第五話:実家に帰ろうラリルレゴー
羅璃に引っ張り回されて、原宿でクレープを食べ、パフォーマーを見て驚き、他にも色々な店に立ち寄らされ、奇抜な雑貨を眺めさせられたり、うるさい音楽を聞かされたりした。
もう二度と行きたくない。ダルすぎる一日だった。
へとへとに疲れてアパートに帰り着いたのは、日付が変わる直前だった。
羅璃はまだ元気そうだったが、さすがに一日中騒ぎ続けたせいか、少しだけ静かだった。
俺はシャワーを浴びる気力もなく、服を着たままベッドに倒れ込んだ。
羅璃は、俺の部屋に適応したのか、勝手にソファに寝転がっていた。
どうでもいい。とにかく眠りたかった。
頭の中では、羅璃の身体から文様が消えていく光景や、コンビニの店長や高橋先輩、原宿の人々の視線がぐるぐると回っていた。
意識が沈んでいくのを感じながら、俺は泥のように眠りに落ちた。
翌朝。カーテンの隙間から差し込む光で、目が覚めた。
ダルい。
いつも通りのダルさだけど、昨日の疲れが上乗せされている気がする。
身体が鉛のように重い。
重たい瞼をこすりながら、体を起こそうとして…固まった。
俺の、狭いベッドの隣に、誰かが寝ている。
しかも。
全裸で。
真っ赤な肌。頭には角。そして、びっしりと刻まれた禍々しい文様…
それが、俺のすぐ隣で、無防備に寝息を立てている。
「…………ぎゃあああああああああああ!!!!!」
理性よりも先に、喉から絶叫が飛び出した。
飛び起きようとして、布団が絡まってベッドから落ちそうになる。
俺の絶叫に、羅璃はのそりと身動ぎした。
「んんー…なによしょーへー…朝からうるさい…眠いんだけどぉ…」
寝ぼけた声で文句を言いながら、羅璃は欠伸をした。
その拍子に、身体に刻まれた文様がさらに露わになる。
「な、な、な、な、何でここにいんだよ!? しかも、全裸で!?」
俺は後ずさりしながら、羅璃を指差した。
心臓がバクバク鳴っている。
驚き、混乱、そして…羞恥?
でも、欲望とか、そういう生々しい感情は全く湧いてこなかった。
ただただ、目の前の状況が異常すぎて、パニックだった。
(…おかしいだろ、普通。目の前で赤鬼ギャルが全裸で寝てんだぞ?
なんで俺、ドキドキとか興奮とかしないんだよ…どんだけ無気力なんだよ、俺の煩悩…)
自分で自分の状態に呆れる。
羅璃が目の前にいても、エロい煩悩は刺激されないらしい。
羅璃はそんな俺の様子を見て、ニヤニヤと笑った。
恥じらいなんて微塵もない。
「えー? なんでって、しょーへーのベッドが一番寝心地良かったんだもん。
それに、別にいーじゃん減るもんじゃないし。
てか、何? 私のナイスバディに欲情しちゃった?」
そう言って、羅璃は挑発的に身体をくねらせる。
立派な形の胸が大きく揺れる。
その仕草を見ても、俺はただ「うわ、ダル…」と思っただけだった。
羅璃が言う「色情という名のお色気」は、俺には全く効かない。
「欲情とかしてないし! それより服着ろ…ください! とにかく出てけ!」
段々俺の口調も慣れ始めて友人にも吐かない暴言口調が混じり始める…
煩悩の中に「遠慮」とかも含まれるのだろうか…などとどこか冷静に考える。
「えー! やだよ! せっかく気持ちよく寝てたのにぃ!
それより、早く起きよ! 今日はどこ行く? なんか美味しいもの食べに行こー!」
寝てたいのか置きたいのかどっちだよ?!とそのちぐはぐな言動に俺の情緒も
乱高下する。
羅璃はもう出かける気満々だ。
昨日の一日で、こいつの「外出」という煩悩はさらに増幅されたらしい。
「嫌だ! 今日はどこにも行かない! 疲れてるし、それに…」
俺は言い淀んだ。そして、口にしたのは、意外な言葉だった。
「…昨日の出費がキツいんだよ…」
クレープ代、それに羅璃が興味を持った店のもの露店のリンゴアメや、夕食のラーメン…
そして交通費。デカい買い物無くてもゴッソリ財布の中身は消えていた。
無気力な俺は節約家だったので、昨日一日で使った金額は、普段の数か月分に相当する。
「はあ? なにそれ!? 金がキツいとか、超ダルい理由なんですけど!
ケチ! セコい! 私、美味しいもの食べたいんだもん!」
羅璃は途端に不機嫌になり、ブーブーと文句を言い始めた。
その姿は、煩悩の塊そのものだ。
(…なんか、俺、まともな人間みたいになってきた?)
財布の心配をするなんて、以前の俺なら考えられなかった。
金なんてどうでもいい、と思っていたはずなのに。
これも、羅璃が俺の無気力以外の感情を刺激したせいなのか? 金銭欲? それも煩悩?
「あ、懈怠(惰性・面倒臭さ)と不正知(変化や他人への無理解)が解放されたぞしょーへー…やったね!ラリってボンノー!!」
え、そんなことでも煩悩って解放されるのか…?
確かに脚の一部の文様が消えている気がする…
羅璃の愚痴を聞き流していると、突然、部屋に電話の着信音が響いた。
俺のスマホだ。見ると、「母」の表示。嫌な予感がした。
「…もしもし」
ダルい声で電話に出た。
『もしもしー、翔平? あんた、いつも言ってるけどお正月くらい実家に帰ってきなさいよ!』
電話口から聞こえてきたのは、母親の明るいが少し強引な声だった。
「え…実家?」
俺は固まった。
実家は神奈川県の横須賀だ。
ここ世田谷からは、電車で二時間以上かかる。
正月なんて、電車も混んでるだろうし、帰省なんてダルさの極みだ。
『そうよ! もう正月明けて二日よ? いつまで帰ってこないつもりなの?!
ちゃんとコッチ来て、顔見せなさい!』
母親は畳み掛けてくる。
羅璃は、俺の様子を見て不思議そうに首を傾げている。
もちろん、電話の内容は聞こえていないだろうけど。
実家。横須賀。帰省。
羅璃という異常事態が発生した上に、今度は実家に帰れ、という現実的な問題。
しかも、羅璃をどうするか、という難問も同時に発生する。
この赤鬼ギャルを実家に連れて行くのか? 説明するのか?
それとも置いていく? いや、こいつ勝手についてきそうだし…。
「…ダルい…」
俺は、目の前の羅璃と、電話口の母親と、そしてこれから始まるであろう珍道中を想像して、心の底から呟いた。
羅璃は「なにー? ダルいとか言ってまたサボろうとしてるー?」と俺を覗き込んできた。
この正月は、どうやらまだまだ波乱万丈が続きそうだ。
(10/108)




