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ブルート王国の王都。

一人の男の前に、武装した男たちが整列している。


「聖所から連絡があった。勇者が現れたそうだ。今のような平和な時代に、果たして勇者など必要なのか? 下手に魔族と無用な緊張を生む必要もあるまい。これから私が導く王国には、人々の求心力となりかねない『勇者』という存在は不要だ。行け、我が忠実なる騎士たちよ。その勇者がこの地に足を踏み入れる前に、我が前途を阻む芽をあらかじめ摘んでおけ。」



聖剣を抜いたのなら勇者であることを証明するために王都へ行かなければならないが、私は聖剣を抜くことができなかったのに勇者だと勘違いされてしまった。

その誤解を解こうと王都へ向かうため動いていた私は、少し休もうと軽い気持ちで村に立ち寄った。

そして食堂に入った私は、従業員に料理をおすすめしてほしいと言った。


「ブドウ祭り期間中ですから、ワインを飲まない手はないでしょう? それに、今あるワインは滅多にお目にかかれない最上級のものなので、飲まないと損ですよ。」

「そうですか? では、一杯お願いします。」

「ワインだけになさいますか? 他にも美味しいものがたくさんありますが。」

「それじゃあ、ワインに合う簡単な料理もください。」

「はい! 少々お待ちください!」


注文を受けて小走りで戻っていく従業員。

椅子に座って注文した料理を待っていると。


ん?


どこからか私をじっと見つめる陰気な視線が感じられた。

視線の感じる方へ顔を向けてみると、何やらむさくるしい髭を生やした男が私を凝視しているではないか。


なぜあんなに見てくるのか。

女を初めて見るわけでもあるまいし。


不快な気分で待っていると。

まもなく、私が注文したワインと料理が出てきた。


「足りないものがあればおっしゃってください。」

「ええ。」


美味しそうだな。

私はワインを手に取り、一口飲んだ。

さすが最上級というだけあって、嘘ではないようだ。

たまに飲んでいたワインとは味が違った。

一緒に出てきた料理も食べてみようか……


翌日。

久しぶりに飲んだワインのせいか、少し寝坊してしまった。

ご飯を作れと催促する師匠もいないから、急ぐ必要もなかった。


宿を出ようとすると、昨日飲んだワインのことが思い出された。

そうだ、このまま行くのは惜しい。あんなに美味しいワイン、次はいつ飲めるかわからないし。


ところが。


「ないんです。ない。最高級のワインがない。」


今朝確認したところ、村の倉庫に置いてあったワインを一斉に盗まれたのだという。

ワインを飲めずに去らなければならない事実にショックを受け、呆然としていた私のところに、昨日のあの髭面の男がやってきた。


「勇者様、村の事件を解決なさるおつもりですか? それなら、私も力をお貸ししましょう。」


どなたですか?

見知らぬ男の親しげな態度に、私は後ずさりした。


「変な人。」


あ、心の中で思っていただけのはずが、つい口に出てしまった。


「私は変な者ではありません。」


そう言いながら、胸のポケットから何かを取り出して見せた。

それは小さくて薄い鉄板で、高級感のある模様が刻まれている何かだった。


「……」


これは何だろう?

私がこれが何なのか分からないという風に彼を見つめていると、かえって慌てだす男。

何も説明せずに「こういう者だ」と言われても、私に分かるはずがない。


「改めて自己紹介いたします。ブルグント王国の騎士、クラッドです。」


騎士だったんだ。

初めて見る、騎士という人。

騎士だからといって頭に角が生えていたり、他の人と違った姿をしているわけではないのね。


「最初から騎士様だと言ってくれればよかったのに。」

「それが……騎士団の紋章をご存知ないとは思いませんでした。」


まぁ、一国の騎士団なのに、私が無関心すぎたのか。

師匠から騎士という人々がいることは聞いていたけれど、騎士を直接見るのは初めてだ。


「私、騎士様を初めて見たんです。分からなかったことは許してください。」

「そんなこともありますよね。私も配慮が足りませんでした。」

「私はリエンです。」

「お会いできて光栄です、勇者リエン殿。」


お互いの名前を交わした私たち。

私は、クラッドがどうやって私が勇者だと分かったのか尋ねてみた。


「任務を終えて復帰しようとしていたところ、連絡が入りました。聖剣に選ばれた勇者様が現れたと。勇者様と合流して復帰せよとの命を受け、ルート的にこの村に立ち寄るのではないかと待っていたのですが。ちょうど、聖剣をお持ちの方が私の前に現れたではありませんか。」


それで昨日、あんなに私をじっと見つめていたんだな。

私は、自分の持っている剣が聖剣だとどうやって分かったのかと聞いた。


「騎士の道を歩む身。聖剣に選ばれずとも、近くで拝みたいと思うのは当然のことです。騎士見習いの頃、同期たちと共に聖剣を見るために聖所へ立ち寄ったことがあります。目を閉じて思い返せば、その瞬間の記憶がいまだに鮮明ですね。忘れようとしても忘れられません」


