小学生代理(8)
だるいやらなんやら文句を一人で漏らしつつも授業を受け、現在は放課後に至る。
本来、高校生となろう者は隣に友人でも連れてわいわい騒ぐものだろうが、俺には居なかった、いや、別に友人はいる、変わってはいるが、立派な友人だ、ただ単に現在は隣に居ないというだけ。
だが、ちょうどいい、実際美黒が上手くやっているかを考えると頭が痛くなっていたところだ、隣に友人が世間話を持ってきたとしても無駄にしてしまっていただろう。 そうだな、よく考えても見よう。仮に上手くやっていたとして、美黒は年下だからと言ってその辺の子を見下しているか、子分のように扱き使っていたりして、いや、まさかな。
つぅっと嫌な汗を背に感じる、いや、でも、良い事をしようとしているはずだ、ありがた迷惑、という言葉をそのままの意味でやってくれたりなどは…………。
とにかくだ、話を聞けば分かるはずだ、急ごう。
俺はそのまま急ぎ足で自宅に向かうのだった。
「た、ただいま」
帰ったらとりあえず言うテンプレートを声にし、リビングに向かう。
「しっー! 静かに! 今友達来てるから!」
帰宅宜しく、ガチャリとリビングの扉を勢い良く開け、俺の目の前に立ちはだかったのが今日一番頭を抱えさせていた美黒、ご本人様だ。
「友達? 早くないか? 転校生って設定だろ」
「設定ゆーな! 設定出すなら今まで病気してて学校にこれなかったってことにして!」
「好都合な病気もあったもんだな、仮病でも拗らせたか」
「べっー、だ!」
聞いたところ友達を早速作って家に連れ込んだらしい、果たして、どんな子だろうか、年齢的にはぐっと離れている為にままごとでもしている感覚だろう。少なくとも俺には耐えかねないな……。
「ひっ!? だ、誰?」
いや、こっちの台詞だ。
リビングに当たり前のように上がるとその子は肩をすくめさせながら怯えたように言った。背丈は驚きの美黒よりも小さい、120cm……無いよな? 低学年でも連れ込んだのだろうか。
「ちょ、怖がらせないでよ、えーと、このでかいのが兄、名前は覚えないでいいよ」
「う、うん……」
でかいのが、っていうが、こう見えて俺は平均身長な、お前が低身長すぎるだけだこのミジンコめ。
もちろん声には出さない、触れぬ神には祟り無し。いや、神にしては身も心もミニマムすぎるな。
「あー、っと、妹がお世話になってます、弥一です、どうぞお見知りおきを」
「いみふー」
「は、はい……えーと……その、もも、です。よろしくおねがいします……」
桃? 変わった名前だな、それにとても泣きそうだ、まさか……美黒のやつ本気で脅して……。
「美黒!」
「な、何!?」
美黒はいきなり俺が叫んだのに驚いたのか、ビクッと体を揺らしている。
「ももちゃんを開放しろ!」
「は、はぁ?」
「え、ええ……!?」
もも、っと名乗るこの子まで驚いている、相当の脅しをかけられたに違いない、俺も中学時代はよく絡まれて脅されたものだ、まあ……とあるやつがいつもカバーしてくれたおかげで無傷だったが、絡まれたときはどうしようも無く面倒くさい、面倒が故に相手の気を逆撫でさせてばかりという始末、殴り合いならそこそこの自信はあるが、停学必須。
だからここは言ってやるべきだ、強く生きてくれ、ももちゃん。
「殴りたければ殴っていいぞ! こんなやつ殴ってしまえ、脅しに負けるんじゃない!!」
「それじゃ、遠慮なくバカ兄を……」
「!? 待て、美黒お前じゃな……グホッ!」
顔右半分を国語辞典で殴られてしまった、痛い、アニメのようにエフェクトが付くならきっと赤く点滅してるだろう。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「ああ……すまん」
ももちゃんは自分のハンカチを水で濡らして持ってきてくれたようだ、最近の子にしては気がきいている、きっとご先祖様はどこかのお屋敷のメイドだろう。
「にしても、低学年か? 美黒、お前何考えて……」
「鷹咲もも、小3、私のクラスと一緒の子、全く、失礼すぎ」
「で、でも、私の背が低いから……その……」
ああ、美黒のこめかみがピクピク反応している、身長の話はNGだNG。
「えーと、美黒ちゃんのお兄さん?」
「ごめんね、イケメンじゃなくて、その辺の産業廃棄物並みの酷い兄です」
「あのな……せめて資源ごみにしろよ」
「うっさい汚泥」
「おいおい、それ違った意味にも取れるからな、マジで止めてくれ」
っと、その時、ももちゃんは顔を赤くしながら俺の顔を直視している、熱でもあるのか、それともこの部屋ちょっと暖房効きすぎか?
