【短編】私悪役令嬢。死に戻りしたのに、断罪開始まであと5秒!?
「エリーゼ・ファルギエール! 今日限りでお前との婚約を破棄する!」
──と馬鹿王子に婚約破棄されるまで、あと5秒。なぜこんなことが分かるのか、それは簡単。死に戻りして、断罪される5秒前に死に戻ったから。
残り5秒。
この数字は私が王子を見つけて、あの台詞を言うまでの時間だ。すでに我がルーシャン王国の第一王子オーウェン・ギャルヴァンが、愛人のアニカ男爵令嬢と共に入場したのが見えたからでもある。
堂々と婚約者以外の女性を伴って、パーティー会場の中央へ向かう。私はこのパーティーの切り盛りをすべく、使用人たちに細かな指示を出しているところだった。
今日は王家主催のパーティーなのだが、その手配などすべて公爵家が対応していたのだ。本来は王族の役割なのだが、表向きは王族がやっていると見せかけて、実際は公爵家を含めた三大貴族が一致団結して動いていた。
普通ならダメ王族にさっさと見切りを付けて、他国に逃げてしまっても良かったのだが、この国には素晴らしい絵画がいくつも王城に保管されている。歌や絵画などが盛んな芸術大国なのだ。特に最近では姿を見せない謎の画家スミスの絵が素晴らしい。
天上から舞い降りる白い花びらと、幼子たちの約束を見守る女神や天使の構図で、いつ見ても吐息が漏れる。
それらの素晴らしい絵画を維持し、修復して後世に残す。それこそが啀み合っていた三大貴族が唯一団結できた事柄だった。
我がファルギエール公爵家は、絵画修復の技術を長年提供してきた。私が王子と婚約者になったのも、王家が絵画の管理及び政務や面倒ごとを丸投げするために都合が良かったから。
それなのに一方的な婚約破棄に、冤罪の数々!
絶対に許さないわ。なにより、あの素晴らしい絵画の管理を、ポンコツな王家ができるはずもない!
歌劇場、美術、絵画展での集客と利益が、この国を支えているというのに! あと他国からも絵画の評判はいいのも知らないわね。
残り4秒。
いや今はまず私と、公爵家が生き残る方法だわ。私の唯一のスキル思考加速、考える時間のおかげで時間は稼げているけれど。
まずあの王子に主導権を持たせてはいけないし、断罪空気になったら権力のある王子のほうが断然有利となる。
まずは王子の出鼻を挫くこと。
「オッホホホホホホホホホ!」と高笑いを三十秒行い、先手必勝で注目を浴びる。
……………………
…………
……
残り3秒。
ない、ないわ!!
貴重な時間が消えてしまった。ううっ……。ちょっと想像してみただけでも、冷ややかな視線に心が折れそうだわ。
音で注目を浴びるのは良いと思うわ。でもそれだけじゃダメ。
考えるのよ。
ふと私はこのパーティー会場の周囲を注意深く見回す。まあ実際はキョロキョロできないので視線だけだけれど。私の考える時間発動中では周囲の動きは緩慢だ。
幸いにも私の周囲には人が多い。
なのにどうして他の三大貴族の誰も居ないのよ!!! パーティー会場内に来ているはずなのに!
大体この展開って、巷で流行った悪役令嬢が断罪されるシーンにソックリなのよね。悪役の婚約者と、真実の愛を取り戻したヒロインと王子。
なんとも都合の良いお話。でもヒロインが王家の政務を対応できるほどの傑物でない限り、この国を支えて運営していくのは無理だと思う。
──って分析しても状況的には、私は悪役令嬢ポジションなのだろうけれど!
物語は物語。
現実はそう簡単では無いのだ。
残り2秒。
ああああああああああーーー、落ち込んでいる場合じゃない! まずい。まずいわ。
王子は私に向かって真っ直ぐに歩いてくる。周囲が気付いて道を譲るので、まだ少し猶予はある。それよりも先に、私の傍を横切るのは──ん?
死角でちょっと確認できなかったけれど、なんであの方がこのパーティーに?
以前は招待客のリストにも無かったけれど?
私の確認漏れ? それとも何らかの目的があって偽名で乗り込んだ?
この国に訪れるのは、二日後だったはず。死に戻りする前に、衛兵がそんなことを言っていたような?
でもなんで今!?
もしかして、幼い頃に約束したプロポーズを覚えていた?
