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しばらく洗っていないのか、髪はボサボサになっていた。

顔は薄汚れていて、元の姿が分からないほどだった。

クラドが持っていた剣を下ろし、女の子に向かって優しい声で言った。


「お嬢ちゃん、他の大人はどこだい?」


子が首を横に振る。


「今まで一人でいたのかい?」


その言葉に、コクンと頷く。

どこか堅物そうな人でも、

幼い子供の前では少しだけ柔和な人間に変わるのだな。


クラドが女の子を連れて私の前へとやってきた。


「リエン、この子をしばらく任せます。私がこの村を見て回ってきましょう」

「はい。気をつけて」

「私も一緒に行きましょうか?」


そう言って、アデルは弓を軽く掲げて見せた。

その様子に、しばし悩む素振りを見せるクラド。


「捜索するには一人より二人の方がいいだろう。私の後ろで周囲を警戒しながらついてこい」

「はい!」


クラドとアデルが村の調査に発った間、

私と名前も知らぬ女の子だけがその場に残された。

私は周囲を警戒する子の目線に合わせるため、軽く膝を折った。


「お姉さんの名前はリエンっていうの。お嬢ちゃん、お名前は何ていうのかな? お姉さんに教えてくれる?」


私の言葉に、小さな唇を固く結んでいる子。

その様子を見て、仲良くなるには時間がかかりそうだと思った。


「お姉さんに名前を言うのが恥ずかしかったら、後で教えてくれてもいいよ」


すると、少し躊躇う様子を見せたかと思えば、

地面に落ちていた枝を拾い上げ、地面に線を引き始めたのではないか。

落書きかと思ったが、次第に文字が浮かび上がる。

地面に記された名前は「テレサ」だった。


「テレサ? それがあなたの名前なの?」


本人の名前に間違いないのか、こくりと頷く。


「素敵な名前ね。ご両親は……いえ」


回復が不可能なほどに破壊された村。

そんな場所で一人、姿を現したテレサ。

両親がいるのか聞きかけ、言葉を飲み込んだ私は、持っていた手ぬぐいに水を含ませてテレサの汚れた顔を拭いてあげた。


「ご飯は食べた? お腹は空いてない?」


お腹は空いていないのか、静かに頷く頭。

これまで何とか食事は摂っていたようだ。

テレサを拭き終えた頃、村を調べていた二人が戻ってきた。


「異常なしですね。本当にこの子一人だけだったようです」

「この子の名前はテレサです」

「そうですか。村がどうしてこうなったのかは聞きましたか?」

「それが……これを見ていただけますか?」


クラドの言葉に、私は地面に書かれた文字を見せた。


「言葉が出ないのですか?」

「そのようです」

「たまに戦場で辛い経験をした兵士が言葉を失うことがあります。テレサもそのようなケースではないでしょうか」


今日はここで一晩を過ごすことにした。

人のいない村だとはいえ、よく探せば一日を過ごせる場所はあったからだ。


「まだたくさんあるから、ゆっくり食べてね。もっと食べる?」


そして、テレサは言葉を発しない割には、意思表示はしっかりとしていた。

小さな体にこれほど入るのかと思うほどよく食べ、見ているこちらが嬉しくなる。

食事が終わると、テレサはアデルの隣へトコトコと歩み寄り、その服の裾を掴んで立った。


何故かは分からないが、テレサはアデルを気に入っているようだった。

テレサを見つけたのはクラドで、ご飯を作ったのは私なのに、なぜだろう?

