表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/33

其ノ拾七 ~事ノ後~


 青い光を纏らせた小刀を片手に、千芹は琴音へ向かって一直線に駆ける。

 彼女の腰まで伸ばされた艶のある黒髪や、白い和服の袂が優雅に靡く。

 

《……!!》


 琴音の視線が、千芹に向いた。

 鬼と化した少女の発する、まるで浴びされるような殺意が千芹を包む。

 だが、青い光を宿した小刀を持つ幼い少女は、怯まない。

 千芹の凛とした瞳は、一月を捕らえている琴音を映していた。


《邪魔は、させない……》


 一月を捕らえる傍らで、琴音はもう片方の手を伸ばす。

 黒霧に身を包む少女が手を伸ばした先には、千芹の姿が。

 

(……!!)


 首を黒霧で捕らえられつつも、一月は千芹の姿を視認していた。

 そして同じく、彼女に向けて手を伸ばす琴音の姿も。

 千芹に向けて手を伸ばす、鬼と化した琴音。

 琴音に向けて一直線に走り寄る千芹。

 このままではどうなるのか、一月には容易に想像が出来た。


(駄目だ、君も捕まる……!!)


 そう。このままでは、千芹も同じように黒霧に捕らえられてしまう。

 彼女の身を危惧した一月は千芹を制しようとするが、黒霧に首を締められ、声を出すことが出来ない。

 刹那。琴音が伸ばした手から黒霧が発生し、まるでそれ自体が命を持つかのように、千芹に向かって伸びていく。

 

(危ない!!)


 自身の命が危機に晒されている状況にも関わらず、一月は千芹の身を案ずる。

 彼女が黒霧に捕らえられてしまう最悪の状況が、彼の頭に浮かんでいた。

 しかし――状況は、一月の思わぬ方向へ転じる。


「我が行く先から、鬼の穢れを祓い退け賜え……!!」


 自身に向かって迫り来る黒霧に正面から走り寄りつつ、千芹は小さな声で呟いた。

 そして彼女は、小刀を握っている方では無い手を眼前に掲げ、印を結ぶ。

 人差し指と中指を立てた印だ。


「阿毘羅吽欠蘇婆訶!!」


 続いて千芹の口から発せられたのは、一月には意味不明な言葉だった。

 小刀に青い光を宿した時とは違う、真言である。

 

「んっ!!」


 黒霧が千芹に触れようとした瞬間――白和服少女は小さく声を漏らし、右腕を振り上げた。

 琴音が発した黒霧が、彼女の純白の和服の袂に触れる――その瞬間だった。

 バチッ、という雷が瞬くような音が発せられ、千芹と黒霧の境目の部分に、青い火花が迸る。

 まるで川の中心に突き出た岩が流れを二又に分けるかのように、千芹を境に黒霧が分かれたのだ。

 宛ら、千芹の純白の和服の袂が盾と成り、少女を黒霧から守ったかのような光景。

 思いもしない防御だったのだろう、鬼と成った琴音の表情に驚きが浮かんだように、一月には思えた。


《……!?》


 千芹は、黒霧を防いだだけでは止まらない。

 白和服少女は琴音目がけて、居間を裸足で駆け続ける。 

 程なく、白和服少女が黒霧に包まれる琴音の眼前まで駆け寄った。

 白い少女と黒い少女。仕掛けたのは、白い少女――千芹の方だった。


 千芹は青い光を纏った小刀を振り上げ、琴音の胸を切り付けた。

 先程と同じように、青い火花が散る。


《!!……》


 痛みに表情を歪めるような仕草の後――千芹が切り付けた場所を境に、琴音の姿が消えていく。

 同時に、一月の首を捕らえていた黒霧も、消滅した。

 

「ぐっ!!」


 首の圧迫から解放された一月は、膝を崩した。

 廃屋の時と同じように、彼は咳き込んだ。

 一月の視界が歪み、激しい耳鳴りに襲われる。首を締められた影響だと、一月は思った。


「げほっ、げほっ……!!」


 咳き込みつつ、一月は視線を上げる。


「……!!」


 消えゆく琴音の両目が、一月と合う。

 憎しみと殺意に満ちた彼女の瞳が、一月を見つめていた。


《絶対に……許さない……》


(……!?)


 最後の言葉を残し、琴音は消え去った。

 しかし、正常な身体状況では無かった一月には、琴音が残した言葉を理解する事は出来なかった。



  ◎  ◎  ◎



 その後。

 一月は直ぐに、気を失った母を背負い、村の病院へ連れて行った。

 母と同じく一月も黒霧に捕まったものの、母程に長時間では無かったため、彼は事なきを得ていたのである。

 しかし、母は長時間に渡って首を圧迫された上、首を吊り上げられもしていた。

 彼女の体にその影響が及んでいないか、一月は危惧したのだ。


「ごめん一月、何か心配かけて……」


 病院のパイプベッドの上に横になったまま、一月の母は傍らに立つ息子に言う。

 一月の隣には千芹も居たが、母は息子の隣に立つ白和服少女に一切反応を示さない。

 

「別に。それより母さん、大丈夫?」


 病室には、大きな窓があった。

 鵲村に降り注ぐ雨は、未だに止んでいない。


「うん。でも、何だったのかしら、あの子……」


「あの子?」


 一月は訊き返す。

 ベッドの上で天井を見上げつつ、母は言う。


「居間にいきなり現れた、あの真っ黒な霧に包まれた女の子。どう見ても、普通の人間には見えなかったわ……」


 恐らく、あの時の恐怖がまだ残っているのだろう。

 一月には、母の声がどこか震えているように聞こえた。


「……」


 母は、鬼と成った琴音を『真っ黒な霧に包まれた女の子』と言った。

 一月の母は、息子と仲の良かった琴音の事を知っている。

 にも関わらず、名前で呼ばないという事は――。


「お母さん……きづかなかったみたいだね。あれがことねだっていうこと」


 一月が察していた事実を、千芹は口に出す。

 彼女の声は母の耳には入らず、一月にだけ聞こえた。

 気付かなかったと言えども、鬼と成った琴音の姿は生前とは似ても似つかない。

 それに、あのような状況の中では、冷静に相手を見る事など出来ないだろう。

 気付かなくても、無理は無い。


「黒い霧に包まれた女の子って……母さん、悪い夢でも見たんじゃない?」


 夢などではない事は、一月は良く分かっていた。

 けれども、説明したところで母が理解できるような事とは思えず、一先ず一月は無理のないように取り繕うことにする。


「そう言われてみたら釈然としないけど……気を失う前の事は、良く覚えていなくて……」


 母はそう続けた。


「きっと、仕事の疲れが出たんだよ」


 一月は言う。

 とその後――病室のドアをノックする音と共に、ドアが少しだけ横に開く。

 看護婦の女性の顔が、半分ほど開いたドアから覗いた。


「面会時間、終わりですよ」


「あ、はい」


 看護婦に返事を返すと、一月は母に向き直る。


「じゃあ一月、横になっていれば良くなるってお医者様も言ってたから」


「分かった、また来るから……それじゃあ」


 一月は踵を返し、病室の入り口のドアへと歩み寄る。

 その後ろに、千芹も続いた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