……ないない。そんなの覚えていたら、私が王子と婚約すると言った時に祝福の手紙なんか送ってこないわ。うん、違う。
仕事で来ているだけだわ。今や大富豪までなった彼がこの国に仕事で来ているのなんて良くあること。
そうよくあること。
…………気になる。どうしてここにいるのか、気になってしまう。
残り1秒。
あーーーーーーーーーー、私の馬鹿! 気になってしょうがないから違うことを考えなきゃって、初恋の人を思い出すんじゃなかった!
ああああああーーーーーーー!
何でこんな時に傍にいるの!?
あーーー、もう、あとちょっとしかない。
「君、飲み物を」
「あ、はい」
スッと耳に入ってきた声に、閃きを覚えた。事故を装って、大きな音を立てる。
「この方法しかない」と私は振り返ろうとして近づいてきた使用人にぶつかる。
トレイに飲み物を持っていた使用人はバランスを崩して、結果。
「エリーゼ・ファ」と王子が言いかけたところで、パーティー会場内にグラスの割れた音が響き渡る。
よし! 出鼻は挫いたわ!
「も、申し訳ありません!!」
「まあ! 私のほうこそ、気が動転して申し訳なかったわ」
「大丈夫ですか? エリーゼ様」
「はい、ありがとうござ……います。ヘラルド様……」
同じ三大貴族の次期当主となるカミーラ様とドミニク様と、私の初恋の相手ヘラルド様が声を掛けて来てくれた。
ひゃぁあ! バリトンの良い声!
胸がキュンキュンしたけれど、淑女の顔で耐えた。耐えたわ!!
ヘラルド様は元々この国でフェリー商会を営んでいた商人の息子だ。店を継いだ後、世界各地に拠点を持つほどの事業に成長、大富豪にまで上り詰めた成功者。
褐色の肌に、白髪の長い髪、藤の花のような美しい瞳を持ち、エキゾチックな色香たっぷりの青年に変貌を遂げていた。今日は貴族服姿で、オーウェン王子が霞んで見えるほど美しい。最初に出会った時は前髪で目を隠して、大人しそうな子だったのに……って、懐かしんでいる場合では無いわ!
ヘラルド様は心配そうに私の顔を覗き込んでくる。ああ、潤んだ瞳が色っぽい。どう生活すればそんな色っぽくなるのかしら。
いや、だから今はあの馬鹿王子のほうを片付けないと!
「顔色が悪いですよ。大丈夫ですか?」
「その……婚約者だと思っていた方が、エスコートも放棄してあまつさえパーティーの準備も全て押しつけたというのに、当の本人は愛人と歩いて来るのが見えましたので……淑女として、取り乱してしまいましたわ。お見苦しいところ……本当に申し訳ありません」
大きくはないけれど、周りによく聞こえるようはっきりと言い切った。周囲の視線は、私たちとオーウェン王子とアニカ男爵令嬢に向けられる。
「婚約者がいるというのに、そのような愚か者がいるとは……嘆かわしいことです」
「ヘラルド様……(怒ってくれている?)」
「なっ! エリーゼ・ファルギエール! 貴様はどこまで嘘をつけば気が済むのだ!」
喚くオーウェン王子に、周囲の視線が私たちに注がれる。とりあえず出鼻は挫いた。
「嘘ではありません。現に私のエスコートもせずに、別の女性と入場なさったのは王子ご自身ではないですか」
「うっ」
これ以上の証拠はない。だが彼がその程度で怯むことはない。
「黙れ! 今回はお前の非道の数々、及び公爵家の横領の件も含めて──」
「私も公爵家にも、そのような事実はありません」
「嘘をつくな、私は──」
「では王子は今すぐに証拠をお出しできますか?」
「──っ!?」
その言葉にオーウェン王子の表情が歪んだ。冤罪なのだから後で隠蔽することはできると思っていたのだろう。一度目でも証拠を用意してはいなかった。なんとも考え甘い。
現国王も今が良ければいいとの考えだが、このオーウェン王子はさらに酷い。
「今はないが調べれば、すぐに出てくる」
「ではやはり現段階で確実な証拠はないのでしょう」
「黙れ黙れ! お前だって無実だという証明をもっていないではないか!」
「いえ、あります。ここに三大貴族の次期当主となるカミーラ様とドミニク様のお二人がいらしてくださって良かった」
カミーラ様の家は司法を司る一族で、法の神々の力を借りて契約書及び証明書には真実しかかけない紙を作り出すことができる。ちなみに絵画の補修に当たって上質な紙を用意するのは彼女の家だ。
