表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/33

其ノ弐拾弐 ~悲シキ真実~

「…………」


 天庭を振り上げた一月は、直ぐに振り下ろそうとはしなかった。

 一月の視線は、足元に伏す琴音に向けられている。

 鬼と化した少女もまた、一月を見上げた。

 そして――亡者の負念の集合体の少女は、一月に向けて言葉を発した。


《殺すのか? 私を……二度も》


「……!?」


 鬼が発した言葉を、一月は理解出来なかった。

 彼女が語尾に付けた、『二度も』という言葉の意味が分からなかったのだ。


「……どういう意味だ、『二度も』って……!?」


 気が付くと、一月は天庭を降ろしていた。

 鬼と化した琴音の言葉に、彼は気を奪われていたのだ。

 

《忘れたのか……? 私が何故、死ぬ事になったのか……!!》


 琴音は、立ち上がった。

 彼女の腹部の傷は既に塞がっており、最早跡形も無かった。

 ゆらりゆらりと、幽霊を思わせる足取りで、琴音は一月との距離を詰める。

 

《お前が……私に何をしたのか……!!》


 再び、琴音の声が一月の頭の中に。

 彼女が歩みを進める度に、縺れた前髪が左右に揺れる。


「一体、何を言ってる……!?」


 自らに向かって歩み寄って来る琴音に、一月は問いかける。

 彼はもしかしたら、鬼が自身を惑わせようとしているとも思った。

 だが、それ以上は何も言葉を返せなかった。

 鬼と成った琴音の不気味さ、威圧感に、精神的に追い詰められているのだ。


《……!! いつき、だめ!! 耳をかさないで!!》


 次に一月の頭に浮かんだのは、切迫した千芹の言葉。

 しかし、白和服少女の言葉を聞く余裕など、一月には残されていなかった。


《……シラを切るのか……》


 琴音は、一月の間近にまで距離を詰めた。

 そして、彼女は下に向けていた視線を上に向け――少年を見た。

 前髪の隙間から覗く、憎しみと殺意に満ちた恐ろしい瞳で。


「!!」


 琴音の形相に、一月は戦慄した。

 直ぐに彼女から離れようとしたが、その瞬間に琴音から、次の言葉が発せられた。


《だったら、教えてやる》


 琴音は、その右手を一月に向かって伸ばす。

 彼女の人差し指が、少年の額に触れた。

 その瞬間――。


「!?」


 一月の視界が、まるで黒いカーテンで覆い尽くされるかのように、暗転した。

 意識が、まるで刈り取られるように遠く。



  ◎  ◎  ◎



(……!?)


 目を開いた時、一月はその光景を見下ろしていた。

 まるで空を飛んでいるかのように、自身の体が宙に浮いている。

 ふと、彼は思い出した。視界が暗転する直前に、琴音が自身の額に指を触れた事を。

 これは、鬼と化した琴音が自身に見せている光景――そう辿り着くのに、一月はさほどの時間を要しなかった。 


(一体、何を見せるつもりなんだ……!?)


 困惑しつつも、彼は眼下に広がったその光景を見つめる。

 まず目に留まったのが、鵲村の公民館の屋根。

 そして、公民館の入り口から出てくる、多くの人々。

 人々は皆、男性も女性も黒い服に身を包んでいた。


(!? これって……!!)


 一月は、自身が見下ろしている光景に既視感を抱いていた。

 彼の予感は、公民館の入り口の横に立てられた立札に書かれた内容によって、確信へと変わる。

 その内容とは、


『平成××年 九月二十三日。忌中 金雀枝栄一』


 白字に筆筆で、そう書かれていた。

 

(父さんの、葬式……!!)


 一月が見下ろしていたのは、一月の父の葬式の日の出来事だったのだ。

 現在は亡き金雀枝一月の父、金雀枝栄一は、鵲村でも有名な大工職人。

 家を建てるだけでなく、日曜大工として招かれたり、雨漏りを直したりなど――大工としての仕事に信念を持ち、村人へ多大な貢献を残した。

 しかし、建設中の不慮の事故によって、帰らぬ人となってしまった。

 金雀枝栄一が亡くなってから数か月後の事――彼の葬儀が行われた時の光景を、一月は見せられているのだ。

 立札に書かれた年によれば、二年前だった。


(……!? 九月二十三日!!)


