黒い。雛罌粟の花(2)
「色々と危ないところだったが……今は大丈夫だ、後は任せた」
輝山先輩はそう言うと美黒の背中を押して家の中へ入れ、自分はスッと身を引いていってしまった。
「……本当に先輩は何者なんだよ……」
それに去り際に言った今は大丈夫とか、後は任せたとか気になるが、それ以前に何をしてきたのかは俺には分からない、呆けている美黒から聞けばいいか……。
「み、美黒!? どうしたのその血!」
なんて暢気に構えながら靴を脱いでいると萌月が声を裏返しながら叫んだ。
「……」
「……見せてみろ」
確かに言われて見れば左肩、そこから続いて背中、そして額、血が付いている、そう、付いているだけで怪我は無いようだ。となるとこの血は……まさか。
「先輩……?」
そこでようやく先輩が言っていた言葉がパズルのように埋まっていく、自分で自分の血の気が引いていくのを感じながら美黒を見た。
「怪我は……無いのか?」
「……うん」
「話してくれるか……?」
「…………うん」
萌月はこういうときは気が利く、ここに居るべき出ないと察して自室に戻って行ってくれた、妹ながら姉のことは心配だろう、けれど今はこの不甲斐無い兄を頼ってくれていると思うと思わず目頭が熱くなるが、それどころではない。
「保健室で寝てて、物音がするな、って思って、起きたらみゆちゃんが真っ黒なスーツの人と戦ってて」
話が断片的過ぎる、俺の全妄想力を持ってでもギリギリだぞ。
「その、黒いスーツの人が拳銃持って、撃ったと思ったら倒して……それで、黒いスーツの人が……こいつもあの七海とかいうガキみたいに……し……」
美黒の顔が青ざめていくのが分かった、言ってることはむちゃくちゃだが、大体どんなことが起きたのかは分かる、今は有り得ない事が起きて当然なのだ。
それに、七海ちゃんが死んでいるという事実を知ってしまったのだろう、今まで頑張っていたのは全て無駄だったということを目の前で暴露されたのだ、ショックは相当な物なはずだ。
「……ゆっくり休め、余計なことは考えるな」
「……」
美黒は上の空で足の無い幽霊のようにスススッと自室に向かった、少し萌月のやつに監視させる必要がある、何をやらかしてもおかしくはない。
先輩は大丈夫だろうか……。
携帯を取り出し電話をかけてみる、4回ほどコールした後ガチャリという機械的な音と共にあの声が聞こえた。
「どうした? 弥一よ」
「無事だったんですか……よかったです」
「そこはノーコメントだ、決して脇腹と右肩に鉛玉を食らった等は無い」
「……」
「あの形状はグロックだろう、軍じゃあるまいし、なんであんな物を」
わざわざ心配させるような言葉を……相変わらずだな、この辺は。
「……大丈夫ですか?」
「今にも息を引き取りそうな病人に、お元気そうでなによりです、っというくらい驚きの言葉だな」
冗談を言う程度の元気はあるということだろうか……。
「……すまないな、あの時言ったように一度しか守ることはできないようだ」
「……どういう意味で」
「一つ、言わせてくれ、今回の件だが、どう転んでも決して自分を責めるんじゃない、運命というのはいつも残酷な物だ、神など居ない、だから、悔いの無いように走れ」
「……せめて最後くらいはゆっくりしたかったが」
待て、どういうことだ……? いくらなんでも話が急すぎる。
「また、いつもみたいに会えますよね、いきなりポンと出てきては少年少年と、言ってきますよね」
「……私はさっさと成仏したいのだが」
「さっきから遠回しに、今すぐに死にそうって言ってますが……」
「……少年は私がいないと何もできないのか? 今まで何度か助けてきたが、少年はその度いつか先輩のようになりたいと言っていた、私のようになりたいのであれば私に依存してれば永遠になることはできんな、真似できてるのは口調と性格だけか?」
「……」
「いいか? 悔いの無いように、妹を守れ、それだけだ」
「……俺はまだ先輩に何一つ恩返ししてません、勝手に死なれては困るんですが」
「恩返し? そうだな……こんど会ったときにでも答えを聞かせてもらおうか」
「……?」
「私は人助けが好きってわけじゃない、弥一だから助けていた、意味は、分かるな? 時間だ、また会おう」
ガチャリ、ツーツー。 そんな機械音がいつの間にか耳に響いていた、本当に何から何まで自分勝手で、むちゃくちゃで、何を考えているのか分からない、そんな人だ。
遠回しに何度も、私は死ぬっと伝えていたが、俺は信じてはいない、どうせ先輩のことだ、たとえ頭にマシンガンで撃たれようが、象の群れに踏み潰されようが生きているだろう。