「私、エリーゼ・ファルギエールは神前契約書を提出することで、公爵家及び私の身の潔白を証明しますわ!」
「なっ!?」
オーウェン王子の表情はますます悪くなる。しかし図太さは残っていたようだ。
「いいだろう。後日、書面を提出すればいい。それまで身柄は」
「エリーゼ様。そんなこともあるかもしれないと、予備の契約書を持って来ております。どうぞお使いくださいませ」
「はああああああ!? なぜそのようなものを持ち歩いている!? それでは計画が」
どんどん自分でボロを出していくオーウェン王子に、傍に居た令嬢が口を挟む。
「そうやって王子や私を追い詰めるなんて……っ」
「ああ、アニカ。君だけだよ。そうやって私のことを心配してくれるのは」
「王子」
茶番かと思うほどアニカ令嬢とオーウェン王子は、二人の世界に入っていた。周囲の冷めた視線に気付かないなんて、なんて愚かなのだろう。そして一回目でこんな馬鹿な二人にやり込められたのが悔しくて堪らない。
「教会としても王子の素行は再三注意してきたと思いますが、ここまで来ると次期国王は王家の親戚から立てるほうがよいでしょうね」
(ドミニク様がいつになく辛辣! 昔絵画の保存状態が悪かった時のお怒りようも凄かったけれど、今回は静かに、けれど確実に怒っておられるわ)
「──っ、不敬だぞ」
そしてドミニク様は代々教会の枢機卿を輩出してきた家系、王家と同等の権力と影響力を持つ。そして絵画の保管技術がピカイチだ。
怒らせると怖い一族でもある。
「不敬。……そんな短絡的なことだから、支持されないのですよ。美的センスもないですし」
「うるさい。美的センスなど今は関係ないだろう!」
「あまりにも王子の言動が目に余ると嘆願書を多く頂いたおかげで、国王陛下の遠縁にあたるギルバート・ギャルヴァン様が立ち上がってくださいました。本日付で王太子として擁立しました。その準備で本日のパーティーに遅れたのです」
「え?」
「はあああああああああああああ!?」
(え、ええええ!? 私も知らないのだけれど!?)
まったくもって予想外の展開に私が今度は追いつけない。こんな展開前回は無かったはずだ。何がどうなってこんな展開に!?
王族特有の金髪と空色の瞳の青年が姿を現すと、その場の空気がガラリと変わった。その場にいた全員が示し合わせたかのように傅く。
その存在感、風格はまさに王の資質だ。
長らく辺境地を任されていたらしく、体付きもオーウェン王子に比べて逞しく騎士に近い。眼光も鋭く王子を一瞥しただけで、決着がついた。
「ひっ」
オーウェン王子は、根性もなかったようで、小さく悲鳴を上げて腰を抜かしてしまった。
「ふん、この程度の圧で降参とは張り合いがない」
「まあ、なんて素敵な方なのでしょう! わたくし一目惚れしてしまいましたわ」
「「「「「は?」」」」」
「アニカ……? なにを?」
「ギルバート様、私、オーウェン様に無理矢理……っ、怖かったですわ」
厚顔無恥なのか、あるいは度胸があるというべきなのか、アニカ令嬢はギルバート様の腕に引っ付いた。胸を腕に当てている。すごいわね。その図太さ。
手のひらの返しようもすごいわ。しかも涙も流して女優並の演技。舞台女優になったほうがいいのでは? 舞台に立ちたいなら紹介するわよ?
「なるほど。大貴族の連中や他国が必死になって俺を玉座に押すわけだ」
「そうなのです。私怖くて」
「国王陛下は本日この時をもって幽居していただき、第一王子オーウェンは私に代わって、辺境地の一騎士として国の防衛について貰う」
「ふざけ──」
「もちろん、エリーゼ・ファルギエール令嬢とは、王子有責で婚約破棄」
「おい!?」
(やった! 王子有責!)
「それとアニカ・マクロン」
「はい! 私の名前を覚えて──」
「貴様は他の貴族子息から苦情と他国に情報を売っている疑いが出た。身柄を拘束させて貰おう」
「そんな!? 私ではありませんわ!」
そう言って喚く彼女は衛兵たちに取り押さえられて、パーティー会場を後にした。静まりかえった空気を変えたのは、ギルバート様だった。
「空気を悪くしてしまったようだ。せっかくのパーティーを悪い思い出にしたくはない。入ってくれ」
遅れた代わりに、と王都でも有名なスイーツやワイン、そして歌姫の登場で大きく変わる。
何より謎の画家スミスの新作のお披露目で先程の空気が一変!
