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山を下りる道中。

森を抜けた私たちは、木一本見当たらない岩場に到着した。


「どこへ行けばいいかな。ここは私も来たことがない場所なので、道しるべだけを頼りに動くことになりそうです」


普段通っている道から外れてしまい、方向を掴むのが難しいようだった。

私が見るに、岩場はかなり広く分布しており、迂回するより横切った方が時間を短縮できそうだった。


熟練のガイドらしく、すぐに正しい方向を見つけ出すアデル。

私の考え通り、アデルも岩場を横切るのが最善だと判断したのか、私たちはふかふかの雑草の代わりに、硬い石と土を靴に付けることになった。


「お願いします」


背の低いテレサを、下から持ち上げては上で受け取り、

上から降ろしては下で受け取りながら、岩場の半分ほどを過ぎただろうか。


グエェッ。


どこからか、えづくような音が聞こえてきた。

この近くに酒場なんてないはずなのに。

えづくような音だなんて。

嫌な予感がする。


「停止」


クラドが状況を確認するため、音が聞こえた方向へ一人で動いた。

しばらくすると、軽く手を握っては開いて見せ、私たちに来いという合図を送った。


私たちは息を殺したまま、彼が伏せている場所まで近づいた。

そして体を低くして、クラドが指差している先を慎重に覗き込んだ。


「!!」

「……っ」


グエェッ。


巨大な体のモンスターが、白いものを吐き出していた。

そこには骨でできた小さな山があったが、所々に人間の服や持ち物があるのを見るに、人を食らう魔獣のようだった。


魔獣を見てびくっと震えるテレサ。

私は落ち着かせるように、テレサの背中を撫でてあげた。


ふと、テレサが描いた絵が思い浮かんだ。

四つん這いの大きな体躯と、頭にある豊かなたてがみが。

だが、違う点があるとすれば、あいつには翼があり、頭が一つであることだった。


念のため、尋ねてみた。


「テレサ、あなたが見たのはあいつなの?」


小さく首を縦に振るテレサ。

どうやらアトラス山脈の秩序を乱している犯人を、私たちは見つけ出したようだ。

目の前の魔獣に翼があることなど、些細な問題だろう。


「どうしますか?」

「人を食らう奴だ。このまま放っておけば、さらに犠牲が出るだろう。ここで仕留めるのがいいのではないか」


クラドの瞳には、すでに決意が宿っていた。

そう言いながらも、私にどうしたいかと意志を問うてくるが、私の心もクラドと同じだった。


「アデルさん、テレサをお願いします」

「はい。気をつけてください」


テレサの小さな手が、私の手をぎゅっと握る。

小さな手のひらから伝わってくる温かな体温。

細かく震えるその手が、どれほど緊張しているかを教えてくれていた。


私はテレサと目線を合わせた。


「すぐに終わるわ。怖くても、アデルお兄さんの言うことをよく聞いていなきゃだめよ。わかった?」


小さく頷くテレサ。

怯えているのは伝わってくるが、泣きはしなかった。

アデルがテレサを抱きかかえるようにして後ろへ下がる、その時。

豊かだった魔獣のたてがみが風に煽られ、隠れていた頭が姿を現した。

たてがみの中にあった頭は本来のものより小さかったが、役割は果たしているのか、二つの目が私たちを捉えた。


「気づかれた。遠くへは行くな。俺たちのそばにいろ!」


クラドの言う通り、見つかった以上、遠くへ離れるよりも、私たちと一緒にいる方が安全だろう。


低くしていた体を起こした。

えづいていた魔獣が動きを止め、

巨大な頭をもたげて私たちを真っ直ぐに注視するが、

それは食べられるものかどうか、獲物を判別する狩人の目だった。


重く沈んだ空気。

体を変え、こちらへ近づいてくる魔獣。


バキッ。


動くたびに、地面にある獣の骨が魔獣の重さに耐えきれず砕け散った。

そして、お互いを認識できるほどの距離になった時、歩みを止めた。



マンティコアは空が裂けた日を鮮明に覚えている。

その時を境に、自らの領域に大きな変化が起きたからだ。

それは、獲物たちが自ら彼の領域へと入り込み始めたことだった。


信じられるか。

自分はじっとしているのに、食べ物が死にに口の中へ自ら飛び込んでくるなど!