 立札に書かれた日時に、一月は驚愕した。

 二年前の九月二十三日――。


(琴音が亡くなる日の、前日!!)


 そう。二年前の九月二十三日は、秋崎琴音が殺される日の一日前である。

 途端、斎場として使用された公民館から、一人の少年が出てくる。

 

(あれは……僕……!?)


 一月には一目で分かった。

 今、数人の大人に混ざって公民館から出てきた少年は、紛れも無く自分自身であると。

 二年前当時は、一月はまだ中学生だ。

 

(…………)


 中学生の一月は、面持ちを悲しみに染めていた。

 彼は、多くの人に貢献している父を尊敬していたのだ。

 自身が誇りに思い、尊敬していた父が突然、居なくなってしまった。

 眼下の光景を見つめる一月も、父が不幸に見舞われた時の気持ちをまだ覚えている。

 しかし、今はその事を思い返している状況では無かった。

 

 琴音が鬼に付け入られる原因となった出来事が、明かされるかもしれないのだから。


(でも、父さんの葬儀と琴音の死……どんな関係が……!?)


 怪訝に思いつつも、一月は眼下に広がる、二年前の九月二十三日の光景を見守る。

 公民館から出た中学生の一月は、中学校の制服姿だった。

 学生にとっての一番の正装は制服。彼は制服姿で、父の葬儀に出席したのだ。


「うっ……!!」


 公民館の入り口の側で、中学生の一月は父を失った悲しみに暮れていた。

 片手で顔を覆い、その頬に涙を伝わらせている。

 すると、一人の少女が彼を見つけ、駆け寄って行った。

 一月と同じ中学校の女子用制服を身に纏った、長めの髪型をした少女。

 他の誰でも無い、彼女だった。


(琴音……!?)


 秋崎琴音。

 一月の想い人であり、親友でもあった少女。

 彼女はまだ鬼の姿では無く、普通の中学生の少女だった。

 

 一月と仲の良かった琴音も、誼で一月の父の葬儀に出席したのである。

 琴音は、中学生の一月に駆け寄ると、彼に声を掛けた。


「いっちぃ……」


 その光景を見守っている一月にとっては、懐かしい呼び名だった。

 中学生の一月は、琴音を振り返る。

 彼の涙に潤んだ瞳に、少女の顔が映った。


「お父さんの事……残念だったね……」


「…………」


 中学生の一月は、琴音の言葉に返事を返さなかった。

 彼は視線を琴音から外す。

 公民館前の庭の片隅で、中学の制服姿の少年と少女は佇んでいた。

 悲しげに吹いた風が、二人の髪や制服を小さく靡かせる。


「気持ちは分かるけど、気を落とさないで……」


 悲しみに暮れる一月を励ますつもりで、琴音は少年に言葉を掛けた。

 しかし、


「気持ちが分かるとか、軽々しく言うな!!」


 中学生の一月が、声を張り上げた。

 彼は再び、琴音を振り返る。


「……!!」


 一月の権幕に怯えるように、琴音は表情を変化させる。

 

「今の僕の気持ちは、誰にも分かる訳無い……!!」


「そんなことない、私にだって!!」


 胸元で拳を握りつつ、琴音は中学生の一月に言う。


「私にだって分かるよ……? 今のいっちぃの気持ち……!!」 


 生前の琴音は、とても心優しい少女だった。

 せめて少しでも、父親を失った一月の力になりたかった、彼女は、ただそれだけのつもりだったのだ。


「いいや、君には分からない!!」


 しかし、琴音が続けようとした言葉を、中学生の一月は遮った。

 

 そして、彼は言ってしまった。

 琴音にとって最も残酷な――彼女の心を深く抉るその言葉を。


「だって君にはもう、お母さんもお父さんも居ないじゃないか!!」


 言ってしまった直後、中学生の一月は自身の口を手で覆った。


「!!」


 しかし、そんな行為は無意味だった。

 言ってしまった言葉は戻らないし、取り消す事も出来ない。


(……!!)