拍手喝采の盛り上がりを見せた。
この国の人たちは、良くも悪くも音楽や心を揺らすものが好きなのだ。先程の出来事も茶番あるいは舞台を見た感覚なのだろう。
対岸の火事ではないと言うのに、この国の行く末が少し心配になる。カミーラ様とドミニク様と顔を見合わせて、今後も支え合って頑張ろうと深々と頷きあった。
***
「……ハッ! スミス様の新作!!」
そう新作を見たいと思っていたところまでは記憶していたが、いつの間にか馬車の中にいる。しかもなぜ初恋のヘラルド様がいるのか。
「ふふっ、大丈夫かい?」
「……はい、その……ご心配をかけしてすみません」
「いいや。色んなことが起こりすぎて、混乱してしまうのは無理もないだろう。それにスミスの作品ならいつでも見れるだろうし」
(いつでも??)
「君が断罪されることなく、今こうして傍に居られて良かった」
「え?」
私の向かいに座っているヘラルド様は、困った顔で微笑んでいた。
「実はあの馬鹿王子が公爵家の財産全てを奪うため、冤罪を企てていると耳にして……他の大貴族や辺境地にいたギルバート様をけしかけることを計画したのです」
「……ヘラルド様が? どうして……?」
そこまで動いてくださる理由が分からず聞き返してしまう。ヘラルド様は口元を緩めて「どうしてだと思いますか?」と悪戯っぽく笑った。
「それって……この国に恩を売って、事業規模の拡大や交渉材料を増やすため?」
「全く違います」
「王家御用達を狙ったわけでは」
「全く。もっと個人的なことです」
食い気味で否定されてしまった。ぐすん。
心なしか笑顔が冷ややかになったような? なぜか私の隣に座り直した。え、なんで?
「貴女を攫うためです」
「……え」
「昔、僕と結婚してほしいという約束を覚えていますか?」
覚えている。忘れていたことなどない。
庭園の奥にある白い花の咲く花畑で、子どもの約束だったけれど、本気で結婚したいと思った。
そのころは私もへラルド様も子どもで、身分とか関係なく遊んでいた。ヘラルド様は我が家の得意先で、親の商談中によく話し相手だった。
私が王子と婚約してから疎遠になった時も「しょうがない」と思ってしまったのだ。私と彼では身分が違うから。
「覚えていますわ、……でも」
「ええ、あの時の僕は貴女にふさわしくなかった。だから貴女が王子と結婚する前に、それなりの地位となって迎えにきたのです。……貴女が王子を愛していたのなら、二人が仲睦まじく過ごしていたのなら……諦めるつもりでした。でも、諦めなくてよかったです」
そっと私の頬に手を当てる。
それだとまるで私をずっと思ってくれていたみたいな、都合の良い解釈をしてしまいそうだ。ずっと忘れられなかった初恋の相手。
「愛しています、僕の女神」
それは狡い。そんなことを言われてしまったら、幼い頃の夢の続きを願ってしまう。大好きな人と一緒に生きていく。
「私は……」
あなたの絵画が好きだったと、言ってもいいの?
画家のスミス様とあなたの絵画が似ていると思う度に、胸が苦しくなったことを伝えても? 引かれない?
重い女だと呆れられない?
あなたから買った絵を今も額に入れて飾っているって言ったら、覚えてくれている?
本当は……あなたのことが忘れられなかったと、素直になってもいい?
