2.
世の中の母親を尊敬した。
こりゃ大変だ。
神父様の言う通り、夜も昼もなく泣く。お腹が空いたのかと思えば違う。おしめかと思っても違う。
理由がわからずおろおろしている間に力尽きて眠る子供。
「名はどうされますか?」
神父様に聞かれて迷わず
「セレスティン」
と答えた。その髪色は最後に看取る時のセレスと同じ色だったから。
神父様の祝福を受けて光り輝いた時から、この子に神聖力があることは分かっていた。神父様も頷いて
「時が解決しましょう」
と言ってくれた。
乳飲児ではなくなってからも大変だった。不用意に薬草など置いておくと口に入れてしまう。
手が届く範囲に物を置かないと徹底したのは言うまでもない。
離乳食というものになってからも手探りだ。嫌がって大泣きされてスプーンがおでこに当たったのはいい思い出だ。
それでもその小さな暴君は私の癒しとなった。セレスが亡くなり2人で眠ることがなくなった私のベッドにはセスが潜り込んできて、いつしか一緒に寝るのが当たり前になった。
セスの目が開いた時、私は不覚にも涙を流した。セスの目はセレスと同じ透き通るような青だったから。
私はセスを拾った時、24才だった。
神殿を辞したこともあり、縁談を持ち込まれることもあったが全て断った。
私の伴侶は生涯ただ1人だから。
セスは私を父親だと認識して懐いた。
5才になりセスはますますセレスに似て来た。私はセレスの5才を知らないが、間違いないと思う。
私は子供の頃のセレスを可愛がるように、セスを大切にした。
この子はセスが自分の代わりに遣わせてくれたのだと、そう感じる。魂が今世を離れるまさにその日に、出会えたのだから。
セスの部屋は私の向かいにある。元は物置だった部屋を改装して。隣は図書室だ。
私の隣はセレスの部屋で、そこは大切に保存をしている。誰にも入ってほしくない大切な場所だから。例えセスであっても。
セスはこの頃、本を読みたがる。
子供向けの本は少ないが、神殿の本には挿絵入りのものもあるので借り出している。
その本がお気に入りだ。
奇しくも聖女様についての布教本で、挿絵には女神様と聖女様が描かれている。
その聖女様を指して
「ちれー」
と感心していた。
「きれい、かな?」
「うん!ちれい」
言えてないよ?ふくふくとしたほっぺを突くと嬉しそうに笑った。
セレスもこんな風に笑っていたのだろうか?私の知らない幼いセレスに想いを馳せた。
ある日、私はいつも通りに神殿に向かった。もちろん、セスを連れて。
セスを預けたら私は外伝にある神官長の部屋に向かう。
ノックをしたら内側から開き、マリウスが迎えてくれた。私は少し驚いた。
部屋に入ると知らない人たちがいたからだ。
そして神官長を見る。柔和な顔で頷くと
「元大聖女様のご家族だ」
やはり、か。
髪の毛の色は男性に、顔立ちは女性に似ている。兄弟とおぼしき2人とは色味や雰囲気は似ているが、顔はあまり似ていなかった。
セレスは母親似なんだな。
「セレスティアの父親でセグネルと申します。隣は妻のティナで長男のセイガルと三男のセラクです」
みんなは私を見つめている。
4人とも目が真っ赤で、セレスのお母さんは涙を流していた。
「セレスティアは…」
お母さんの言葉が途切れる。泣きながらなんとか言葉を紡ごうとして失敗して…それを繰り返す間、私は静かに待っていた。
「ごめんなさい。その、セレスティアは…幸せだったのでしょう、か…うっ…うぅ…」
聞いた後でまた泣いてしまった。
「静かに微笑みながら…逝きましたよ。とても優しい笑顔でした」
堪えきれずに兄と弟が涙を流す。お父さんは上を向いて涙を堪えている。
「短い間でしたが、生きた時間の長さではなく、どう生きたかが大切なんだと思う…そう言っていました。最後まで泣き言も言わず、立派な…」