私の想像に過ぎないが、テレサの父親がアデルに似ていたか、それくらいの年の兄がいたのではないだろうか。

アデルも困惑しているようだったが、テレサをよく気遣おうとする姿を見せていたので、安心して任せても良さそうだった。



私はこれが夢だと気づいていた。


師匠に出会う前、私は辺境にある開拓村に住んでいた。

そんな私が五歳になった年、私たちの村は魔族の襲撃を受けた。

その最中、私と母を助けるために扉を塞いでいた父は、魔族の攻撃から私たちを守り、命を落とした。


魔族が放った火炎魔法に焼かれたのだ。

家を飲み込む火の粉に私も巻き込まれそうになったが、母は私を抱きかかえ、かつての我が家だった場所から脱出した。


だが、燃え盛る家から逃げ出したからだろうか。

私たち母娘は魔族の目に留まり、魔族の攻撃から私を庇う形で、母も命を落とした。


魔族の狂気に満ちた目を見れば、幼い私でも分かった。

次の攻撃は、自分に向けられるのだということを。


怖くて目を閉じていたが、聞こえてくるのは魔族たちの悲鳴ばかり。

私には、いつまで経っても何も起こらなかった。


そっと閉じていた目を開けると、

どういうわけか母を手にかけた魔族と、

その一味の死体が周囲に転がっていた。


「生き残ったのはお前だけか」


その時に出会った、私の師匠。

だが、その師匠もまた、頭には魔族であるという証がはっきりと刻まれていた。

死ぬのだと思ったが、聞こえてきたのは想像もしていなかった言葉だった。


「寒いな。私と一緒に来い」


そうして師匠の下で魔法使いとして魔法を学び、長い月日を過ごした。



誰かが私の顔に触れているような感覚で目が覚めた。

目を動かしてみると、そこにはテレサがいた。


頬を伝う涙。


よくは思い出せないが、久しぶりに師匠と出会った日の夢を見ていたことだけはおぼろげに覚えている。


以前はよく見ていた夢だ。

だが、長い間この夢を見ていなかったので、その間は忘れて暮らしていたのだが。

廃墟となった村を見て再び夢に見るようになったところを察するに、忘れたわけではなかったようだ。


廃墟で一日を過ごし、整備を終えた私たちは、とりあえずテレサを連れて行くことにした。

このような場所に幼い子供を置いていけば、当面は一人で生きていけるかもしれないが、結局は大人の助けがなければ生存は難しいだろうからだ。


小さな体で険しい山行に耐えられるか心配だったが。

普段より少しゆっくり進むと、辛い素振りも見せずに私たちによくついてきてくれた。


そうしてテレサを連れて次の村に到着したのだが。

どうしたことか、ここもまたテレサの村と変わりなく廃墟と化しているではないか。


「ここに来て、これを見てください」


アデルが見つけた場所には、前の村で見たような大きな動物の爪痕が刻まれていた。


「どうやら二箇所もやられているのを見ると、ただの者の仕業ではないようです」


確かに、これほど広大な山にある村が二つも襲われたとなると、人間を狙った犯行に違いなかった。

本来は次に見える村でテレサを預けられる人を探すつもりだったが、予想に反して計画が狂ってしまった。


しばらく今後の計画を相談した私たちは、これから人がいそうな村は飛ばし、すぐにアトラス山脈を抜けることにした。

あと半分ほど移動すれば、山脈を抜けられるからだ。

テレサの合流により、村で物資を補充しなければ食糧事情は厳しくなるだろうが。

本当に必要な場合には狩りや採集で食糧を賄うことができたため、食べることは大きな問題ではなかった。


問題は、アトラス山脈の村を壊滅させている未知の敵だった。

それが魔獣であっても、アデルとテレサがいなければさほど気に留めなかっただろうが。

民間人二人を連れて、強敵かもしれない未知との遭遇は負担としてのしかかった。


できるだけ出くわさないことを願いながら移動するしかなかった。

討伐は、人を送って任せればいいことなのだから。


「もしかして、村を襲ったモンスターを見たかい? もし見たのなら、描いてみてくれないか?」


クラドが枝を差し出し、テレサに犯人を見たのなら描いてくれるかと尋ねた。

本来なら最初に出会った時に聞くべきだったが、言葉も出せない幼い子供に辛い記憶を呼び起こさせることになるかもしれないと思い、聞き流していたのだ。

だが、村が二つも襲撃されたことを知った以上、そのまま見過ごすわけにはいかなかった。


少し躊躇った後、テレサはクラドの手の中にあった枝を手に取り、地面に絵を描き始めた。


三分ほど経っただろうか。

絵を描き終えて、その場に立ち上がったテレサ。

私たちはテレサの絵を見ながら、熱い議論を交わした。


「四つん這いになっているのを見ると、熊に似ているようです」

「熊なら村で撃退できただろう。熊だとしたら普通の個体ではなく、魔獣化した奴ではないかと思う」

「熊というには、なんだか頭が二つあるように見えますが」


残念ながら、テレサに絵心があるとは言い難かった。

それでも、普通のモンスターではないということは確認できた。


私たちは集めた情報を元に今後の行動方針を決め、人がいると予想される地域は避けて通った。

時には主のいない洞窟で一日を過ごしたり、近づくのが難しい岩の隙間の石蜜せきみつを発見した時は、アデルが自ら進んで蜂蜜を採取してきたりもした。


「どうですか?」


蜂に刺されてパンパンに腫れた顔で、味はどうだと尋ねるアデル。


まだ食べてもいないのに聞くなんて。

私は指で蜜をすくい、少し味見をした。


「うん……うーん……確かに美味しいです」


自信満々に見ていた理由があった。

黄金色の蜜が口の中でねっとりと張り付くが、味は良かった。

私は器に盛られた巣蜜を適量手に取り、テレサに食べさせてあげた。


「あーんって、お口開けてみて」

「あんっ」


巣蜜を食べて、空高く眉毛を跳ね上げるテレサ。

手に持っていた蜜をすべて食べ終えると、ついには私の手に付いた蜜まで舐めた。

テレサが名残惜しそうな顔で蜜の入った器を眺めているが、石蜜はあまり食べすぎると体に良くないため、適量にしておくのが良かった。


自分が採ってきた蜜をよく食べるテレサを、微笑ましそうな表情で見つめるアデル。

残りは後で食べようと言って、蜜が流れないように丁寧に包んでおいた。

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