「私も、あなたが……ずっと好き」
まるで全てが夢のよう。
これが夢でないのなら、どうかこのまま──。
***ヘラルド視点***
一目惚れだった。
明るくて、博識で努力家。何よりも商会で扱っている絵画に目を輝かせて喜ぶ少し変わった令嬢だった。普通はドレスや宝石を喜ぶのに。
僕は自分の肌の色や髪が嫌いで、いつも帽子を被って、目の色も変だから隠していた。でもそれをエリーゼは変だと言わなかった。
「私、あなたの肌の色も、髪も、瞳も特別で素敵だわ」
一つ一つ僕の嫌いな物を好きに変える。
「褐色の肌は絵本で読んだ騎士様のようで格好いいし、白髪は月夜の光のようにキラキラして輝いているみたい。私が好きな藤色の花の瞳は、宝石のようだわ!」
君が僕の全てを肯定してくれた。
「これヘラルド様が描いたの? すごい。色合いが柔らかくて、ずっと見ていられるわ。この雲のふわふわ具合、光の入り方もすごく魅力的」
僕が絵を描くのが好きだということも、馬鹿にしなかった。それどころか「その絵を売ってほしいわ。それだけの価値があるもの!」と言ってくれた。
贈ると言ったけれど、彼女はそれを拒絶した。
「素晴らしい絵画には正しい価値を、十分な報酬を与えるべきよ」
絵を描くこと、緻密なデザインや絵画の色合いは歳を重ねるごとに上達して、画家スミスとして描いた絵画は大人気になった。特にルーシャン王国は元々絵画などの展示会や絵画展などの文化が浸透していて、王侯貴族たちから声が掛かるようになる。そういった縁で、他の大貴族やギルバート様とも親しくなった。
それと同時に、エリーゼと王子の関係が良くないことも耳にしていた。公爵に何度か婚約の打診をしたが、現在の王家を支えるためにも婚約解消は難しいと言われてしまい、彼女との接近を禁止されてしまった。
婚約者がいるうちは、会わせられないと。
だから画家スミスとして彼女を遠目で見て、商談の時も変装して話をした。認識阻害の魔導具で僕だとばれなかったけれど、僕がヘラルドだと何度も言いそうになった。
「私、この絵が好きですわ。とても温かみがあって……。昔、私の好きだった方の絵に……その雰囲気が似ているの」
僕が描いたのを覚えてくれている。
それが嬉しくて、名乗りたい気持ちを必死に押さえた。
(早くこの気持ちを伝えたい。まだ少しでも好いていてくれているのなら……)
王子の素行がいよいよ酷くなってきた頃。
外堀を埋めることに躍起になって、それで一度目の世界線で公爵家は取り潰されて、エリーゼが亡くなったと知らされた。
あの日はギルバート様を連れて、王都に向かっている途中だった。
間に合わなかった。
「エリーゼっ……あああ」
冷たくなった彼女を抱きしめて、どうしてあの時、いやもっと前に気持ちを伝えなかったのか、後悔した。
後悔して、自分を呪って、悔いて、自分の命を自ら絶った。もう彼女が居ない世界など意味も無い。僕が絵画を描きたいと思ったのは彼女がいたから。
彼女が贈ってくれたパレットナイフを握ったまま、そこで意識は途絶えた。
***
次に目を醒ますと、あの事件の一年前に戻ってきた。そして手に持っていたパレットナイフが砕けて消えた。特別な鉱石を使ったと言っていたのを思い出す。
(時戻しの鉱石……本当にあるとは)
すぐさまエリーゼの生存を確認して、後はもう彼女を死なせないために必死だった。ギルバート様や三大貴族が引くぐらいには。
でもその甲斐があって、エリーゼを腕の中に閉じこめることができた。
王子は辺境の地でも調子に乗っていたようで、片腕を魔物に喰われたそうだ。本当にどこまでも愚かで、愚者に相応しい顛末だった。あの男爵令嬢は他国に幾つもの情報を流していたとかで凄惨な拷問を受けたのち、鉱山での三十年の働くことが決まった。
二度とエリーゼに会わなくなるように頼んでおいて良かった。
エリーゼ。
恋愛に鈍いところは相変わらずだったけれど、キスをしただけでゆでだこのように真っ赤になった時は可愛すぎて押し倒しそうになった。
可愛い。
愛しい。
君を見ているだけで、制作意欲が湧いてくる。
今度モデルになって欲しいと言ったら「無理無理」と真っ赤になる彼女も可愛くて、今までの題材は全て君に捧げるものだといったら、どんな顔をするだろう。
そう思うと口元が緩んだ。
これから一緒に居る時間はたくさんあるのだから、離れていた時間を埋めるように傍にいて、エリーゼが僕を選んでくれるように尽くそう。
「愛しています、僕の女神」
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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日間異世界恋愛ランキング短編68位→54位に!
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本日新作短編
初夜で白い結婚を提案されたので、明日から離縁に向けてしっかり準備しますわ
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新連載始めました⸜(●˙꒳˙●)⸝
ノラ聖女は巡礼という名の異世界グルメ旅行を楽しみたい
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