妹が生徒会長?(2)
「では、兄妹の誓いのちゅーを」
両手で僕の頬を挟みタコの口の様に広げた唇を近づけてくる。
「や、やめろ」
「良いではないか良いではないか」
身体が思うように動かない。
万事休すと目を閉じたその時、瞼の外が昼間のように明るくなった。
「さっこっちへ」
聞き覚えのある声に首根っこをつかまれた。
教室の外は校舎は夜の砂漠のように静かで、そして不気味だった。
ようやく身体を起すことができた俺の前に闇夜よりも深い緑の黒髪が翻る。
「危ないところでしたね。星合さんのお兄さん」
「いや、僕も星合なんだけれど」
同い年なのに僕のことをこんなへんちくりんな呼び方で呼ぶのは一人しか居ない。
「では、略してお義兄さん」
いやなイントネーションだったので取り敢えずスルーしよう。
「ベガさんには逃げられたようです」
とばりさんは扉の隙間から教室を覗き込むと教室の中に入っていった。
「一体何があったんだ?」
僕も扉枠に捕まりながらどうにか教室の中に続く。
「フラッシュバンでベガさんを捕まえようと思ったのですが、あのタイミングから逃げるとは流石としか言いようがありません」
「いや、そこじゃなくて」
フラッシュバンとか色々ツッコミ所満載すぎるが、今はツッコんでる場合ではない。
「なるほど、そこからお話しなくてはなりませんか」
彼女は振り返るとプリーツスカートのポケットから生徒手帳を取り出した。
「お義兄さんも開いてみてください、校則の中の生徒規則です」
促されるままズボンの後ろポケットに入れっぱなしの生徒手帳を引っ張り出そうとしたが見当たらない。どこかで落としたのかな。
「ごめん、どこかで落としたみたいだ」
そう言うととばりさんが生徒手帳を投げて寄越してきた。
身長に受け取り捲っていく。途中に妹の写真が見えた気がするが、見なかったことにして目的のページを開く。
昔ノ鳥学園生徒規則
第1章 精神
1条 妹は大切にしなくてはならない
2条 妹を愛さなければならない
3条 妹に尽くさなければならない
4条 妹の言うことは聞かなければならない
5条 妹のお小遣いを増やさなくてはならない
6条 妹の好きな夕飯を作らなければならない
「なんじゃこりゃ、滅茶苦茶じゃないか」
最後の方なんかただの願望だし。
「何らかの力を使って生徒規則を書き換えてしまったようです。それだけならまだよいのですが、どうもこの規則に従わなくてはならないようです。さっきお義兄さんも身体の自由が利かなかったでしょう?」
身体が痺れて上手く動かなかったのはこれが理由なのか。
「って、見てたのならもっと早く助けてくださいよっ!」
「先ほどから『ようです』と言っているのは私もどういう状況なのか把握しきれてないのです。なので観察しなければなりません」
とばりさんは床やら教卓やらを調べながらそう答えた。
「なるほど」
恐らくアルシャウカットが出した宇宙未来的道具で何か悪さをしたのだろう。家に帰って躾をしなおさないとならないな。
「ちょっと悪そうなベガさんもとても可愛かったです」
「結局そこかよ!」
僕のツッコミに少し照れ気味に咳払いをすると、生徒手帳を指さした。
「こほん、後、第8章も見てみてください」
第8章 妹
42条 全ての生徒は妹を若しくは兄を持たなくてはならない。
43条 兄と妹は契約により成立する。
44条 前条の契約は誓いのベーゼにて交わすことを要する。
45条 妹は年下、兄は年上でなければならない。
46条 43条の契約が終了するまで校舎から出ることはできない。
噴飯ものの第8章に絶句する。うちの学校の生徒規則には第7章までしかなかったはずだ。
「どうするんだ?これ?」
生徒手帳を投げて返すと、長い沈黙をはさみ、とばりさんがしじまを破る。
「私に聞かれても困りますよ。お義兄さんがなんとかするしかないのではないですか?」
やはり妹の不始末は僕がなんとかするしかないか。
「とはいっても、私はまだ生徒会副会長の身ですので何か手を考えなければなりません」
少しほっとした。この状況で独りというのはいささか心細い。
「では、一緒に行動しませんか?」そう声を掛けようと思った時、遠くで女の子の悲鳴が聞こえた。
比恵の声だ。僕は瞬間的に教室を飛び出した。