「どうしたのももちゃん?」
我が妹ながらその辺の気遣いはあるのか、安心物である。
「う、ううん、面白いおにいさんだなぁ、って思って……」
「ももちゃんは兄弟いないんだっけ」
「う、うん……」
っとここらで退散することにする、小学生二人(一人はモドキだが)の談笑の場に混ざるなんて野暮な男でない。
「んじゃ、俺は自分の部屋行くから」
「しっしっ」
「あ、あの、では、また」
◇
いい子じゃないか、ももちゃん、そう思いながら階段を上る。 でも、とにかく引っ込み思案な子だ、美黒が連れてきてあの子一人というところを見れば、友達が少ないのだろう、友達が出来にくいという人間はよくいる、そういう人間の大半が根はいい子だったり明るかったりするのだ。
そして、ふと階段中段辺りの部屋を見た、扉には「立ち入り禁止」の文字、萌月の手書きだろうか、墨汁で書かれたソレは何度も書き直したのか半紙のいたるところに黒い指紋や墨汁の垂れた痕が残っている、暇だったのだろう。
そして、俺はそのままニィッと笑い、扉を開けた、やつもいい歳だ、中学生男子のような気まずい行為は行ってはいないだろう、そう思考する前には既に扉が開いていた、そして。
「……すぅー……すぅー……」
「…………ま、そうだろうよ」
面白いことを期待した俺はバカだったが、こいつは日中何をして暇を潰しているのだろうっと頭にクエスチョンが浮かぶ。
「お、これ懐かしいな!」
思わずテンション上がり気味に叫んでしまうが、それは一昔前流行った食玩だった。当時は欲しくても買えない環境だったし、いつも足を止めては指をくわえて見ているという日々だった……それがまさか、今この場で見ることになるとは、とはいえ、あれは子供の頃だ、今見ればとても簡単な玩具だ、ここのぜんまいとなっているピエロの手首をぐりぐりと回せば……首と手と足がぶんぶんぐるんぐるん回る、オマケに目が光る。 うむ、超怖いしくだらん。
……その後、ぜんまいが力絶えたところで「ありがどー!」っと叫ばれたので不覚にも焦った、これが欲しかった当時の俺はよほど頭が沸いていたのだろう。
「……何してるの……やーにぃ」
そして静まり返っていたこのゴミ貯めのような部屋に張りがなく、今にも息絶えそうな声が響いた。
「あのな、前にも言ったが、兄貴かソレか、呼び方安定させろよ」
「……めんどい」
「お前の思考回路には悩まされるよ」
「……それは私のせいじゃないかな、可愛そうな頭をお持ちになったやーにぃのせい」
「あらあら奥さん、嫌だわぁ、喧嘩売るのがお上手ね」
「やーにぃは油売るのがお上手ね」
「……そうか、俺とこの場で決闘でもしようっていうんだな!」
「寝込みの妹襲っておいて何を言う」
「あのなぁ……」
そして萌月はベットからもそもそと出てくると、嫌がらせなのかなんなのか分からないが、その辺に落ちていたパンツ二枚を拾い上げ、それを両手に持ち――。
「お前、一体何を……」
「え、悪霊退散?」
「悪霊をパンツで追い払うやつ見たことねえよ」
「パンツ嫌い?」
「むしろ大好きだ」
「……帰って」
俺はそのまま換気が不十分で息が詰まりそうな萌月の部屋から退出し、自室へ向かった。