私なら美味しいものを一度食べて、聖剣がどんな形だったか忘れてしまっただろうに。

クラッドは騎士だというから、聖剣を見た記憶が強烈で頭に焼き付いているのだろう。


確かに私の剣は、一度見たら忘れられない。

そのうえ軽くて丈夫な代物なので、持ち運びも楽だった。

しかし聖剣と呼ばれるほどではないのに、どうしてこうなってしまったのか分からない。


なぜ私の持つ剣が聖剣だと誤解されているのかといえば。

聖剣を拝みに聖所へ立ち寄ったものの、聖剣を抜けずに外へ出ようとした時のことだ。

石像の足から突き出ていた石の破片を一つ引き抜いたら、聖所が崩壊してしまった。

聖剣すら抜けなかった私が、石像の足に飛び出していた石の破片を抜いたせいで、聖所が崩れたのだ。


聖所が崩れたうえに、外にいた人々は聖剣と瓜二つの私の剣を見て聖剣だと勘違いし。

一日もしないうちに村長が使い捨ての通信具を使って、国王様に勇者が誕生したと報告してしまったのである。


師匠から授かった剣を所持していただけなのに、どうしてこんな事態になってしまったのだろうか。


私の手には負えないほど事件が大きくなってしまったうえに。

村長の報告を受けた国王様が私に一刻も早く会いたいとおっしゃっているというので、私が直接王都へ赴き、この馬鹿げた誤解を解かなければならなかった。


「ところでクラッドさん。先ほど私を助けるとおっしゃいましたが、何を助けてくださるというのですか?」

「盗まれたワインを探そうとしていたのではなかったので? 本来ならこのようなことには首を突っ込みませんが、勇者様がお困りのようにお見受けしたので、お力添えをしようと思った次第です」


そんなつもりではないのだが。

私が店員と話しているのを目撃したクラッドだが。

ワインを飲めずに発たなければならない事実に落胆していた私の姿を見て、誤解したようだ。


いや、待てよ。

かの騎士様が先頭に立って助けてくださるというのなら、むしろ好都合ではないか。

まだ時間には余裕があるし、村の危機を解決するために一日くらい時間を割いてもいいかもしれない。

ワインを飲まずに去れば、後々まで引きずってストレスになるだろうから、それは避けたい。


たとえ偽物の勇者であっても、危機に瀕した村を救うために力を貸すことに決めた私は、クラッドに握手を求めた。


「よろしくお願いします」

「こちらこそ」


クラッドがぎこちなく笑いながら私の手を握る。

握り合った手からマメの感触が伝わってくるのを見るに、騎士であることは間違いなさそうだ。


「朝食は食べましたか?」

「いえ、まだです」


何事も体が資本だし、まずは飯を食べなきゃな。



簡単に朝食を済ませた私たちは、ワインが消えたという倉庫へと移動した。

倉庫と言っても、四方が塞がれている場所ではなかった。

ただワイン樽が雨に濡れないよう、屋根だけがある、四方の開けた仮設の倉庫だった。


ちょうどそこにいた倉庫番と対面することになったのだが。

最初はワインがなくなった件を調べに来たと言っても、

「お前は何者だ?」と言わんばかりの顔をして、協力するまいという固い意志を見せていた。

しかし隣にいたクラドが騎士であることを明かすと、いつ非協力的な態度を取っていたのか疑いたくなるほど、人が180度変わった。


その様子を見て、クラドが助けてくれるという申し出を断らなくてよかったと痛感した。


「大切な品をこのように保管していても大丈夫なのですか?」


倉庫番の話を聞くと、必要な時にすぐワイン樽を取り出せるよう、この方法が便利なのだという。


「これでは誰でも簡単に盗めてしまうではありませんか」


私の言葉に、彼は違うと言わんばかりに手を振った。


「昔からやってきたやり方だ。今まで何の問題もなかった。それに、ここにある樽一つがどれほどの重さか知っているか? 空の樽であっても、誰にも気づかれずに持ち去るなど不可能なのだよ」


ところが、起きてしまったではないか。

今まで何の問題もなかったから。

これからも起きないだろうという安易な考えが、今回の事態を引き起こしたように思える。


「ところで、なぜワイン樽は残して中身だけが消えたのですか? 普通、ワインのような酒を盗む時は、このように中身だけを持っていくものなのですか?」


私の問いに、倉庫番も納得がいかないといった顔を浮かべる。


「全くだ。持っていくなら樽ごと持っていけばいいものを、なぜワインだけを抜いていったのか。栓を抜いて床にぶちまけたわけでもないし……こんなことは初めてで、どうすればいいか……我々もひどく困っているのだ」


酒場の店員が言った通り、すべてを持って行かれたわけではなかった。

祭りに必要な在庫が、著しく不足してしまっただけなのだ。

そして、泥棒は外側の樽を残し、ワインだけを盗んでいった。それがこの事件の核心だった。


私は膝を曲げ、地面の土を一掴みした。

少し湿っているが、この程度なら朝霧に濡れたくらいのものだ。

恨みを持つ者が祭りを台無しにするためにワインを流した、という仮説は消えた。


倉庫番の言う通り、ワインを樽ごと持っていったのなら。

重くて遠くへは行けなかったはずだし、見つけるのも容易だっただろう。

しかし、簡単に犯人を見つける方法はあらかじめ遮断されてしまった。

犯人を捜し出すには、まずなぜ中身だけを抜いていったのかを調べなければならない。


「クラドさん」

「はい」


私は中身を盗まれて空になったワイン樽を指差して言った。


「これを少し持ち上げていただけますか?」

「いいですよ。こうですか?」

「いいえ、もっと飲み口が完全に下を向くように。中身がすべて流れ出るように」


私の要求に応じ、クラドが空の樽を逆さまにした。

中に残った残余物が流れ出てくるか確認するためだったのだが。

茶を一杯飲むほどの時間を待ってみても、ワインは一滴も出てこなかった。


「この樽を壊してください」

「樽を?」


不審に思いながらも、樽を壊そうとするクラド。

それを見た倉庫番が、ぎょっとして止めに入る。


「ダメだ! ワインがなくとも、ここにある樽一つ一つが金なのだぞ!」

「代金は支払います」

「……そういうことなら」


金を払うという言葉に倉庫番が引き下がり、

クラドが樽を壊すと、隠されていた内側が姿を現した。


スーッ


樽の内部だった箇所を人差し指で拭ってみたが、湿り気一つなかった。

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