ある者
俺は訓練生用の担当上部だという男に言われるまま、何百人もの訓練生が並ぶ列に加わった。
護界衆上部(柊・ひいらぎ)「今日から訓練生として過ごすのは君か」
陵雅「あんた誰だ?」
護界衆(柊)「訓練生用の担当上部の者さ」
陵雅「俺は今日からここで訓練か」
護界衆(柊)「今からは朝の挨拶だから君も皆みたいに並んでね」
陵雅「おう!」
その後、別の護界衆上部が前に立つ。
護界衆上部(氏原・うじはら)「みんな集まったな。では、朝礼を始める。と言いたいが特段話すこともないので始めてください」
(なんだそりゃ!)
無駄な儀式は嫌いじゃないが、ここまで極端だと逆に拍子抜けだ。
隣にいた訓練生が、退屈そうに呟く。
同訓練生一「あー!、なんで朝から毎日一時間走らされんだよ……」
同訓練生二「嫌だけどしょうがねえだろ、基礎体力つけねえとなんだからよ」
「なあおい、今から一時間走らされんのか?」
「そうだよ。君新人?」
「ああ、よろしくな!」
一同走り出す。俺もそれに続くが、すぐに気づいた。
(皆早すぎだろ、)
基礎体力の差は歴然だった。俺は、前世からの積み重ねの無さを痛感する。まずはこの**「不毛な基礎」**をクリアしなければならない。
訓練生が二〇分ほど走り始めて経った頃、**ドーーーン!!!**と、いきなりものすごい音が響いた。
その方向を見ようとした瞬間、周囲全体が一瞬で砂埃にまかれ、完全に視界が閉ざされた。
「な、なんだ?」
ものすごい音がした方向からは、何かが激しく戦っている様な音が聞こえるが、視界が悪い為何も分からない。何かが終わったのだろうか。
「やっとかたづいたか」
その声が聞こえた後、すぐ砂埃が無くなり、周りが見えるようになった。俺は、目の前の光景に何が起きているか全く理解できなかった。
「は?、どう……なってんだよ……」
陵雅の目の前には、訓練生担当上部の護界衆、柊と氏原が、地面に横たわっていた。既に戦闘は終わったのか、二人とも満身創痍だ。
柊が、全身全霊の力を振り絞り声を上げた。「はーっ、はーっ、全員!!今すぐここから逃げろーー!!」
その言葉は、戦場への洗礼だった。
「誰も逃がすわけないでしょ。なに、訓練生ってバカなの?」
声の主は、柊と氏原を倒した奴だろう。その姿は、人の形をせず、全身から物凄いオーラを放っていた。
沢山の訓練生の中には、恐怖で腰を抜かして動けない奴もいた。そして、一斉にその場から多くの訓練生が必死に逃げ出していく。
逃げ出した訓練生たちが叫ぶ。
「護界院に行って知らせるぞ!!」
「ああ!!」
奴は、一人の腰を抜かしている訓練生に向かって黒血を使い、正面から刺そうと飛んできた。
同訓練生は死を覚悟し、目を固くつむった。
ドン!!!
何が起きた?
訓練生が目を開けると、なぜかさっきまで居た位置には、柊が立っていた。柊の背中には、蒼の黒血が深く突き刺さっている。
同訓練生「なんで……」
護界衆(柊)は血を吐きながらも笑った。「間に合った。若い芽だけはぜってえ摘ませねえぞ。しかも運よく上級じゃねえか。探す苦労が省けたぜ。お前は俺がここで倒す」
その状況を目の前にした俺は、気づいたら叫んでいた。
「ふっざけんなあー!」
俺は、とっさの衝動で手に黒血を纏わせ、上級蒼に向かって突っ込んでいた。考えるより、体が動いた。家族を失った日の後悔が、俺を突き動かす。
走った俺に向かって、上級蒼は柊の背中に黒血を刺したまま、また別の黒血を出し、攻撃を向けてきた。その攻撃の速度に俺の目が追い付かず、気づいたら目の前に攻撃が迫っていた。
(死んだ。また、何もできないまま、終わるのか)
その後、気づいたら俺はさっきいた場所から少し離れた場所にいた。氏原が俺の服を強く握っていた。攻撃が来る直前ギリギリで、氏原が飛んできて俺の服を握り、攻撃を避けてくれたのだ。
氏原は俺を睨みつける。
「何も考えずに突っ込んでいくな! 相手は上級だ! 冷静になれ! 簡単に死のうとするな!! 生きてりゃ勝ちだ!」
氏原は柊に向き直った。「柊!こいつのおかげで突っ込み忘れたけどよ、あいつを倒すのは俺とお前だ」
俺は、その言葉に反論した。
「おい待てよ!あいつを倒すのはあんたら二人と俺だ!」
「お前はほんと話そうとしたら入ってくるし、話してても入ってくるな、うるせぇ静かにしろ。あと訓練生のお前が戦えるわけねえだろ。明らかな戦力不足だろ」
俺の能力は、まだ不安定で未知数だ。氏原の評価は冷静な現実を示している。だが、俺は戦わなければ、また何もできない無力な傍観者に戻ってしまう。
「実践の方が強くなれんだろ!それに今この場にいるのは、すでに戦ったボロボロのあんたら二人と俺と、あの訓練生だけ。四人しかいねえんだから、戦える奴全員、三人でやった方がいいだろ」
氏原は俺の主張を完全に無視した。「お前ほんとにうるせーな。そんなやる気あんならあの訓練生守っとけ。最初で最後の命令だ。わかったな」
「あ? なんだよそれ、ちっ」
俺の非日常への渇望は、理不尽な命令によって打ち砕かれた。だが、生きていれば戦える。俺の役割は、生存者(訓練生)の護衛。
氏原「柊、最後の戦闘、いくぞ」
柊「ああ!」
俺は、戦力外通告を受けた。だが、それでも生き残らなければならない。そのために、俺は、今、与えられた役割を全うする。