第十三話(最終話):百回目の人生に、祝福を
「……侍従長、ヘムロック。いや、もはや、ただのヘムロックだな」
国王陛下の静かな声には、長年信頼してきた側近への、深い失望と、裏切られた王としての、氷のような怒りが混じり合っていた。
「貴様の二十年に渡る欺瞞、そして、我が国を蝕んだ大罪、断じて許すことはできん。本来ならば、その場で首を刎ねるべきところだ。だが、それでは、貴様の罪は償えん」
国王が下した裁定は、死よりも重い罰だった。
ヘムロックは、全ての爵位と財産を剥奪された上で、国の北の果てにある、光の届かぬ「忘却の塔」に、終生幽閉されることとなった。彼が築き上げた全てを失い、己の犯した罪と、来る日も来る日も一人で向き合い続けるのだ。二度と、誰の記憶にも残らぬように。
彼の顔からは、全ての感情が抜け落ちていた。私とセオドア殿下に一瞥をくれることもなく、まるで魂の抜け殻のように、衛兵に連行されていった。
こうして、この国を蝕んでいた、巨大な悪の根源は、完全に断ち切られた。
その後、アルフレッドは王位継承権を剥奪され、地方の修道院へと送られた。彼自身の愚かさを悔い、静かに祈りの日々を送ることになるだろう。エララもまた、ヘムロックの駒であったとはいえ、その罪を問われ、実家共々、平民の身分に落とされた上で、別の修道院へと入った。それぞれが、それぞれの形で、自らの行いの代償を支払うことになったのだ。
ヘムロック一派が一掃された王宮では、大規模な人事刷新が行われた。私の父であるロックフォード公爵が、新たな宰相となり、腐敗した貴族たちに代わって、志のある若手貴族たちが要職に就いた。
私が南部で築いた、シルヴァランドとの経済ルートは、今や、この国全体の復興を支える、力強い大動脈となっている。
全てが、良い方向へと、確実に動き出していた。
そして、運命の夜が訪れた。
かつての断罪の夜会から、七日目の夜。いつもならば、この時間に、心臓を抉る激痛と共に、私の意識はリセットされていた。
私は、自室の窓辺に立ち、静かにその時を待った。
一つ、また一つと、時計の針が進む。けれど、あの忌まわしい痛みは、訪れなかった。
夜が明け、朝の柔らかな光が、部屋に差し込む。
小鳥のさえずりが、窓の外から聞こえてくる。昨日と、今日が、確かに繋がっている。明日が、未来が、この先もずっと続いていく。
「……終わったのね」
私の頬を、一筋の涙が伝った。九十九回の絶望の果てに、ようやくたどり着いた、本当の朝。長かった、本当に、長い戦いだった。
その日の午後、私は、王宮の庭園で、セオドア殿下と会う約束をしていた。
彼を見つけると、私は、たまらない気持ちになって、その胸に飛び込んだ。
「殿下……! ループが、終わりまして……!」
「……そうか」
彼は、驚きもせず、ただ、優しく私の背中を抱きしめてくれた。まるで、全てを知っていたかのように。
「おめでとう、スカーレット」
私は、彼の胸に顔を埋めたまま、何度も頷いた。
しばらくして、彼がそっと私の体を離し、私の前に跪いた。そして、懐から、小さなベルベットの箱を取り出す。
「スカーレット・ロックフォード嬢。俺は、君という、世界で最も賢く、強く、そして美しい軍師を、手放すつもりはない」
箱の中には、彼のアクアマリンの瞳と同じ色をした、澄み切った輝きを放つ宝石がはめ込まれた指輪が、静かに光っていた。
「俺の、未来の王妃になってほしい。この先、二つの国を、そして俺自身の未来を、君と共に歩んでいきたいんだ」
それは、駆け引きでも、契約でもない。彼の、心からの愛の言葉だった。
「……はい、喜んで。わたくしの、愛しい『王様』」
私の左手の薬指に、永遠の誓いが、きらりと光る。
これが、私の百回目の人生の結末。
自分だけが幸せになるのではない。国が、民が、そして、関わった全ての人々が、それぞれの場所で、新たな未来へと歩み始める。
過ちを犯した者でさえ、その罪を償う機会を与えられる。
それこそが、私が目指した、「完璧なハッピーエンド」。
数年後。
二つの国は、かつてないほどの友好関係と、繁栄を謳歌していた。そして、シルヴァランドの王妃となった私の隣には、いつも、穏やかで、そして、最高に素敵な笑顔を浮かべる、国王陛下の姿があった。
「スカーレット」
「はい、セオドア」
「今日の紅茶も、美味いな」
そんな、何でもない、けれど、かけがえのない日常。
百回の絶望の果てに手に入れた、この温かい日々こそが、私の本当の宝物。
もう、悪役令嬢はいない。
ここにいるのは、愛する人の隣で、幸せに微笑む、一人の女性だけ。
私の、百回目の人生に、心からの祝福を。




