A.えねみー(3)
犬か猫か鼬か、小動物であることを祈りたいが、何かがいるのは確かだ、もしいなかったとしたら俺が位置を少し変えてしまい、何かの拍子で落ちてしまったのだろう。
いやいやいや、冷静になっている場合ではない、本能で逃げろと脳で警鐘が鳴り響いている、昔大型犬に追いかけ回され挙句の果てに4針縫う噛み傷を食らったことを思い出す。
「くっそ……」
そして声を確認、確かに誰かが小言を漏らした、こんな細い路地を都合よく通るはずがない、いるのだ、尾行が。 ようやく事の重大さを理解したように俺は後ろへ後ろへと物を撒き散らして走った。
自転車、盆栽、ポリバケツ、物干し竿、振り返ればきっと悪ガキが暴れまわった後のような惨事になっているのだろう。
―――それから5分ほど走り回り、ようやく背後での音が消えた、一旦諦めたのだろうか、俺は安堵の息を漏らしながら路地を抜ける、まずはここがどこなのかを把握しないといけないわけだが――
「キミ、瑞山弥一君だね?」
「しまっ――」
油断しきっていた、まさか、先回りされているとは……こんなひょろっこい今時の若者(優等生Ver)に尾行されるとはな、しかも最後の最後は捕まってしまった、なんてことだ……。
「そう、世界は終わりだ! みたいな顔しないでくれないかな? 僕は坂兎雪虹栄……坂兎七海の兄だよ」
「……一ついいか?」
「?」
「それ、偽名か芸名だろ」
「気にしてることをダイレクトで言わないでくれるかな?」
この明らかに偽名を名乗ったこいつ七海ちゃんの兄らしい、だが、坂兎家のやつがわざわざ直接尾行だと? 何を考えている?
「お前が七海ちゃんの兄という証拠は?」
「そんなの普段から持ち歩いてるわけないでしょ、常識的に考えて」
「なら、身分証明書くらいあるだろ、学生なら学生証、成人なら免許証くらいあるはずだ」
「なるほどね、ほら、学生証」
坂兎雪なんとかはそういい待ってましたと言わんばかりに胸ポケットから学生証を取り出した。
確かに、坂兎雪虹栄っと……。
「本名かよ……マジかよ……」
「気軽に雪虹栄って呼んでくれていいからね」
「呼ぶかバカ野郎、長すぎるわ」
「友好的に雪君とか栄とか、虹君でもいいけど?」
「レインボー坂兎とでも呼ぶとしよう」
「ははは、弥一君は面白いね」
……友好的に話しかけてきてよくわからないやつだ、尾行していたことと何を考えて美黒を利用しているのか、聞きたいことは山ほどあるが……その前に生きて返してくれるのだろうか……。
「何故、尾行している?」
「それは父さんの犬でしょ、僕は単に弥一君に会いたかっただけだよ」
「なら、聞かせてくれ、なぜ美黒は……いや、俺の妹は七海ちゃんの代わりをしている?」
「逆に聞くけど、何で美黒ちゃんは七海の代わりをしているのかな?」
「質問に質問で返すな、バカだと思われるぞ」
「はは、そうだね」
雪なんとかはへらへらと笑いながらゆっくりと口を開いた。
「簡単に言えば、お金の問題かな、妹が自殺する前に妹に渡っていたお金を全部父さんが取る為に代わりをしてもらっている、って聞いたかな」
「自殺……だと?」
話だけを聞けば具体性が無いわけではない、それよりもだ、まだ10歳前後の女の子が自殺をするだと……一体何をどうしたっていうんだ? どこまで追い詰めたんだ? そしてそのことを見ず知らずの男に笑いながら話す、こいつもイカれている。
「ま、そう怒らないでよ、自殺って建前で、毒を用意したのはこっちなんだから」
「ふざけんなよ……お前、実の妹が毒で死んだ、いや、殺されたってのに何も思わないのか?」
「妹だけじゃない、祖母も母も、邪魔になったら自殺、事故死、という建前で死んでいく、仮に僕がヘマをすれば事故死でもさせられるんじゃないかな」
狂っている、まるでいつ死んでもどうでもいいような、ゲームのように何度でも生き返れると思っているような軽口、これはもう病気だ。
「そうそう、いいことを教えてあげる、病院に行っても無駄だよ、僕がここで引き止めなかったら君は電車のホームで何者かに背中を押され、死亡するはずだよ」
「……美黒は、萌月はどうなる」
「瑞山萌月は関係ないね、死のうが生きようがどうでもいいって感じだったはずだよ」
「……美黒は」
「美黒ちゃんはどうだろうね、僕の予想だと事故死、というかひき逃げなんじゃないかな、毒とかキミみたいなホームで、とかは無いかな」
「死因を聞いてるんじゃないクソ野郎が、どのくらいの確立で命を狙われるか聞いてんだよ」
「絶対死ぬでしょ、お金移動し終わったら邪魔なだけだしね」
ダメだ、こいつは人間という生き物じゃない、鬼、いや、ゴミか。
「最後に一つだけいいか?」
「いいよいいよ、楽しかったしね」
こんな会話を楽しいと笑うか、ふざけたやつだ。
「お前はそんなことを喋って良かったのか? 俺は美黒が殺されないように守るぞ、命がけでな、どこぞの兄のように死んで当たり前だと、放置したりはせん」
「うーん、じゃあ、キミが命がけで守る様子をビデオにでも撮って暇つぶしに見ておくかな」
結局は、何も考えて居ないのか、狂っているんじゃないな、ただのバカだ。
「それじゃ、そろそろ僕は行くよ、ビデオに撮りたいから、今から病院なんて行って『事故死』しないでね、あとアドバイスを3つ、優しすぎるのも毒、諦めが悪いのは傷…………王手、飛車取り」
流石キチガイという人種だ、言語は日本語だが、わけがわからない。
「そうかい、ありがとうよ」
感謝できる人間と出来ない人間、できるものは心が優しく、できないものは天邪鬼、昔おじさんによく言われたものだ。




