一時間目:りゅーげ(7)
その後、頭グリグリ代として付いて来てね、っとむちゃくちゃを言われてしまった。 なんと現金な娘だ、将来詐欺師かニートのジョブしか残ってはいないだろう。
背中を押されるように店内に入れば目に飛び込んで来たのは子供体系のマネキンに、薄水色の少し派手な下着が着せられているのが見える。
それだけでも気が引けるのに、レジのお姉さんと店内のどこからか「いらっしゃいませー」っと気さくにテンプレ化された単語を告げられたのだから余計に後ろめたい気持ちが膨張してきている。
「……よし、いこ、やーにぃ」
「……ああ……」
普段見せない少し興奮気味な様子に思わずこんな一面もあるんだな、等と思ってしまったが正直かなり恥ずかしい、外を眺め、気を紛らわせておかなければこの場に留まることはできないだろう。
俺は車酔いに襲われたバスの乗客のように必死に窓に顔を映らせる、時に、女の買い物は入浴に匹敵するほど長いという、言えば、1時間を優に超える、たまに風呂をたった5~10分で上がってくる女もいるが、それはまたほんのごく一部だろう、大袈裟に言ってみせるならそういう女は天然記念物並みである。
「……あ、これもいいかも」
店内にはあまり客がいなく、萌月の声がとにかく響いている、店員も萌月が常連の客なのかどうか知らないがとても対応良く世間話まで始める仲であった。 そしてたまに「あそこにいるのお兄さん? あ、ほんと? 危うく通報しかけちゃったわ、うふふふ」という冗談には聞こえない会話まで聞こえる始末。
「……ん?」
ただただ外の様子を舐める様にしか暇を潰す方法が無かった俺に、ふととあるものが視界に入った。 どこかで見覚えがある黒い外車。……桜光小学校にあったあの車か。
よく観察してみるが、窓は外から覗かれないような仕様であり、やはり中は見ることが出来ない、この店の反対車線に駐車しているのだが、この辺りに何の用だろうか、っと見ていると車の中から俺の良く知る人物がひょっこり顔を出した。
「……何故あいつがここにいる」
しかも、シーツを着てサングラスを着用し、その辺のドラマでボディーガード役をしてそうな見かけの男性が数人。 その男に囲まれながら、瑞山美黒がこちらを指差している。
「いや、これは……」
さらに横にいる男二人を連れ、こちらに向かってくるようだ、これは、面倒なことになる前に退避しなければ……。
このままそそくさとこの店を出るのは逆に美黒に反応されそうだ、隠れるのがベストか……隠れる場所としたら……もうあそこしかないよな……。
「ちょっと来い」
店員と談笑しつつ、下着を選んでいる萌月の手を引き試着室に連れ込む。
「ちょ、何!? 何!?」
「落ち着け、簡単に言えば少しの間だけ我慢してろ」
「は……はぁ?」
外からは「お、お客さま!?」っと店員が焦る声が聞こえてきている……焦るだろうなそりゃ、大胆にも試着室に男女が共に入るなどもはや狂気の沙汰だ。
「……説明」
普段以上のジト目から「チョー恥ずかしいんデスケドー」みたいなことを言い出しそうだ。
「聞け、萌月、人間の脳は容量で言うと4テラバイトしかないのだ、いや、4テラバイトもある、最近のパソコンの容量並みだ」
「……で?」
「考えても見ろもしサイボーグを作るなら頭の中には4テラバイトのHDDを積めばいいのだ、そう考えれば、人間がサイボーグを作りまくり、ロボットの反逆を受ける日が実は近いんじゃないか、っと思えたりしないか?」
「……訳わからない、頭に蛆でも沸いたの?」
「どう経由して脳に蛆が進入するのか1から説明して欲しいものだな」
とにかく時間を稼ごう、試着室内から美黒達が何をしているのか覗くの悪くは無さそうだが、下手すればばれる、ばれればいい方向には進まないだろう、それはもう色々と。
◇
「いらっしゃいませー」を美黒達が入店した合図として聞き「ありがとうございましたー」を店を出て行った合図として俺達はようやく試着室から脱出した。
それにしても、あいつらは一体何しにきたんだ? そんな疑問を浮かべる中で先ほどの車を見れば、そこには既に無くどこかに移動しているようだ、それに、服を選ぶにしては時間が短すぎる、まるで店を一周して出たようなタイムだった。
となれば、服を買いに来たわけではない。 ううむ……。
その後、萌月はすっかりテンションが落ち着き、お目当てらしい下着を3着ほど買ってから店を後にすることにしたようだ。
どうでもいいことなのだが、最近の下着はどうも高いな、上下3着で万札とは、たったのぬのっきれ3枚だぞ、いくらなんでも高級品すぎる。