第三話 新学期Ⅲ
入学式を無事に終え、教室に戻って携帯を見ると藍叉から「任務完了」とメールが入っていた。
一言だけってまた無愛想な…
そういえば書簡の確認がまだだった
リュックの中から書簡を取り出しやたらと達筆な大爺様の字を一字一字目で追う。
依頼の内容は至ってシンプル…というかいつもやっているようなものだった。
一体なぜこんな普通の依頼がわざわざ俺達兄妹のもとに届いたのか。
ここで初めて不信感が募ってきた。
クラスメイトが次々と荷物をまとめて帰っていく中、一人机の上の書簡を覗きこむようにして突っ立っていた。
「龍くん…?」
突然後ろから呼ばれて慌てて書簡をリュックにぶち込んだ。
「夜那…なんだ、まだ残ってたのか」
「うん、ほらあたし生徒会の仕事で会場の片付けもあるから」
「そういやそうだったな、副会長ってのも暇じゃないんだな」
「龍くん皮肉のつもり?…そんなことより、何か悩んでるの?」
図星を突かれてこれまたたじろいでしまう。
返答に困った。
人間焦ると簡単につけるような嘘もつけなくなるらしい。
「いや、何でもない。囘木先生をどうやって説得するか考えてただけだ」
苦し紛れの嘘。当然そんなことする訳がない。
普段の俺なら黙って明明後日まで待つ
頬を滲み出た冷や汗が伝う。裁判の判決を待つわけでもないのに緊張する。
「そっか。でもあれは龍くんの自業自得だからね?何とかうまく取り戻せればいいね!」
にこりと微笑んで夜那は教室を後にした。
気付いてみると教室は俺一人になっていた。
どこからか僅かに吹奏楽部の演奏が聞こえるだけであとは何も聞こえない沈黙だけが教室に残っていた
校舎を後にする。
野球部やらサッカー部やらテニス部やらの練習が聞こえる。
俺は生まれてこのかた部活というものをやったことがない。
身体能力が高すぎるからだ。
子供の頃からアサシンとしての英才教育を受け、その上暗殺のセンスも昔から高かったのだろう。
大人たちを凌駕するほどの進歩とそれが成し得る成果。
藍叉も俺同様だった。
周りの人間からは「天才だ」「逸材だ」などとずっと言われてきた。そんな自覚は毛頭ないがな。
そんな教育を受けた結果、いや、アサシンは常識はずれの身体能力を得る。
それがなければ仕事に支障が出る、というよりアサシンにはなれない。
学校での成績は体育を除いてだいたい4か5を取る。その体育は小中そして昨年度まではオール2だ。
自分の能力が調節できない。自分にとってこの並外れの身体能力が当たり前だから調節のしようがない。
だから部活なんて到底出来るわけがない。
俺は仕方なくぼーっとグラウンドを走っている野球部を見ていた。
「危ないっ!」
俺は咄嗟に身を翻し自分の「背後から」迫ってきたサッカーボールを避けた。
どこからか聞こえたサッカー部員の注意を聞く前になんとなく鋭利な気が迫っていたから避けることは容易かった。
「いやー東龍悪いな。でも拾ってくれてもいいじゃねーかよ」
今度は聞きなれた声が俺を呼ぶ。
「寿麻か…お前、狙ったか?」
俺が寿麻と呼ぶ天三神寿麻は俺がアサシンであることをしっている数少ない友人の一人だ。
中学の頃からの付き合いで一度生死を決める事件から救ってもらった恩がある。
それからの付き合いだ。
ちなみに俺の背後からボールが飛んできたのは寿麻が俺の存在に気づき、ボールをゴールポストに当ててうまい具合に俺の元へ飛んでくるよう仕組んだようだ。
「狙ったぁ?人聞きの悪い。偶然ポストに当たったんだよ」
全く…何が偶然だか。
こいつもバカにならない運動神経の持ち主だ。
何かと奇妙な存在なのがこの男だ。
「で、なんで引き止めたんだよ?」
「なんでって何てことない親友との戯れくらい楽しめよ東龍ちゃん」
「部活なんだから真面目にやれってサッカー部部長さんよ、大会近いんだろ?じゃあな」
俺は寿麻に背を向け今まさに一歩踏み出そうとした時、
風が出てきた。
「あぁ、そうそう。東龍んとこの同業者の人達、最近行方不明者が多い…」
これから聞く言葉が俺は幻聴であってほしかった。
不気味だった。
「いや、正確には…」
感じてもいなかった胸騒ぎはこれだったとでもいうのか。
何かある。
俺か或いは藍叉に
何かがある…。
「誘拐された挙げ句惨殺されたアサシンの死体が多いらしいじゃないか」
呆然と突っ立っている俺の目の前にはすでに寿麻はいなかった。