一度きりなら、獲物が自らやってくることに喜びを感じただろうが、彼はアトラス山脈の帝王だ。


一口にも満たない人間たちが、恐れ多くも自分の居所に許しも得ず足を踏み入れるとは。

いっそ自分の領域を狙って挑みにかかってきたのであれば、不快に思うこともなく殊勝に感じただろう。


だが、蹴り一発で死ぬ彼らは、いつも同じ行動を見せるばかりだった。

彼の姿を見た瞬間、顔を真っ白にして逃げ出すのに必死だった。

最初は一々相手にするのが面倒で生かして帰してやっていたが、死ななかったのが運だと悟ることもできず、再び戻ってきては地面を掘り返すことを繰り返した。


そんな人間たちの態度は、マンティコアの怒りを買うに十分だった。

人間は肉も少なく、腹を満たそうとすれば何度も狩らなければならないため、ある時から見逃していたのだが、今回は違った。

そのままにしておけば人間が延々と増え続けるという警戒心から、領域を侵す人間はたった一人たりとも生かして帰さなかった。


そんなことが繰り返されていたある日。

今までとは違う気配が感知された。


「魔獣だ!」

「魔法使いは後方へ退がれ!」


なかなかに強い一団だった。

何人かは、彼の皮に傷を残したほどだったのだから。


だが、所詮は人間。

自分の皮に傷を残したのだから、悔いなく死んだことだろう。


むしゃり。


マンティコアは獲物を荒々しく咀嚼した。

強かった人間の肉体は筋張っており、硬かった。

歯の間から伝わる感触が、今までとは明らかに違っていた。

何よりも、これまで食べてきた人間よりも濃密な味が感じられ、満足だった。


自分に向かって牙を剥いた勇敢な者たちを捕食したマンティコアは、群れの後方にいた老いた雄に近づいた。


くんくん。


老いていて不味そうだった死体。

捨てるかどうか、鼻を近づけて匂いを嗅いでみたが。

マンティコアの鼻先を、これまで感じたことのない匂いが突き抜けた。

死んだ肉体から漂っているとは信じられないほど誘惑的で、これまでのどの人間よりも濃く甘い匂いだった。


マンティコアの口からは涎がダラダラと垂れた。

初めて嗅ぐ芳しい匂いに、すぐには食べず、この瞬間をもう少し楽しみたいと思ったが、同時に本能が囁いた。


この個体は役に立つ。

喰らえ! 喰らって、より強くなれ!!


