狭火妬(さびと)-血の螺旋
「はっ!はっ!はっ!はっ!……」
俺――狭火妬、いや陵雅は、全身の筋肉が軋むのも構わず走った。頭の中には、血を流して倒れた山原の姿が焼き付いている。クールな殺し屋?笑わせるな。俺はただの、人を殺す光景に怯える臆病者だ。
「まてえー!!」
後ろから、氷の声が追いかけてくる。俺は振り返らない。必死に前だけを見て、全力で逃げた。
「もうあんなことしたくない!!殺し屋なんか辞める!!」
その叫びは、誰に聞かせるためでもなく、怯える自分自身に言い聞かせるためのものだった。
(氷:説得しようと思っていたが、もう無理そうだな。しょうがねえ、殺すしかねえ)
俺を追いかける氷は、この殺し屋という絶好の環境を失うわけにはいかないのだろう。それが、俺を殺そうとする理由だ。
家に着くと、俺は躊躇なくドアを開け、自室まで一直線に走った。
(氷:警察に行くと思っていたが、家に向かっていたのか。まあ、家の方が殺しやすい。どうでもいいか)
氷はそう呟きながら、俺の家に入ってきた。
「手っ取り早くこの拳銃で殺したいが、仕事外で使えば店長にばれてしまう。しょうがねえ。この家の包丁を借りるか」
氷は台所に向かい、包丁を手に取った。
「じゃあ、行こうか」
台所を出ようとした氷の前に、一人の小さな影が立っていた。
それは、俺の妹、**美花**だった。
美花「あなた……だれ……?」
氷「見つかっちまったか」
美花「うあっ……!!」
俺の逃走が、家族にどんな代償を払わせるのか。この時の俺は、知る由もなかった。
氷は素早く包丁を美花の小さな体に突き刺した。美花はそのまま倒れた。
妹の声を聞きつけた兄の**桜雅**が台所に向かって歩いてくる。
「どうした?なんかあった?」
「ぐあっ……‼」
氷は素早く動き、桜雅も刺した。桜雅も倒れた。
氷は冷静だった。「狭火妬にばれたらまずいな」
そう思い、倒れた二人をリビング――団らんの場所に移動させた。
氷は一階に俺がいないことを確認し、二階へ移動した。
二階に上がると、目の前の部屋にいたのは、父、母、そしてもう一人の妹だった。
「お前……‼」
氷は迷わず、三人とも殺した。
「狭火妬!どこにいるんだ!!」
俺を見つけられない苛立ちから、氷は俺の本名(仮の名)を大声で呼んだ。
(なんで家にいるんだよ……!!)
俺は驚きながら部屋を出て、階段を降り、一直線に玄関に向かい家を出て行った。逃げることしか、できなかった。
氷は俺が階段を降りるのが見えていたが、俺はそれに気づかず、とにかく逃げた。
手に血の付いた包丁を持ったままでは追えない。氷は包丁をその場に捨ててから、外に出ていった俺を追いかけた。
「はっ。はっ。はっ。はっ。……」
俺は必死に逃げている間も、目標を殺した瞬間の光景と、あのバケモノが家にいるという恐怖感が頭から離れず、ただただ走り続けた。
隠れやすいと思って、俺は山へと入っていった。
(氷:あいつ……やっと見つけた)
俺が山に入っていくのを、氷は見ていた。
氷は包丁を捨てたばかりだったが、山に入るなら好都合だった。
「山に入るなら一目なんて気にする必要がねえ」
氷は今まで化けていた人間の姿を捨てた。
**元の姿、蒼**に変えながら、山の中を走った。
「もう諦めろ!!」
氷の、獣のような声が山に響くが、俺は振り向きもしない。
「あ……!!。木の建物がある!!」
俺は走った先に、古い木造の建物を見つけた。
(ここならばれないだろ……!!)
俺はそう思い、建物の中に身を隠した。
蒼と化した氷は、俺を殺すために木の建物へと向かってきた。
(氷:なんだ……?この辺りに誰か別の奴がいる気配がするな。まあいい、今は狭火妬を殺すのが先だ。邪魔をするならついでに殺す)
氷――蒼の異様な足音が、建物の外から迫ってくるのがわかった。
氷が今、俺が隠れた建物へと向かってくる。
こうして、俺は殺人者としての絶望と家族を失った悲劇の直後、異世界の窓を開け、そして、運命の転換点を迎えることになる。
(そして、物語は第一話へ続く)