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蒼の血(アビスのち)  作者: 凪さ
第一章 訓練生編
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護界への扉



侑という青年、護界院と名乗る男の言葉は、まるで現実感を伴っていなかった。しかし、奴が迷いなく俺の家の前に立ち、先に歩く姿を見た時、心の奥底で**「こいつは全てを知っている」**という冷たい確信が芽生えた。


家に着く。恐る恐るドアを開けた。


リビングルーム――俺たちの家で一番明るいはずの場所は、地獄絵図だった。


床に、無残に倒れる妹の美花みかと、兄の桜雅おうがの姿。

血の匂いが鼻をつき、景色がねじ曲がって見える。


絶望した。頭が真っ白になった。まるで、鮮やかな色が全て奪われたモノクロ写真のようだ。俺の片目は、青く、そしてわずかに緑の光を帯びていたことを、この時の俺は知らない。


「なんで……なんでこうなったんだよ……。何があったんだよ……」


絞り出す声は、ほとんど呻きだった。


侑が冷静に言った。「二階にある、ここより少し狭い団らんに他の家族が全員いたよ」


父さん、母さん、そして妹の花織かおり……!

生きていてほしいと願う心と、死んだに違いないと確信する心が、激しく戦う。結局、勝ったのは冷酷な確信の方だった。


階段を駆け上がり、部屋のドアを開ける。中にいたのは、両親と残りの妹の亡骸だった。本当に現実世界に今いるのか? そう問いたくなる程、現実とは思えない。体が勝手に震えた。


「ごめんなあ、なんで俺がいなかったんだよ……」


俺の不在が、彼らの運命を決めてしまったのか。責めるべきは、生きてしまった俺自身だ。


周りを見渡す。地獄絵図。だが、なぜか違和感がある。……花織がいない。

花織の姿が、この部屋にはない。


「あの人はここにいるって言っていたはずなのに……」


他の部屋を探す。焦りと混乱で、なかなか見つからない。残りはあと二部屋。次のドアに向かう。


その時、背後からあの青年の必死な叫びが響いた。

「君!! 今すぐ下に降りてきて!!」


しかし、その声が届いた時には、俺はすでにドアを開けていた。


見た光景に、全身の血が凍りついた。

知らない奴が、床に倒れている花織の背を、よくわからない奇妙な刃物で突き刺そうとしているところだった。


「やめろぉぉー!!」


叫びながら、俺は突き動かされるように花織を取り返しに突っ込んだ。

するとそいつは花織を放し、瞬く間に光が揺らぐように、少し離れた所に移動していた。


そいつは、俺の顔を冷酷に見つめた。

「お前の顔は覚えた。いつか必ずおまえを殺す。よく覚えておけ。少年。そして、この後も存分に楽しめ」

そういうと、そいつは音もなく消え去った。


直後、殺気丸出しの侑が部屋に飛び込んできた。彼は俺を押し倒し、部屋の中を素早く確認した。


「ここについさっきまで何かいなかったか!」


俺は花織をゆっくりと床におろしながら答えた。

「知らない奴が花織の背に何かさしてたから取り返したら、『存分に楽しめ』って言ってきて消えた」


侑は顔色を変えた。「あの感じ……十禍神じゅっかしんのトップ。だよ……」

「あいつが……!」

「この後存分に楽しめと言っていたといったが、他になんか言ってた?」

「俺の顔を覚えた、俺を必ず殺すって……」


侑は即座に決断した。「今すぐこの部屋をでるよ」

「家族はどうすんだよ!!」

アビスは死んだ奴は狙わない。だから行くよ!!」



そう言われ、手を強く引っ張られて階段を下りると、すでに家全体が蒼に覆い隠されていた。その数は、目を疑うほどだった。


「二階しか逃げる場所はない。君!二階に逃げるんだ!」

侑は階段下で、冷静に指示を出す。

「でも二階に逃げてもそっからどうすんだよ!」

「いいから!!」

「ちっ、くっそー!!」


侑は家の中という身動きの取りにくい場所で、数に圧倒されていた。奴らは階段を上がり、少しずつ追い詰められていく。


(侑:やばい……!階段まで来た!)

侑が背後から来た蒼に気づくのが遅れた。前にも蒼がいる。どちらかをやればどちらかにやられる。どちらもやら無かったら両方にやられる。

(侑:こんな所で終わりなんて……!)


俺の脳裏をよぎったのは、絶望ではなかった。

(あいつが殺されれば俺はやられる……! 生きるならあいつを守るしか……!!)

家族を失った今、俺の生存本能は、侑という唯一の「異世界」への窓口に全てを賭けた。


「おっりぁぁー!!」


俺はそう叫びながら、階段を上がってきた蒼の頭を思い切り殴りつけた。

すると、蒼は呻き声を上げて、倒れた。


「あっ……倒れた……」


信じられない。自分の拳が、あのバケモノを倒した。

(これで倒せんだったら……!!!)


俺は恐怖を振り払い、衝動のままに蒼を殴りまくった。侑は背後の敵を片付け、俺を見た。

「悪いね君。でも助かったよ。ありがとう」


「あんたがいないと俺は絶対殺される。だからやってるだけだ。だから感謝するのは俺のほうだ。あと俺の名は陵雅リョウガだ」


侑は一瞬驚いた顔をした。「初めて名前知ったよ。陵雅。まだいける?」

「当たり前だ。侑」

「初めて名前呼んでくれたね。いくよ陵雅」

「ああ」


侑と陵雅の二人で蒼を倒したが、まだ倒し切れなかった。


「陵雅、一気に片付けるから外出て」

「わかった」


階段を駆け下りた俺に対し、侑は静かに息を吸った。「すっーー!!!」

大量の息を吸い込むことで、周りの風の流れや空間の広さを把握しているのだろう。

「大体分かっていたが、やっぱり予想通りの広さだ」


侑はポケットから札を取り出した。俺が近くにいると身体に悪影響が出るという、護界院専用の札だ。


侑は札を近くの壁に貼ると、すぐに残っていた蒼が次々と倒れていった。

(侑:やっぱ花奈かなさんすごいな)



侑が外に出てきて、俺と合流した。

「すげえ、もう終わったのか?大丈夫か侑」

「なんてことないよ。陵雅、一ついうべきことがある」


「なんだ?」


侑の瞳が真剣な色を帯びる。

「さっき会った祖に『必ず殺す』と言われ、こうなった。君はこれからも何度も殺されかける。こっちの世界で護界院として生きていくべきだ」


俺にはもう、戻る世界も、守るべき場所も、生きる理由もなかった。だが、生き残る方法は示された。


「断ろうにも行くところないしな。そうするよ」


「じゃあ行こうか」

「ああ。そうし――」


俺は地面に倒れ込んだ。



「陵雅?大丈夫?一日でこんなにいろいろあったんだし、疲れもたまるよね。このまま連れて行こう」


――かくして、俺は殺人犯になる代わりに、世界を脅かす化け物『十禍神』と戦う運命に組み込まれた。これが、俺の新しい人生の始まりだ。


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