不意に込み上げるものがあり、私も泣いてしまった。
もっとわがままを言って欲しかった…思わず漏れた私の本音にお母さんは顔を上げると泣きながら笑った。
「そう、あの子はきっと幸せな最後を…。あなたがそばにいてくれたからね…ありがとう、あの子を看取ってくれて」
そう言って立ち上がると私の頭を軽く抱きしめてくれた。
セレスも昔、こんな風に抱きしめられたのだろうか?そう考えたら同じ経験が出来たことが嬉しくて、また泣いてしまった。
しばらくして落ち着いたら、神官長からご家族がここにいる経緯を聞いた。
基本的に神殿に入った聖女様には実家からの連絡は出来ない。定期的に神殿から連絡はあるものの、会いに行くこともできない。
そんな折、第一聖女様の代替わりが公布され、ご家族は実家に戻ると思って待っていたそうだ。
しかしセレスは戻らず私と暮らしていた。
セレスが身罷ったことはすぐに神官長が連絡をしたが、兄弟に子供が生まれたりと忙しく王都まで来られなかったそうだ。
そして、子供たちも成長し手も離れたのでようやく家族揃って神殿に来たと言うことだった。
セレスには女神様の元にいらっしゃるので、神殿で祈りを捧げたそうだ。
そして神官長が私を呼んだのだ。教えてくれてもいいのに、全く。心構えがあるんだ、義理の家族なんだから。
「貴方のような方がセレスティアのそばにいてくれて、本当に良かった。あの子は言葉を伝えるのが苦手な子だから…」
「そう言っていただけて嬉しいです。少しでもセレスの力になれたのなら…本望です」
セレスの家族は穏やかに私を見て笑ってくれた。
それから少し話をして
「あの、もし良かったら会って欲しい子がいるんです」
みんな不思議な顔をしていたけど頷いてくれた。
神官長とマリウスも一緒に学校の方に向かう。
私が顔を見せると何かを書いていたセスが走ってきた。
「とーたま!」
そのセスを見てセレスの家族は固まった。
お母さんは震える手でそっと
「あなたは…」
セスは目をパチンと閉じてから笑って
「セレスティンだよー」
と言った。
「セレスティン…」
ティアと呟きながらセスをそっと抱きしめた。
セスはキョトンとしている。知らない人に突然抱きしめられたからな。でも私が何も言わないとくすぐったそうに笑った。
体を離したお母さんの顔を見てセスは驚いて
「ぃたいの…?」
と聞いた。お母さんは首を振って
「嬉しいのよ。可愛い名前ね」
お父さんや兄弟もセスを見て目を潤ませながら
「あぁとても可愛いな」
「可愛い」
「うんうん」
お母さんはセスと手を繋いで
「セレスティアの子供の頃にそっくりで驚いたわ」
「あなたとセレスティアの?」
私は慌てて手を振る。
「違います!セレスを見送った後に森で拾いました」
すでにセスには話をしている。
セスは女神様からの大切な贈り物だよって。だから聞いても嬉しそうに笑うだけだ。
その後はしばらく彼らとセスで過ごすために私は神官長の部屋に戻った。
「やはりあの子は生まれ変わり、なのか…?」
珍しく神官長がそんなことを言った。
「だと嬉しいのですがね…」
と言ってもまだ5才だし、私は父親のようなものだ。それでもその幸せを見送るだけの余裕がある、と思う。
少し雑談をして、古語の写本を預かってセスを迎えに行った。
セレスの家族は明日には帰るそうだ。
「会えて良かったわ。ファルスさん、ありがとう。あなたはまだ若いんだから、幸せになってね」
そう言われたが
「私は幸せですよ。いつだってセレスがそばにいますから…」
お互いに微笑みあって別れた。
あの優しい家族の元でセレスは育ったんだなと。それがしれて良かった。