迷いは長くなかった。

マンティコアは口を大きく開き、老いた雄を一飲みに飲み込んでしまった。


すると、すぐに。


「クアァァァァァー!」


体から爆発するようにエネルギーが暴れ回り、マンティコアに凄まじい苦痛を与えた。

肉と骨を内側から引き裂くような痛みに、爪が地面を掻き毟り、尾が狂暴に振り回された。


一度の激痛が過ぎ去った後。

マンティコアに残されたのは、以前よりもさらに強固になった肉体と、肩の上に生えたもう一つの頭だった。


首筋がむず痒いように疼いた。

それに対し、マンティコアは吐き出すように力を込めた。

すると、マンティコアの口から放たれたエネルギーが、目の前にあった岩を真っ二つに裂いてしまった。


その瞬間、マンティコアは悟った。

さきほど飲み込んだ老いた人間が使っていた技術が、自分のものになったことを。


人間を食らえば強くなる。

より優越した存在になれる。


「クアァァァァァー!」


歓喜に満ちたマンティコアは、天に向かって咆哮した。

そして、新しく生えた翼を大きく広げ、人間たちがいる村へと向かって飛び立った。


あの日以来。

マンティコアは自分をより強くしてくれる人間を見つけ出すため、自ら定めた領域を離れ、人間狩りに乗り出し始めた。


そんなある日。

幼少期の記憶の中に眠っていた匂いと同じ香りを漂わせる人間が、マンティコアを訪ねてきた。

身を隠していたので、気づかないふりをした。

どう出るか見るためだ。


しかし、人間は戦う気がないのか、自分の同族を先に逃がすという選択をした。

結局、強くなった自分を見て怖気づいたあまり、他の人間たちと同じ行動を取ったのだ。

マンティコアは、幼い頃に弱かった自分に屈辱を与えた人間を始末するため、ゆっくりと近づいた。


静かだが、活火山のように煮えたぎる怒りを爆発させる直前、人間に近づいた瞬間。

今まで嗅いだことのないほど、意識を遠のけさせるような匂いが、隣にいる人間の雌から漂ってきた。


マンティコアは少し前まで誓っていた復讐すら忘れ、美味そうな獲物にすべての神経を集中させた。



「美味そうな奴がいる」

「美味い、美味い!」


目の前にいる魔獣が人の言葉を吐き出した。

これは非常に異例なことで、私たちの前にいる魔獣が特別であることを意味していた。


特別だということは、極端に弱いか、あるいは強いかということ。

私たちにとっては悪い知らせだが、今の状況は明らかに後者に属していた。


人間ではないものが無理に人の言葉を真似るのはぎこちなく不自然だったが、それがかえって奴の放つ奇妙な威圧感をより一層際立たせた。


顎先から涎をダラダラと垂らしながらも、目だけは私たちを舐めるように見ていた。

まるで誰から食らってやろうか選んででもいるかのように。


そして私は、魔獣の言葉が私たち全員に向けて放たれたものではなく、私に向けられたものだということを悟った。

魔獣から魔法的な気配が感じられるからだ。


聖剣を抜き放った。


シャキン――


金属の摩擦音が響き渡る。

それが奴の神経を逆なでしたのか、唸り声を上げながら四肢で地を蹴った。


「来るぞ!」


クラドが前方へ飛び出し、剣で攻撃を防いだ。


ドォォォン――


剣で魔獣の足を食い止めたクラド。

彼の剣と魔獣の爪がぶつかり合い、鋭い金属音と共に火花が散った。


バキバキッ――!


人と魔獣がぶつかり合う衝撃に、地がその力に耐えきれず割れ始めた。

その瞬間、魔獣の小さな方の頭から、魔法が発動される兆しが見えた。


私は葛藤に包まれた。

私一人だったら魔法を使って終わらせていただろうが……

クラドは私を、聖剣を抜いた勇者だと思っている。

短い時間だったが、クラドが魔法使いを嫌悪していることは知っている。

ここで私が魔法を使えば、私が魔法使いだということがバレてしまうだろう。


「人間、死ヌ!」


だが、迷いは一瞬だった。

私はクラドを保護するために、防御魔法を展開した。


ゴォォォォォォ――


魔獣の口から水属性のブレスが吐き出された。

だが、私の展開した防御魔法がその攻撃を防ぎきった。

その瞬間、後ろから飛んできた矢が魔獣の左目に突き刺さった。


「グアァァァー!」


頭を振り乱し、苦悶する魔獣。


「フンッ――!!」


魔獣と対峙していたクラドは、

その隙を逃さず、足を横へと踏み込んだ。

そして魔獣の胸を斜めに深く切り裂いた。


ドシャッ。


魔獣の胸から噴き出す血。

クラドがとどめを刺そうとしたが、

魔獣の激しい足掻きに、容易に近づくことが困難になった。


その機に乗じて、背を向けて逃げ出す魔獣。


「血! 回復!」

「人間、人間ノイル村!」


クラドが追おうとしたが、魔獣が翼を広げて空へと舞い上がった。


「ハハッ! 人間ハ飛ベナイ。」


それに対し、私は魔法陣で空中に足場を作り出した。


「踏んでいって!」


躊躇なく虚空に作られた魔法陣を踏みしめるクラド。

私はクラドのために、魔獣へと続く道となる橋を架けた。

その一つひとつの間隔は決して近くはなかったが、クラドは地上を走るかのように虚空の魔法陣を蹴り、素早く移動した。


やがて魔獣の頭上まで到達したクラド。

彼の剣が雷光のごとく、魔獣の頭を叩き伏せた。


墜落する魔獣。


ズゥゥン。


遠くからでも、巨体の魔獣が地面に叩きつけられる音が響いてきた。


「行ってみましょう」


私はアデルとテレサと共に、クラドが降り立った場所へと向かった。

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