女が左手で拳を受け流していた
慌てて体制を取り戻し蹴りをいれる
狙うは右側のこめかみ
右側に意識は集中していないはず
そう思い蹴りを放つ
しかし今度も左手で弾かれた
女はほんの一歩俺から離れ
さっきも同じく受け流された
女のローブの下、右手に光るものが見えた
月光で照らされる鋭い刃
短剣…ダガーだ
女は俺の心臓目掛けてダガーを向ける
確実に俺に隙ができた
終わる
この一突きで全てが終わる
藍叉の仇をとるはずがなんてザマだ
体の全ての力を抜いた
死を受け入れることにした
今さらどうすることもできない
大事な妹一人守ることもできなかった
ダガーから目をそらし、遠くを見る
すると女の十数メートル背後に
杖を突き威風堂々と仁王立ちをする老人が見えた
その老人が杖を突きだすと、
「翳衝-四刺-」
老人の持つ杖の先端から糸、というより紐に近い太さの光が四本放たれた
放たれたかと思うと既に自分の顔に近づいていた
女とアルガスは目にも止まらぬスピードの光糸を咄嗟に避けていた
光糸は俺の目の前で止まると軌道を変え再び二人を狙う
アルガスは大鎚で光を叩き潰し
女もまたダガーで切り裂いた
「ちっ、暗殺会会長様のお出ましか」
老人の正体は大爺様だった
大爺様は舌打ちするのアルガスを見下すように凝視する
「ふん、近所で暴れられては誰でも気付くわい」
大爺様は背後にいる俺の方を振り向く
次に倒れている藍叉を見る
「東龍、藍叉を連れて退くのじゃ」
藍叉の元へ駆け寄り抱える
「その必要はありません」
女がそう言うとローブの下から重量感のあるボールがいくつか出てきた
「相手が悪いのでこちらが撤退しましょう」
「撤退じゃと?儂らがお主らを逃がすわけなかろうて」
儂ら…?
はっと気付き辺りを見回す
いくつかの気配を察知した
どうやら大爺様の他に何人かのアサシンもいるようだった
「もう遅いですね。行きましょう、アルガス」
女の足元に落ちているボールが爆発し、光が炸裂する
その光からしてボールの正体は閃光弾だ
暫くして光が消えるとすでに二人の姿はなかった
「ふむ、逃がしたか。あれは並みの閃光弾ではないのぉ…。気配も感じられん」
大爺様は目を擦り気配を探るが徒労に終わった
敵がいなくなってほっとするや否や藍叉が苦しそうに呻く
「あ、藍叉!」
「出血が致死量に達しつつあるの。急いで会館の医務室に連れていくぞ」
篠目書院であり暗殺会の会館であるそこには医務室があり医師の資格を持った特殊なアサシンによって手術が行われた
俺はというと手術が終わるのを待っているうちに眠っていた
大方、大爺様が気遣って強制的に睡眠をさせる術を施したんだろう
手術は朝になっても続けられていたが俺が起きたときには丁度終わっていた
「東龍殿、手術は無事終わりました」
それを聞くとほっとしたあまり一気に疲れが出てきた
手術後の藍叉のいる部屋に入り、見ると特殊な装束にいつも付けているピンクの鎖が相変わらず襷のようにかかっていた
藍叉は静かに優しい顔で寝息をたてていた
部屋を出ると大爺様がいた
「東龍、少しいいかの?」
俺は大爺様に書斎まで連れてこられた
「で?話ってのは?」
「お前さんも気づいておろうが、さっきのことじゃ」
まあ当然のことだなと思いながら大爺様の話の続きを待つ
「お前も藍叉もイレイザーの存在は当然ながら知っておるな?」
俺は黙って首を縦に振る
「イレイザーは元々血の気の多い集団じゃ。受ける依頼は儂らと相違ないがやること成すこと全てが残虐じゃよ……儂らもさして変わりはないがの」
大爺様は立ち上がり「お茶を淹れる」と言って部屋を後にした
大爺様の目に寂しさが見えた
やっぱり大爺様も少なからず疑問を持っている
どれだけ恨みを持たれている人間がいようと
それを殺すのはどうなのだろうか、と
世界には法があり裁判があり秩序がある
俺達がしているのは依頼者にとっては幸せであっても少なからず秩序を乱している
前にとある依頼者に言われたことがある
「殺される奴等は社会の秩序を乱している。会社の金を使って会社を倒産に陥れたり、意味もなく人が殺される。そんな奴等に粛清をくわえるあんたたちアサシンは救世主だ」
と。今でもその言葉が引っ掛かる
殺される側にだって家族や友人がいる
それなのに殺していいのかずっと悩んでいる
ころすくらいなら法によって裁かれるべきなのではないか
俺たちのもとにくる仕事は大抵出所した犯罪者や無罪になった人たちが多い
法から逃れたと言うべき者たちを俺達が裁いている
これは母さん篠目朱の持論でもある
俺は今は単なる仕事としてこの疑問を押し殺している
でも
やっぱりこれでいいのだろうか
「待たせたの」
大爺様がお茶を持って書斎に入る
ゆっくりとソファに腰を下ろすと話の続きを話した
「イレイザーの仕事で儂らと違っているのは関係ない人間が巻き込まれることじゃ。奴等は殺せればいいという理由だけでその場にいる無関係の者でも殺す」
「その上、やることは大胆、だったな?」
大爺様が話すことの先の付け足しをする
「うむ、奴等は隠密行動を忌み嫌いとにかく派手に対象を殺す。まさに「抹殺」じゃ。今回も恐らく偶然出会した藍叉を襲ったのじゃな」
なんて身勝手な連中だ
関係ない人間まで巻き込んで一体何が楽しいんだ…
「それでじゃな、東龍」
こほんと咳をひとつすると
「お前には翳衝の強化と「陰影戒陣」を修得してもらう」
影隠戒陣、アサシンの戦闘術だ
俺や藍叉は今まで使う必要がなかったこの術は修得していなかった
この術を得るということは
イレイザーとの本格的な戦闘が始まることを示す
俺は怒りと迷いの中
修得することを決意した