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妹がテロリスト  作者:
16/20

妹がドラッガー (閑話)

「さぁ、私と甲子園を目指しましょう!」

 妹が野球部の部室の蛍光灯を高らかに指さした。せめて、太陽でも見えれば格好が付いたのだろうが生憎の室内だった。

「お前が部室にくるなんて珍しいな。忘れものでも届けにきてくれたのか?」

 僕の言葉に妹は全身の毛を逆立てた。

「お兄ちゃんはいつも私の話を聞いていませんよね!?私はお兄ちゃんと甲子園を目指す為にここにやってきました!」

「そもそも、部外者立ち入り禁止だぞ」

「た、体験入部です!マネージャーの!」

 借りてきた猫のようにしゅんとした妹に意外な人物が助け船を出した。

「良いじゃないか。アルタの妹だし、俺は歓迎するぜっ!」

 部長の虎南先輩だった。小柄な体格に童顔の虎南先輩だが、我が野球部の部長を務めている。

「部長がそういうなら…」

「では、今日は皆さんを甲子園へ導くべく、びしばし鍛えます!!」

「え、体験入部じゃなかったのかよ」

「細かいことを気にするとは、男の風上にも置けません。私はお兄ちゃん萌えなのでお姉ちゃんにはならないでください。なったら、お姉ちゃん萌えになるまでですが。あっ、でも義姉はイジメ尽くします!お兄ちゃんが結婚する相手は私ですが!あれ?そうすると私が私を虐めることに…?あれ?あれ?」

 首をひねり始めた妹の頭をハリセンで叩く。

「い、痛いです。お兄ちゃん」

 更に、ハリセンで叩くと妹は目に涙を浮かべた。

「ふざけるならもう帰っていいぞ」

「ちょっと待ってください。私は皆さんのために研究してきたんです」

「ほう」

「大船に乗ったつもりで甲子園を目指しましょう!」

「泥舟の間違いじゃないか」

「そう茶々を入れないでくださいこれを見てください。じゃーん!」

 妹はベンチに置いた鞄から外人さんの写真が表紙に描かれたマネジメントという本を取り出してきた。

 さて、ランニングでも行ってくるか。部室を出ようとした僕の腕を妹が掴む。

「ちょ、待ってください!ドラッガーですよ!?もしも高校野球の女子マネージャーが読んじゃったりしたら甲子園にいけちゃったりするんですよ!?」

「お前、何ネタバレしてるんだよ!」

 何とは言いますまい。

「いや、もうタイトルからして甲子園いけなかったら詐欺じゃないですか!」

 妹が更にまくし立てる。

「そんなことはどうでもいいんです。この中でマネジメントを読んだ人はいますか?小説はダメです」

「俺は一通り読んだぞ!漫画だけどなっ!あの死んじゃう奴だろっ!?」

 虎南部長が得意げに手を挙げる。先輩までネタバレし始めた。何とは言わないが。部長の様子を見るに多分内容についてはほぼ理解してないだろう。

「俺だけならまだしも、みんなを巻き込むなって」

「今日はミーティングの日だから時間をあげてもいいじゃないかっ!面白そうだしっ!」

 再び妹を擁護する虎南部長。妹には妙に優しいな。

「流石、虎南部長!見た目は子供でも精神は大人ですね!」

 色々と危ない!

「見た目は子供っていうのは、余計だぞっ!」

 少年のように可愛らしいむくれ顔を見せる虎南部長。

「野球部という組織を上手くマネジメントできれば甲子園も夢ではありません」

 妹が相変わらずない胸を張った。

 そんなに簡単な問題じゃないと思うけどなぁ

「知ってるか?甲子園は兵庫県にあって、大阪県にはないんだぞ!」

 全く関係のない知識を披露する虎南部長。ちなみに大阪は府です。

「流石、虎南部長!見た目は子供でも物知りさんで偉いですね!」

「子供っていうなっ!」

 部長のツッコミを流した所で妹は持ち出した本を開き、妹の独自の解釈を述べ始める。

「野球部の顧客は、部員自身及び潜在的に野球部に入部する可能性のある人となります。顧客とは、商品を購入してくれる人、そもそもキャッシュをもたらす存在です。野球部においてそれが誰か。部員ですよね?そして、野球部に入っていない生徒も入れば野球部にお金を落とすことになるわけですから顧客に含まれます」

