第一話 新学期Ⅰ
目覚まし時計が騒がしく音を立てる
―――あー…朝か。起きんのダルいわ…
俺は布団の中から手を出し、まさぐりながら素早く時計のベルを止めると速やかに布団に手を引っ込める。
布団から出る気がしない。
眠いからだ。
すると今度は、コンコンとドアをノックする音が聞こえてきたが無視し布団に潜り込んだままでいる。
負けじとドアの向こうも何度もノックを連発する。
―――……諦めてどっか行ってくれ。
その願いが叶ったとでもいうのか、ぴたりとノックが止んだ。
―――仕方ない、そろそろ起きるとす…
起き上がろうと顔を上げたその時、
ペキッ
軽快な音と共に俺の鼻に拳がめり込み、見事に吹き飛ばされた
「翳衝-一鉄-」
布団の前であいつが拳を突きだして立っていた
くびれがくっきりとした体つき、髪は青く肘のあたりまで伸びている。ピンク色の鎖が襷のように体を巻いている。顔立ちも凛としていて誠実さをうかがわせる。ただし眼は死んでいた。
拳からは銃弾を撃った後の銃口のように薄く煙が空に向かって伸びていた。
「……お早う、お兄ちゃん…」
吹き飛ばされた俺は鼻を押さえ悲痛な叫びをあげながら涙目で声のした方を見る。
「あ、藍叉……いくらなんでも起きないからって…実の兄に暗殺五法式を仕掛けるのはいかがだろうか…」
痛みが治まらない鼻を押さえながら訴える
「いつまで経っても起きないお兄ちゃんが悪い。」
ふぅ、とため息を一つつき、
「だいたい、そうは言ってもお兄ちゃんだって咄嗟に護術結界を張って鼻骨が折れるのを防いだでしょ?本来一鉄を一突きされれば骨は粉々に塵と化し、消滅する。さらに、消滅した骨のお隣の骨にも連動して消滅する。その繰り返しでついには骨のない蛻の皮だけの人間が残る…はずなんだけどね?」
やっと痛みが治まり、俺は藍叉を指差し
「まだまだなんだよ、お前ごときの暗殺式を防げないわけないだろうが」
再び藍叉はため息をつき呆れたように踵を返した。
「はいはい、さすが篠目東龍六代目次期当主サマですねー。」
皮肉たっぷりに言い捨てて。
藍叉はドアを力の限り叩きつけるようにして閉めた。
「ちっ…可愛いげのないやつ」
頭を掻きながら立ち上がって大きく欠伸をする
「…そういえば、今日から新学期だったな」
俺、篠目東龍は鼻を擦りながら部屋を後にする
俺と妹藍叉は向かい合うように食卓につき、無言で朝食を食べていた。
テレビでは昨日起こった居酒屋街での怪死事件のニュースを現場からの中継で行われていた
「―――昨日突如亡くなった城和市在住の岡田茂次郎さんは、20年前、実の兄の妻を病死に見せかけて殺害し、先日出所したばかりで…」
そこまで聞いたところで藍叉がリモコンを取りテレビの電源を消した。
俺が持っていた箸が動いてないことに気付き、気を利かせてとった行動だったようだ。
「もう終わったからいいでしょう。今さらこのニュースを見てどうだって言うのよ。暗殺は成功、依頼者からも報酬は受け取った。それでいいじゃない」
俺はそうじゃないと言いたかったが、何も言わず黙りこんで再び食卓にあるおかずに箸を伸ばす。
―――分かってるけど、これが仕事であり伝統だ。だけど、俺たちがやってることは、正しいのだろうか?
思案に耽っているとインターホンが来客を告げる
「やべっ、もうこんな時間か!夜那のやつ時間ぴったりだな」
俺は慌てて中途半端に食事を終え自分の隣の空席の椅子に置いてあったリュックを背負う。
「しょうがないから後片付けは私がやってあげる」
「いや、今日の後片付け元々お前の当番だから」
藍叉は兄の突っ込みを華麗にスルーした。
「忘れ物は?」
「…えーと、ないな。よし、行ってくる!」
「いいけど……その前に制服に着替えたらどう?」
しばし沈黙。俺は改めて自分の今の服装を確かめる。
数秒後、近所迷惑にふさわしい程の落胆と焦りの叫びが家中に轟いた。
「龍くん…まだかなぁ?」