小学生代理(9)
人間は人生の3分の1を寝て過ごしているらしい、これは紛れもない事実で、余生をたった1時間2時間の睡眠だけにすればその事実をひっくり返せるかもしれない、だが、そんなことをする理由など見当たらないし、というか、してもしんどいだけで誰も何も評価はしないだろう。そんなことをぼーっと考えてベッドで電源OFF状態の携帯電話のようにじっとしている。
「……」
こんなことになってしまうなら、先ほど追い出されたばかりだが、萌月ともっと遊んでいればよかった、っと後悔の念がチラチラ垣間見えるがもう過ぎてしまったことだ、どうせ人生のほんの何十分の一はボーっとしているものなんだから(多分……)
――ガタタッ
「ん?」
来訪者のようだ、ん? 何故わかるかって? この家は結構振動が伝わりやすいし、特に萌月の部屋を通り越す辺りで俺の部屋の扉が揺れる、隙間風が扉を揺らすような小さい音だが、することも無く神経を回りに浪費していたので気づくことができた。うむ、たまにはボーっとするのもいいかもしれないな。
コンコンッっと木製の扉をノックする音が響いた、ノックするって事は、妹じゃないらしい、って、え?
「あ、あのっ……すいません、あの……」
声の主は今日初めて聞いた声で、先ほどリビングで挨拶を済ませたあの、鷹咲ももっと名乗ったあの子か、何をしにきたのだろう、まさか、この俺の命を狙いに……ならばコレは不在か不在じゃないかを確かめる為の呼びかけだ、言葉に詰まって返事できなかったのだが――まずいっ、隠れなければ!
とっさにベッドの下にダイブ、音はそこまで立たなかったし、ここで進入された場合でもばれにくいだろう。
「あ、あの……」
そして思惑通り自室に入室した鷹咲もも、こちらからは足しか見えないが、様子を見てみよう。
「あれ、お留守かな……?」
いや、どう見てもとぼけている、きっとこの場所もばれているのだろう、くっ……最近の小学生は侮れんな……さて…………。
飽き性な俺はそのままベッドの下から尺取虫宜しく這い出るように脱出。
「え? ふえぇ!?」
ももちゃんから素っ頓狂な声が上がっている、そりゃそうだろうな、用事がある相手がいないと分かって入室し、目の前には異性が使うベッドと言う餌がありそのベッドにとりあえず匂いでもつけておくか、というようにゴロゴロし始めていたのだから……って何やってんだこの子! 中学2年生が真っ先にやりそうなこと実行しやがって! 眠いのか! 眠かったといってくれ!
ももちゃんは硬直したまま顔を真っ赤に染め上げている、なんてこった、こりゃ恥ずかしさのあまり脳が沸騰したらしい。
「おーい……」
「…………うぅぅ……ごめんなさいごめんなさい……」
急に呻き出したかと思うとその場で額を床に擦り付ける様な土下座を開始して謝り始めている。 まあ……咎める気はさらさらない、俺の命を狙いに来たどっかの暗殺者とかいう設定はボーっとしている間に脳が沸いてしまったのだろう、許せ……鷹咲ももよ。
「ところで、どうした? 俺に何か用か?」
「…………は、はい」
無期限土下座ごめんなさいを中断させるべく、そう、問う。
「お、お話があります……」
「?」
「あの、美黒ちゃんのことですが……」
ん? 待て待て、そういえばおかしくないか? 瑞山美黒は瑞山美黒張本人だ、坂兎七夜を今瑞山美黒が演じ続けようと頑張っている、何が言いたいかと言えば、ここって美黒って呼ばれるのはおかしい、演技通りならば七夜と呼ばれなければいけないはずだが、どういうことだろうか、あとでしっかり美黒に聞いておこう。
「お友達になってくださって……ありがとうございます。」
「ん? 俺と美黒が友達同士ってことか?」
「そ、そうじゃなくて! 私と……その、美黒ちゃんが」
わざととぼけたように言ったのだが、素直な子だ。
「そんなこと俺に言うべきじゃないだろう」
「そ、そう、ですか?」
「ああ、友達っていうのはなってくれてありがとうって言い合うようなことはしないな、もし言いたくても我慢するべきだと思うぞ」
根拠は無い、ただ、俺は友達になってくれてありがとうな! なんていったことないし、そもそも俺は友達自体多くなかった、もしここでこれが否定されるなら……最近の常識を前に無知を晒した俺はトリカブトの毒を煎じて自害するレベルである。
「そ、そうですよね……」
「そ、そうだな」
「あ、あと……ご、ごめんなさい」
謝罪がカムバックしてしまった、この子は上司にへこへこ頭下げながら不本意にいつの間にか出世するタイプだろうか。
「さっきのゴロゴロくんくんは中学生男子がよくする行為だ、女だからと言って例外ではない、女のほうが精神年齢はすぐに成長するっていうが……」
「ち、違います! それじゃなくて……その、美黒ちゃん、せっかく友達になってくれるって言ってくれて、お話しいっぱいしてくれるけど……全部が全部返せないし、恥ずかしくて頭が真っ白になって……言葉が何も出なくなっちゃって……ごめんなさい……嫌われちゃいますよね……」
「なんだ、そんなことかそれは問題ないな、大丈夫だ」
そういって頭を撫でてやる、てか、背低いな、まるで数年前の美黒を見ているようだ。
「あ…………そ、その……ありがとうございます……」
顔を赤く染め、俯き気味にお礼を漏らしている、いい子じゃないか、とても。