シロツメクサいっぱい
「大丈夫……? 美黒ちゃん?」
……。
「あ、あの……?」
「……あ、わ、私?」
目の前にいる少女は私の机に両手を付きながら顔色を伺うようにして立っていた。 この子、変わったよね、最初に出会ったときはいじめられた子犬みたいにビクビクしてたのに。
「それで、どうしたのももちゃん」
「う、ううん……元気なさそうだったから、保健室行く?」
「うーん、そう……だね、いこうかな」
「それじゃ……私が」
「大丈夫大丈夫、一人でも平気、次の音楽だから移動教室だよ? あと、私保険室って先生に言っといてほしいな」
私が優しさをわざと蹴って返すと鷹咲ももは気まずそうに小さくうなずいてその場を去っていった。
あの子は変わった。というより私が変えた、まだ一ヶ月も経ってないのに出会ったばかりとは違ってあの子はいろんな人と話せるようになっている。 人を助けるってこういうのではない気がするけど、それでも何故か助けた気分で嬉しい。
私はそう思いつつ席を立ち、自分でも可笑しいと思えるほどにふらふらと廊下を歩いた。
ももちゃんを見てると不思議と昔の自分を思い出す、それは……一昨年の夏のこと――。
あの頃の私は言葉だけで表すと優等生だったと思う、教師からはお手本となる生徒、っとして褒められていたくらいに。
勉強は授業聞くだけで理解はできたし スポーツもどれも単純なものばかり、音楽はただ歌えばいい演奏すればいい、美術は言われたとおりに描けばいい。 だけど、その頃、内弁慶だった私は学校ではおとなしく、ソレでいてなんでもこなすんだから同級生からはいい目では見られては無かった、いじめもあったし、教師からもちょっぴりだけ嫌がらせを受けたりもした。
けど、それはそれ、別に辛いなんて思ったことも無かったし、普通に今まで通り、相手にすれば相手が喜ぶ、なら放っておけばいい。
ただ、そんな私に好きなことはあった、それは中距離走。 単純なスポーツだけどこれはまた奥が深い、600mという距離、その距離をしっかり自分の体力と相談して速度を決める、温存しすぎれば遅くなり、かといって最初から全力で行けばバテてしまう。 この絶妙な駆け引きが大好きで私はバカみたいに走っていた。
そして、先生の薦めもあってその夏に大会に出ることになっていた。初めての大会、その時、今まで私のやってきたことをみんなに見てもらうのが嬉しいと心から思っていた。
そこで、考えもしないことが起きたわけだ、私は我慢できずに大会で走る場所を見に行った、今までは足場は土、けれど今回はなんかゴムというか人工芝みたいな足場。 そういったのを見て満足し、電車に乗って、降りて、ホームへ向かうところだった、そして、考えもしないようなことが起きた。
下りのエスカレーターに乗り、関西と関東だと寄る方向違うんだっけ、とか考えていると、勢い良く背中を押される感覚が走ったのだ。
ハッと思い手を前に付こうとしたが下りのエスカレーター。 手を付こうとするとそこには数段低くなった足場、そして勢いに任せて転がる体、全身が痛み、まるで紐の無いバンジージャンプをしたような感覚。 しかも運の悪いことにこのエスカレーターは少し長いのだ、当然転がり落ちる時間も増える。
口の中が血の味で広がり、体中を金属バットで一斉に殴られたような激痛、動くこともできなければ泣くこともできない状態、目だけでエスカレーター上を見れば……今まで一緒に走ってきた陸上部の仲間、……いや、薄く笑いながら私を見下ろす同級生が居た。
次に気が付いた時は天井が見えている、全身の痛みは嘘のように消えている、ただし、体は動かない。
目だけで周りを見ればこっちを見て喜ぶお兄ちゃんが居た。
「い、気――た、か」
その横では真っ赤にした目を擦る萌月の姿。
少し安心した私はそのまま視線を下に下ろすと、エジプトのミイラのように包帯でぐるぐる巻きにされた両足が視界に入り。
「……ああ」
っと声を漏らしてから瞼を下ろした。
「ほんと美黒は足速いね、というか走り方上手い、いいなー」
「絶対大会で優勝だな、ははは」
「よし、もう一走りすっか!」
笑いながら走りあった仲間、その人に背中を押された、この衝撃もそこそこ大きかったが、何より、楽しみを無くされてしまった喪失感はとてもじゃないが、言うほど簡単じゃない。
生甲斐と言っていいほどに頑張っていたこと、それを無くされるのは辛い。 単純に言い纏めると。絶望。
瞼は閉じたまま、涙を流した、じわりと涙が滲む感覚を覚えながら、単純に呪った、車に轢かれて死ね、全員死んでしまえ。
いや……それじゃ許せないな、殺そう殺すしかない。ははは……。