「確かに、部費が足りなければ部員が補うし、部員が増えれば学校からの部費が増えるな。なら、部費をくれる学校は顧客じゃないのか?」

「そう言えなくもないですが、部活動は学校の内部組織の一つですから、顧客とは言えないですね。組織の中の人間を顧客とするのはちょっと不自然に感じますけど、そもそも教育目的の組織ですから仕方のない話です」

「なるほど」

「で、少し話が先後してしまいましたが、野球部という組織が、顧客のニーズに応えることにより成果をあげて行くための方法というのがマネジメントです」

「ふむ…成果というのは、有り体に言えば甲子園。つまり上手くマネジメントすることより甲子園にいけるというわけか」

 どこか引っかかる気もするがなんとなく妹が言いたいことは理解できた。

「で、マネジメントの根幹となるのがマーケティングとイノベーションです!」

「マーケティングとイノベーションかっ!響きがかっこいいなっ!」

 虎南部長が目に星を浮かべながら妹を見る。

「マーケティングとは、既にいる顧客のニーズを理解し、購買意欲を生じさせ自然と売れる状態にすることです。つまりは野球部に当てはめると顧客である部員が既存の練習の中でやりたい練習を増やし、それによって練習量が増えて成果も上がるというわけです」

「なるほど!すげーな!ドラッガー!」

「虎南部長は何の練習が好きですか?」

「牛乳を飲むことだな!」

「いえ、練習です」

 妹も、僕らも全ての人間が首をひねると部長は当然のことのように言い放った。

「だから、牛乳を飲むこと!」

 そして、少しばかり照れながら説明を加える。

「俺はちょっとばかり、本当にちょっとばかりだぞっ?2mmいや1mmくらいだ。みんなより身長が低い。だから牛乳を飲むんだっ!」

「はぁ…で、では、牛乳を沢山飲みましょう!」

 ほとほと困り果てた顔の妹。こんな顔は早々見られるもんじゃない。

「次に重要となるのは、イノベーションです!」

「それはなんだ!」

「イノベーションとは、顧客に新しい欲求や価値を生み出すことで市場などに変化をもたらします!それにより新しい能力がもたらされます。野球部に当てはめてみると、新しい練習方法を取り入れてみるといったところでしょうか」

「すっ、すっげー!新しい練習で新しい能力とかわくわくするぜっ!ドラッガーマジでぱねぇなっ!!」

 興奮も最高潮に達し飛沫を飛ばしながら喜ぶ虎南部長。

「で、では、どんな新しい練習方法を考えますか」

「ぶら下がり健康法だな」

「いえ、練習です」

「だから、ぶら下がり健康法だって!」

 部長、自分で健康法って言っちゃってますよ。

「リーチが伸びれば外角の球にも届くようになるし、ゴ○○ム人間みたいでかっこよくね!」

「はぁ…」

「よーし!明日から積極的に練習を取り入れていくぞ!」

 拳を勢いよく天に向かって突き上げる。

 と、思い出したように周囲を見つめ、

「別に、俺が身長伸ばしたいからじゃないからなっ!」

 虎南部長は顔を赤らめそっぽを向いた。





 二週間後、待ちに待った練習試合。

「うっしゃー!外角の球を捌けるようになった俺は無敵だぜっ!」

 ネクストバッターズサークルからマスコットバットを三本豪快に放り投げ、意気揚々とバッターボックスに向かった一番キャッチャー虎南部長。右打席に入り、バットを構える。

「いつもより雰囲気出てる?」

 比恵が横から声をかけてくる。確かに、いつもの部長とは何かが違った。


相手のピッチャーがセットポジションに入る。

 僕も固唾を呑み込んだ。


「たっ、タイム!」

 虎南部長は、内股で戻ってくるとベンチ裏に消えていった。

「牛乳?」

「だな」

 呟きに僕も呟きで返した。

 数分待ってもトイレから戻らなかった先輩には代打が出され、初回の攻撃前に一番バッターで正捕手を失った。その後昔ノ鳥高校野球部がどうなったのかは言いますまい。


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