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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

飴細工の湯

※この物語は全てフィクションです。実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。

※複製禁止・転載禁止・改変禁止。

※Do not repost, Do not reproduce, Reposting is prohibited.

 彼から怪我の湯治の土産として温泉饅頭を貰った我々は早速、茶菓子として同僚と部下と食べた。こう言っては何だが「土産物にうまいものなし」とはよく言ったもので可もなく不可もなくだったが、彼は饅頭よりも面白い土産話があると鼻息も荒く言ってきた。こうなった時の彼はたいてい猥談で生来の助平気質をそういった話に忌避感のある相手を考えない。

 いつもの話か、と問うと彼は頷いた。うんざりとした顔を見せた部下の男女数人がまだ仕事が、と言って応接室から去って行った。残ったのは彼と私、そして何事にも動じない私の同期の男勝りの女史だった。彼が話し始める。

 この冬、スキー場で転倒し大怪我をし地元の病院に数ヶ月入院し退院した後も痛みが残り知合いから良い温泉があると勧められて湯治に向かった。観光地の温泉街という訳ではなく、さる高僧が錫杖で地面を突いて湧いて出たという伝説が残る湯治場だった。昼間はその湯に浸かり近くの骨接ぎに通い夜はまた湯に浸かりを繰返す日々だったという。彼は小説家で今時、携帯電話もパソコンも持っておらず手書きの原稿用紙をファクシミリで編集部に送り湯治中も旅館から締切りを破らないようにしていたそうだ。

 女史が、それでいつになったらお得意の猥談になるんだい、と小馬鹿にしたように話の途中で口を挟む。彼がムッとした表情を見せたが、話を続ける。

 旅館には彼以外居ないと思っていたが、どうやら先客が居るらしく、しかも女性。湯治の湯は時間帯によって男女を分けているがそれですれ違い見ないのであろうと思った。真夜中、その日に食べた焼魚がやけに塩辛くて飲物をベンダーで買いに来たらそこに件の女性が居た。挨拶をすると笑って西の訛りで返してきた。浴衣から覗く肺病病みのような鎖骨が艶っぽく瓜実顔に大きな黒い瞳、ぷくっとした唇が何とも愛らしく纏めた半乾きの長い髪が何とも艶めかしい。

 思わず見惚れていると彼女が誘ってきた。女性用に作られた内湯が部屋にあるという。狒々親爺に片足を突っ込んでいる彼は鼻の下を伸ばしながらついていきそのまましっぽりとことを済ませたという。

 何だい、結局はいつものあんたの小説と同じで落ちのないつまらぬ猥談か、と女史が鼻で嗤うと彼は睨みながら最後まで聞けと言った。

 その後、裸のままぼんやりと煙草を燻らせていると彼女は内湯に向かいやがて湯浴みの音が聞こえてきたという。ふらふらとそちらに向かうと彼女は湯船に浸かりこちらを見つめ笑っていた。その笑みは何処か貼り付いているようなまるで鳥除けの風船に書いた目玉でも見ているような不安定な精神にさせるものだった。

 しかし、今すぐに抱きたい。滅茶苦茶にしたい。犯したい。そう頭の中に思いが充満して一歩ずつ内湯に進みどぶん、と浴槽に沈むように入った。

 すると驚くべき事が起こった。先に湯に浸かっていた彼女の顔がぐにゃりと飴細工が溶けるように崩れ水の塊に女性の顔が浮かんだ得体の知れぬ化物に変化した。

 彼が言う。「西洋の怪物にスライムというものがある。私が小さい頃はジェル状の玩具が流行り、大学の頃にテレビゲームが流行るとそこにはコミカルな姿で存在していた。その女性版と思って欲しい、ただ、飴細工女の方が文学的だな」、と。

 私と女史は首を捻るが話は続く。飴細工女は彼を抱くと笑いながら口付けした。その口付けは身体の奥にそのやわらかな飴細工を入りこませてこのまま死ぬのかと思えばそうでもなく胃の腑にどぷんと彼女の身体の一部が溜まりまるで焼けたコークスでも呑んだかのように熱くなってきたという。

 女史は渋い顔をしている。ケツもいれられたかい、とデリカシーのない事を聞いたが彼は頷いた。聞きたくはなかった。

 全身の穴を飴細工の彼女に責められて彼は最早思考を放棄していたという。ただただ心地の良い湯に包まれてこのまま溺死するのか、そう思った瞬間ゆっくりと意識を失った。

 気が付けば自分の部屋で乱れた服で寝ていた。身体の痛みは消えていた。旅館の女将に件の客の事を訊ねると客は彼一人で内風呂もしばらく使っていないと言われた。

 しばらくの沈黙が三人に流れ、女史がポケットから煙草を取出し火をつけた。落ちが弱いな、と一言。彼は眉根を寄せて帰っていった。

 その後、彼は行方不明になった。心当たりのある私は彼が湯治していた宿に向かった。女将に訊くと確かに一週間前に泊まりに来たという。ただ、日帰りで帰っていったという。旅館の裏に回ると彼の鞄があった。書きかけの原稿用紙に愛用の万年筆。忍び込んだのであろう。内風呂がある部屋に案内して貰い空の浴槽を覗くと女将が腰を抜かした。

 私の視線の先、浴槽の底には浅い水に溶かされた彼らしきばらばらの骨が残っていた。しかし、私はその水に〝眼〟を確かに見た。それは嗤ったかのように歪むとゆっくりと栓の抜けた排水溝へと流れていき、こぽん、と音を立てて消えていった。

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