 その光景を見下ろしていた一月は、表情を驚愕に染めていた。


「……どうして?」


 一時の沈黙の後、まるで呟くかのように、琴音が発した。

 彼女の両目には涙が溜まっていて、涙の一雫が琴音の頬を伝い、滴り落ちた。


「どうして、そんなこと言うの……?」


「あ……!!」


 琴音に対して、両親の話は『禁句』だったのだ。

 幼い頃、琴音は両親を自動車事故で亡くし、祖母の家に引き取られて育った。

 それから何年もの間、彼女は悲しみを表に出さないよう、気丈に振る舞っていた。

 だが、一月の言葉で――彼女が必死に隠していた想いが、溢れ出す。


「ひどいよいっちぃ……!! 私だってもっと、お父さんとお母さんと一緒に居たかった、もっと楽しい思い出作りたかった、もっとお話ししたかった……!! それなのに……!!」


 琴音は両手で顔を覆いつつ、両親への想いを募らせる。

 彼女の声は、まるで震えるような涙声。

 琴音の涙を見たのは、一月は初めてだった。


「琴音、ごめ……!!」


 一月の表情から、先程までの権幕は消え去っていた。

 彼は両手で顔を覆って涙声を漏らす琴音に手を伸ばしつつ、謝罪の言葉を紡ごうとする。

 しかし、彼が伸ばそうとした手は、思い切り払われた。

 まるで拒むかのように、琴音が一月の手を振り払ったのだ。


「いっちぃのバカ!! 私の気持ちなんて何も知らないくせに!!」


 琴音は両手の拳を握り、涙声を張り上げた。

 また一雫、彼女の頬から涙がしたたり落ちる。

 一月に返事をさせる暇も与えずに、琴音は続けた。


「大っ嫌い!!」


 そう言い残すと、琴音は踵を返して走り去っていく。

 中学生の一月はその後ろ姿に手を伸ばした。

 しかし、それ以上――彼女を引き留めようとはしなかった。


(思い出した……!! 全部……!!)


 その光景を見ていた一月は、全て思い出していた。

 琴音が殺される前日に、何があったのか。

 そう、一月と琴音――これまで仲の良かった二人が、両親の事で喧嘩をしたのだ。

 

(……!! まさか……!!)


 一月は、千芹の言葉を思い出した。

 

“だから何か……ことねにとって耐えられないような、とても悲しくて、とても辛いことがあったんだと思う”


 琴音が殺される前日に起こった、琴音にとって耐えられなく、悲しく、辛い事。

 鬼が琴音に付け入る隙を見出した出来事。

 もしもそれが、今見せられた光景だったのだとしたら――。

 浮かび上がった恐ろしい予感に、一月は心臓を鷲掴みにされるような感覚を覚えた。


(琴音が殺されたのは……)


 もしも、一月の予感が正しいのなら、

 もしも、今見せられた光景が真実なら、

 もしも、中学生の頃の一月が言った言葉で琴音が傷付き、彼女が鬼に付け入られる事になってしまったのなら――。


(……僕の、所為……!?)


 琴音が殺される原因を作ってしまったのは、一月という事になる。

 少年にとって、余りにも……悲し過ぎる真実だった。


(そんな……そんな!!)


 嘘である事を願いたかった。

 もし出来る事ならば、今の光景が鬼が自身を惑わせるために見せた、虚偽の光景である事を一月は願いたかった。

 次の瞬間。一月の頭に再び、鬼と成った琴音の言葉が浮かぶ。


《分かったか? お前が私に何をしたのか……!!》


(……!!)


 一月を責めるかのように、琴音は言葉を重ねる。


《お前の汚い言葉で私がどれ程傷付き、絶望したのか……!! 私がどれだけ辛かったのか……!!》


 憎しみに満ちた少女の声が、一月を襲い続ける。

 

《それを知らないとは言わせない……!!》


 何も、一月は言葉を返すことが出来なかった。

 有無を言わせない威圧感に溢れる言葉を、彼はただ聞いている事しか出来ない。


《思い知れ……!! お前の犯した罪を、私の辛さを……思い知れっ!!》


 その琴音の言葉の直後――再び一月の視界が、暗転した。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